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霧深き国の姫  作者: yaasan


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憤りは今も

 「ほら、威玄(いげん)美仙(びせん)、喧嘩は止めなさい!」


 華仙(かせん)はその日、何度目かになる大声を張り上げた。


「母上、また美仙が僕のことを叩いた……」


 威玄が泣きながら華仙に訴える。


「威玄は男の子なのに、いつも泣いてうるさいの!」


 そんな威玄の様子を見て、威玄の背後にいた美仙が自身の小さな拳を振り上げる。


「あらあら、どこかのお二人とそっくりですね」


 美仙が振り上げた小さな拳を横から梅果(ばいか)が優しく握った。続いて梅果は華仙に視線を向ける。


「姫様、呂桜(りょおう)様がご到着されました」


 今年四歳になる二人の子供がいるのに、未だに姫様はないだろうと華仙は思っている。だが、梅果も含めて、かつての(きり)の国の皆は今でも華仙のことを姫様と呼ぶ。


 皆が言うには、未婚なのだから姫様でよいとのことらしい。このままでは、お婆さんになっても姫様と呼ばれる事態になっているのだろうなと華仙は苦笑する思いだった。


「そう、ありがとう。すぐに行くわ。威玄、美仙、母はお客様なので少し外します。梅果の言うことを聞いて、このような喧嘩などすることのないように。あとで(ねね)様も来ると言っていたので、皆の言うことをきくように」


 姉様とは華仙の母親、冬香(とうか)のことだった。孫たちに婆様と呼ばれるのがどうしても嫌らしく、威玄と冬仙には自分のことを姉様と呼ばせているのだった。深く考えると頭が痛くなってくるので、これに関して華仙は考えることを止めている。


「はい」


 威玄が静かに返事をする。


「わーい、姉様が来るのだって。はーい。はーい」


 美仙はぴょんぴょん飛び跳ねながら、嬉しそうに返事をするのだった。





 「呂桜様、お変わりないようで。この度は牙城(がじょう)砦の陥落、おめでとうございます」


 呂桜の正面に座った華仙はそう言って頭を下げた。黒色の髪がその動きに合わせて宙で揺れる。かつて腰まで伸ばされていた華仙の黒髪だったが、今は肩の上で綺麗に切り揃えられている。


 華仙の言葉に呂桜は片手を軽く上げて見せた。


「世辞は不要だ。それに牙城砦を陥落させた功は、夏徳(かとく)丁統(ちょうとう)。そして、威侯(いこう)殿や黄帯(こうたい)殿の力があったからこそだ。私だけの力ではない」


 威侯や黄帯は呂桜に従って各地を転戦していた。それによって威侯の武勇は大陸中に広まっており、もはや生ける武神といったほどだった。本当に神懸ってしまったなと華仙は時に思ったりもする。


 もう孫もいるのだし、武を振るわなくてもと華仙は思うのだが、威侯は自分が武を示すことが必要だと思っているようだった。それによって、かつての(きり)の国の民たちが戦に駆り出される機会を少しでも減らそうと考えているのだろう。


「そう言っていただけると、父たちも喜びましょう」


 華仙が言うと、呂桜は軽く眉間に皺を寄せて口を開いた。


「堅苦しい言葉遣いもいらぬぞ。久々に会えたのだ。旧交を温めたい」


 呂桜と会うのは二年振りだろうか。どこまでも真っ直ぐな性格は以前と何ら変わりがないようだった。


「はい。では、お言葉に甘えて」


 華仙は微笑を浮かべて頷いた。


「今回は夏徳も同行している。今日は遅いので、改めて明日に顔を見せるそうだ」


「そうですか」


 軍師の立場である夏徳が何用だろうか。そんな思いが華仙の顔に浮かんでしまったようだった。呂桜がその顔を見て微笑を浮かべる。


「別に悪い話があるわけではない。随分と時が経ってしまったが、あの時のことを彼なりに謝りたいらしい」


「謝りに……」


 呂桜は華仙の言葉に軽く頷いて口を開く。


「以前は訊きそびれた。華仙、我々を恨んでいるか?」


 率直な問いかけだった。まるで、呂桜の性格そのままのような。呂桜は赤みがかった茶色の瞳を射抜くように華仙へと向けている。


「恨んでないといえば、嘘になるのでしょうね……」


 華仙も黒色の瞳を真っ直ぐに呂桜へ向けて言葉を続けた。


(よう)の国は医師を紹介してくれました。そして、(げん)様の病は大丈夫と言ってくれました。私たちがどれだけ嬉しかったか。ですが、その舌の根も乾かないうちに玄を亡き者とした。その憤りは今もあります」


 華仙はそこで一度、言葉を切った。一瞬の沈黙が訪れる。そして、再び華仙がゆっくりと口を開く。


「でも、呂桜様や夏徳殿が悪かったわけではない。それもまた分かっております」


「そうか……それを聞けただけでも、少しは心が軽くなるというものだ」


 呂桜はそう言うと少しだけ微笑を浮かべて立ち上がった。

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