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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第一章 始まり 第二部 中央教会編
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中央教会

 ミルリミナが教会に来てから三日が経った。


 来る前はあれほど不安だったが、今では思いのほか居心地がいい。それはシスカとウォクライの尽力があっての事だとミルリミナは知っていた。


 教会に到着した日、大仰な出迎えなどはなかったが、会う人会う人皆一様に『聖女様』と呼びこうべを垂れ挨拶される事に正直辟易していた。極めつけは教皇にまで平伏された事だ。これにはさすがにミルリミナのみならず同席していたシスカやウォクライも狼狽してしまった。


(…あれはあまりにも畏れ多いわ…)


 その時の事を思い返しても未だに心臓の鼓動が激しくなる。

 聖女は教皇の上に位置するとは言ってもミルリミナ本人は、いち令嬢に過ぎない。教皇に頭を下げてもらえる身分ではないのだ。


 教皇までもが平伏するのであればそれに追従する神官たちもきっと改まった態度を崩さないだろう。

 そう思っていたが次の日には一変して皆ミルリミナを名で呼び態度を軟化してくれたのだ。教皇までもが態度を一変させ、今では時折お茶に誘われ祖父のように接してくれる。教会内でミルリミナを『聖女』と呼ぶ者はもういない。


 なぜこれほどまで変わったのか、ミルリミナは不思議そうにシスカとウォクライに視線を移すと、二人はただ無言で笑顔を見せるだけだった。


(…ああ、そういう事なのね)


 裏で二人が手を回してくれた事は言うまでもない。その気遣いが有難く、ミルリミナに気を使わせまいと何も言わない二人の心遣いが何より嬉しかった。


「ミルリミナ様!こちらには庭園がございますよ!」


 そう元気に道案内をしてくれているのは教会に助祭として仕えているリンリーという少女だった。ミルリミナと同い年という事もあって世話役に選ばれたそうだが、教会に女性がいた事にミルリミナは驚いた。


 各地に点在する教会を担っている司祭や司教は男性のイメージが強い。なので勝手に教会に仕える者は男性でなければならないと思い込んでいたがそうではないらしい。


 リンリーの話では神学校には性別問わず入れるそうだが、婚姻を結んだ女性は教会に入れない為、在学中に辞めていく者も多いそうだ。さらにそこからふるいに掛けられ体内の魔力の流れを見る事のできない者は卒業と同時に不適者として家に帰される。


「教会は婚姻にとても厳しいのです。我々神官は聖女様にお仕えする身ですから一度教会に在籍すれば除籍されるまでは婚姻できません。唯一神官同士であれば婚姻が認められる場合もありますが、その時でも女性は除籍されます。婚姻すれば聖女様ではなく夫に仕えますから。なのでどうしても女性の神官は数が少ないのですよ」


 リンリーの話は面白い。教会は一種の治外法権だ。普段なら決して外部に出ないような教会の規律や内情などを惜しげもなく教えてくれる。

 中でもシスカの話がミルリミナは一番好きだった。


「シスカ様は17の時に教会に入られたそうですが、神学校に通われていらっしゃらなかったにもかかわらず、体内の魔力を診る事も医学の知識も完璧でいらしたと聞いております。普通は私のように助祭から入って司祭、司教、大司教と上がっていくのですが、シスカ様は教皇様のご意向で、入られてすぐ司教になられたのですからすごいお方ですよね…」


 そう話すリンリーの顔は恍惚としている。シスカに心酔している事は火を見るより明らかだ。


「リンリーはシスカ様をお慕いしているのね」

「当たり前です!ここにシスカ様をお慕いしていない者などおりません!天賦の才をお持ちなばかりか、あのご容姿にあのご気質ですからね。女性のみならず男性にも憧れている者は多いのですよ」


 シスカが褒められていると悪い気はしない。むしろまるで家族を褒められているようでなぜだかミルリミナが鼻高々になる気分だった。


「だけど17で教会入りされたという事はシスカ様はまだご在籍されて日が浅いのかしら?そうは見えないのだけど…」

「…!」


 正確な年齢は知らないが外見を見る限り二十そこそこだろう。随分と神官が板についているように見えるが十年も経っていない事に驚き、ふとそんなことを口にすると、リンリーは突然くすくすと笑い始めた。


「そうですよね、勘違いされますよね。ご存じない方は皆さん必ず勘違いされるのですが、シスカ様はご在籍されてもう24年になります」

「…にじゅう……?……え!?」


 想定外の返答に後ろで車いすを押していたティーナも思わず驚きの声を上げる。

 あの容姿で誰が40を越えていると想像できるだろうか。年齢だけで言えばミルリミナの父であってもおかしくはない。


「……神官には若返りのすべがあるのかしら…?」

「教皇様はお若くお見えになりました?」

「……いいえ、お年を召されていたわ」


 狼狽するミルリミナを、リンリーはくすくすと笑う。


「シスカ様は特別なお方です。きっと神に愛されてお生まれになられたのでしょうね」


 本人が聞けば眉間にしわを寄せている事だろう、と後ろに控えていたウォクライは人知れず思う。


(あの方はご自分を嫌っておいでだ。ご自分に対する賛辞も尊敬もお聞きになる事を何より嫌がる…。教会を敬遠なさるのも無理からぬ事か)


 実際シスカは教会にいない事の方が多い。

 いつも皇宮にこもりきりで、用がある時にだけ教会に顔を出す。ミルリミナが教会に来てから頻繁に顔を出すようになったのは異例中の異例なのだ。


「さあ、ミルリミナ様。ご案内の続きをいたしますね」


 そう言ってリンリーは再び歩を進める。


 ここフェリシアーナ皇国に置かれている教会は世界に点在する教会を統べる中央教会で、その敷地面積は他の教会に比べ圧倒的に広い。

 大きな礼拝堂はもちろんのこと、多くの神官たちが暮らす寄宿舎や運営管理などを行う聖堂、教皇が暮らす宮もあり神学校もこの敷地内に存在する。全世界から神官たちが集まり、またここから世界各地の教会に派遣される教会の中枢なのだ。


