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霧深き国の姫  作者: yaasan


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不穏

 やはり恥ずかしくて、(げん)の顔を正面から見られない。昨晩あんなことや、こんなことをしたことが、されてしまったことが次々と頭に浮かび上がってくる。


「え、えっと、何だか色々と逆になってしまったね。(きり)の国に帰ったら、威侯(いこう)冬香(とうか)に婚姻の許しを貰わないと。許してくれるだろうか? 君主ではなくなった僕に……」


 昨日の夜にあんなことや、こんなことをしておいて今さらそんなことを玄は気にしているのかと思ったら、華仙は少しおかしくなってくる。


 気持ちがほぐれて笑いを堪えるような顔をする華仙(かせん)を見て、玄は馬鹿にされたのかと思ったのか口を尖らせた。


「そんな顔をしなくてもいいじゃないか。ことは姫とも呼ばれている娘のことなんだ。威侯だって、さすがに何ていうか。それに、順序も逆だし……」


 順序って、変なことにこだわるのねと華仙は思う。

 それとも、それは玄に限ったことではなくて、男性とはそういうものなのだろうか。


「大丈夫よ。父上も母上も喜んで認めてくれるわ。私たちが子供の頃から周りは、それこそ(きり)の国の皆が、私たちは婚姻を結ぶって思っているのよ」


「それはそうかもしれないけど……皆がそう思うのと、本当にそうなるのとは違う話のような……」


 やはり玄は納得できないようだった。

 こういうところは相変わらず煮え切らないわね。

 そんなことを思った華仙だったが、一方ではそれを気にかけてくれる玄が嬉しかったりもする。


「大丈夫よ、玄。必ず皆が祝福してくれるわ」


 そう言って笑顔を浮かべた華仙に対して、玄は眩しそうな表情を返したのだった。





 それからの数週間、華仙にとっては本当に幸せな日々だった。


 玄と他愛もないことで笑い合い、二人で先々のこともたくさん語りあった。霧の国の行く末を思うと少しだけ気が重くもなったが、それはその時に考えればいいと二人で結論づけたりもした。


 そのような日々の中で、夏徳(かとく)が何度か玄の下を訪れていた。その度に華仙は席を外すようにと玄に言われたので、華仙自身は二人が何を話していたのかは分からない。


 本人は書物で得た知識でしかないと言っているが、玄には戦いで人を指揮する能力があるのだろう。それは今までの実績から見ても明らかなことに思えた。

 

 となれば、(よう)の国で軍師としてその力を発揮してほしいとでも言われているのだろうか。しかし、玄がそのような話を承諾するとも思えなかった。体調のこともあるが、玄が戦場に立つことを自ら望むことはないだろうと華仙は思っている。


 それは自分も同じなのだ。次に自分が剣を握るとすれば、玄を守る時だけ。


 今後、霧の国の民たちが陽の国の要請で、再び戦場に赴かなければならない時もあるのかもしれない。だけれども、その際も華仙自身は戦場に赴くつもりはなかった。


 その時、民たちを率いる役目は父の威侯や武芸の師でもある黄帯(こうたい)に任せるつもりだ。それに、華仙が以前のように戦場に赴くことを玄がきっと許さないだろう。


 これからの自分は玄をすぐ近くで支えるだけだ。そして、いずれは子を宿して……。

 それが華仙の望みだった。





 「……ねえ、華仙」


 玄が腕の中にいる華仙に声をかけた。お互いに一糸纏わぬ姿だし、何よりも玄の顔が近くて未だに恥ずかしい。


「ひとつ頼みがあるんだ」


 玄はそう言いながら、華仙の黒髪を手先で弄っている。


「明日、僕は手紙を書く。黄帯と一緒に、それを威侯へ届けてほしい」


 急な話だった。少し不穏な物を感じる。


「何だか突然の話よね。何かあったの?」


 腕の中で顔を上げて玄の顔を見る華仙に、玄は困惑したような表情を浮かべた。


「そんな、心配するようなことではないんだ。ただ……うん、少し相談したいことがあってね」


 少し相談したいこと……。

 今後の二人のことだろうか。そう思ったが、華仙はそれを即座に否定した。


 それはさすがに浮かれ過ぎなのかもしれない。今後の二人のことは焦る話ではないし、そもそもそのような話は、霧の国に帰ってから対面で両親に話すべき事柄だ。


 では、一体……。


「ごめん、言い方が悪くて、妙な心配をさせてしまったね。霧の国は陽の国になったからね。元君主としては、やることが色々とあるんだ」


 そんなものなのかなと思わないわけでもなかったが、急に持ち上がった話のためなのか何かが妙に気になった。まるで小骨が喉に引っかかって、僅かな不快感があるような……。


「大丈夫だよ、華仙。華仙は絶対に僕が守るのだからね」


 玄はそう言って華仙の黒色の頭に優しく口づけた。


「うん……」


 何か胡麻化された気がする。

 そんなことを思いながら、華仙は玄の唇を求めて顔を少し持ち上げたのだった。

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