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霧深き国の姫  作者: yaasan
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熊の国の民

 その悪意があるかもしれない中に軽装で飛び込んでいくとは、どういう了見なのだろうかと華仙(かせん)は思っている。


「心配はいらないよ。危ないことがあれば威候(いこう)や華仙が守ってくれるのだからね」


 (げん)は先程、華仙に言ったことと同じような言葉を口にする。


「大事なことは僕の安全ではないんだ。(くま)の国に対して余計な刺激をしないこと。それが第一だ」

「ほう……」


 威侯がまた同じような言葉を返した。


 威侯も何か強く言葉を返せばよいのにと華仙は思う。我が父のことながら、ほうほうばかりで梟ではあるまいしとも思う。


 どのような危険があるかも分からない。いずれにしても鎧ぐらいは着させなければならない。そう思い口を開こうとした華仙を威侯が目で制した。


 その鋭い眼光に思わず口を噤んだしまった華仙に代わって威侯が口を開く。


「分かりました。それでは我が娘、華仙から離れないようにして頂きましょう。華仙、よいな」


 自分の父親でもある将軍の威侯にそう強く言われてしまうと、華仙も頷く他にはなかった。無論、言われるまでもなく玄の身は自分が身を挺してでも守るつもりだ。


 しかし、そういう話ではない気がする。問題は玄の身に危険があるかもしれないということなのだから。


「華仙、頬が膨らんでるよ」


 華仙の複雑な胸中も知らず、玄がそんな呑気なことを言っている。それを聞いて華仙の両頬はますます膨らんでいくのだった。





 東の狩場に人の気配はないように感じられた。(きり)の国の民には今日、狩場へ行かないように通達していた。となれば、もしここに人影があれば、それは熊の国の民と断定してよかった。


 獣道が途切れたところで先頭を歩いていた威侯が片手を上げた。威侯に従っている三名の兵士、そして最後尾を歩いていた華仙と玄が足を止めた。


 獣道が途切れたこの先には少しだけ開けた場所があるはずだった。


 威侯は無言で身を屈めるように指示を出す。皆がそれに従うと、今度は人差し指で開けた場所にある右前方の薮を指し示した。


「玄様は華仙と一緒に、この場でお待ち下さい。お前たちは俺について来い」


 威侯は小声で言うと、素早く腰の長剣を抜き放った。

 確かに威侯が指差した薮には何かの気配があるように華仙にも感じられた。


 華仙はごくりと唾を一つ飲み込んで、懐にある短剣に片手を伸ばした。背後にいる玄に視線を向けると、玄に緊張する様子は皆無だった。相変わらず飄々とした顔をしている。


 玄は華仙と視線が合うと少しだけ微笑んで、小声で口を開いた。


「大丈夫だよ、華仙」


 逆に玄に勇気づけられてしまったようだった。そう思いながらも、確かに華仙は玄の言葉で自分が落ち着いていくのを感じる。


 そうなのだ。結局、自分はこの頼りなげで飄々としている玄を頼りにしているのだと改めて華仙は思う。同時に自分がそう自覚すると何だか悔しくなってくる。


 華仙は意識して静かな呼吸を二度、三度と繰り返すと、意志の強さが感じられる黒色の瞳を前方に向けた。


 視界の中では、威侯たちが抜き払った長剣を片手に音もなく薮へと近づいて行く。


 その時だった。薮の中から声が上がった。


「ま、待ってくれ! 俺たちは何もしてやしないんだ!」


 威侯はその言葉に足を止めると長剣を上段に構えた。他の兵士たちも薮を包囲するような形で取り囲んで剣を構える。


「ゆっくりと出て来い。おかしな真似をすれば、即座に斬る」


 威侯が低い声で言う。すると一瞬だけ間を置いて、二人の痩せた男が薮の中から姿を見せた。歳はまだ若そうで二人とも二十歳前後に思える。


 二人とも敵意がないことを見せるように両手を上に上げて、その手には弓矢を握っていた。二人の顔に見覚えはなかった。となれば彼らは熊の国の民と断言してよいのだろうと華仙は思う。


「お前たち、どこの民だ? ここで何をしている?」

「お、俺たちは熊の国の者だ」


 背の高い方の男が威侯の問いかけに答える。

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― 新着の感想 ―
[一言] イベント発生の予感が、、これは政治物なのか、それとも恋愛ものなのか、先が楽しみです。
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