 中央教会がフェリシアーナ皇国に作られた事には理由がある。

 この土地に魔力が溢れているからだ。

 理由は判らないが他の国に比べて低魔力者の排出が少なく高魔力者の人口が圧倒的に多いのはその証左だろう。


 皇宮もかなり広いと思っていたがここに比べれば狭いと言わざるを得ないとミルリミナは思う。昨日の午後からリンリーは少しずつ案内してはくれているが、正直そのすべてを回れるとは思えなかった。


「リンリー殿。案内はもう必要ないかと。ミルリミナ様がご利用される場所はもう見尽くしました。あとは随時必要になられた時、ご案内すれば問題ないでしょう。これ以上は馬車が必要になりますし、何よりまだお身体の調子が万全ではないとシスカ様から申し付かっております」

「…あ、そうでした!申し訳ございませんっ、ミルリミナ様」

「いいえ、謝ったりしないで、リンリー。あなたの案内はとても楽しかったもの。ありがとう、リンリー」


 正直朝からずっとこの広い敷地を案内されてさすがに疲れてしまっただけにウォクライの助言は心底助かったが、平謝りされては後味が悪い。慌てて否定して謝意を伝えるとリンリーは満面の笑みをミルリミナに向けた。


「……はいっ!またご入用の時はいつでもお申し付けください!」


 元気なところはティーナに似ていて好ましい。


「リンリー殿。会議の準備があるのではなかったのですか?」

「あ、そうだわ!ありがとうございます、ウォクライ卿!ミルリミナ様、また明日お部屋までお伺いいたしますね」


 それだけ言い残すとリンリーは足早に去っていった。


「……嵐のような方ですね」


 ティーナに言われたら形無しだとミルリミナは苦笑いする。


「お疲れでしょう?お嬢様。お部屋に戻りましょうか?」

「ええ、お願いするわ」


 ティーナは車いすをゆっくり押しながら部屋へと向かう。ミルリミナの部屋は教皇の住まう宮に作ってもらえた。おかげで管理が行き届きすぎてティーナの仕事がほとんどない。


 部屋に向かう道中、ティーナはラヴィからの手紙を思い返していた。

 足繁く通ってくれるだろうと思っていた皇太子は、3日後に控えた各国要人を集めた討議会の準備で来られないそうだ。おそらく先ほどリンリーが準備に向かった会議だろう。

 世界各地で魔力の枯渇が問題視されている件で、教会が中心となって調査が進められているためこの中央教会で討議が行われるらしい。


(…なぜよりによってこんな時に……)


 ミルリミナの心中を思えば今すぐにでも皇太子に来てほしいが、そうはいかない状況に焦りばかりが募っていく。たまらずため息をつくと、ミルリミナは心配そうにティーナを見上げた。


「どうしたの、ティーナ?何か心配事?」

「!…ああ、いいえ。何でもありません!」


 ティーナは慌てて否定する。何か話題を変えようと思案し、ふとシスカから貰ったという本の事を思い出した。


「…あ、そういえばシスカ様から頂いたというご本ってどういう物語なのですか?」

「あら、そういえばティーナも読書が好きだったわね」


 昔よく同じ小説を好きになって話に花を咲かせた事が何度もあった事を思い出す。


「…これは二人の皇子様のお話なの」


 一人は正義感溢れる誰からも好かれる一国の皇子、そしてもう一人はその皇子と赤ん坊の頃に入れ替えられた本物の皇子。


「この国は貧富の差が激しく最下層の民を奴隷のように扱っていた国だったの。本物の皇子は平民の子として育てられ、奴隷解放軍と国軍との戦渦に巻き込まれる過程で自分の出自を知る事になるわ」


 一方、皇子として育てられた偽の皇子はその正義感から国を変えようと奔走するが、自分が皇族の生まれでない事を知ってしまう。


 自分が偽の皇子である事に苦悩する皇子と、皇子でありながら平民として育てられ、解放軍の統領に持ち上げられて多くの者の命を奪う事に苦悩する皇子。


(…この偽の皇子がなんだかユーリシア殿下と重なってしまう。正義感が強いところや、自分が偽物だと判っても苦悩しながらも民の為に奔走しようとする殺身成仁さっしんせいじんな姿が殿下そのものだわ…)


「…その二人の皇子はどうなったのですか?」

「解放軍が国軍を破り勝利するのだけれど、本物の皇子は国王にはならず解放軍の仲間に国を託して旅に出てしまうの。…偽の皇子の最期は描かれていないわ」


 本物の皇子と対峙した場面を最後に、偽の皇子の表記はない。『死んだ』と明記されていないので生きているのかもしれないし、明記していないだけかもしれない。だが、物語の最後に本物の皇子と旅に出る仲間の中に、偽皇子とよく似た容姿の人物が描かれている。ミルリミナはそれが偽皇子であってほしいと思っていた。


「…そうであってほしいですね」


 そうでなければ後味が悪い。皇太子に似ているだけになおさらだ。


 ミルリミナはこの偽皇子を皇太子に重ねて見ているのだろうとティーナは察した。ミルリミナの心にはまだ皇太子が確実に存在しているのだ。

 ミルリミナが皇太子に会える日はいつだろうか?


 そんな不安を胸に秘めながら、ティーナはミルリミナの部屋へと歩を進ませた。


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