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霧深き国の姫  作者: yaasan


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一緒に暮らさないかい

 華仙(かせん)自身は腕が鈍らない程度に、黄帯(こうたい)と体をともに動かす日々だ。今朝もいつもと同じく、黄帯と軽い鍛錬を終えて屋敷に戻ってきた華仙だった。


 そんな華仙に丁度、部屋から出てきた様子の玄が声をかけた。


「今日も朝から黄帯と鍛錬かい?」


「そうね。でも、鍛錬と言うほどではないわよ。体を少し動かしているだけだから」


 そう言いながら華仙の探るような視線に玄は気がついたようだった。(げん)は苦笑を浮かべて口を開く。


「大丈夫だよ、華仙。今日も熱はなさそうだ」


 その言葉に華仙は笑顔を浮かべた。


「最近は熱が出ることもあまりないし、顔色も随分とよくなったものね」


「そうだね。大人しく静養していること。そして、薬が効いているのだろうね。これからもこういった生活ができればいいのだけれども」


 その言葉の後、玄は少し話そうかと言って、珍しく部屋ではなくて華仙を庭園へと誘った。


「大丈夫? 風は随分と暖かくなったけど……」


 鍛錬後だったので汗の匂いが気になったが、華仙はそれを頭から追い払った。


 本人自らが外に誘うぐらいなのだから、玄の体調は彼が言うように本当によいのだろう。そう思うと華仙自身の心も自然と浮き立ってくる。


 庭園に二つだけ置かれた椅子に、華仙と玄は机を挟んで向かい合って座る。玄が正面にいる華仙に向けて穏やかな笑顔を見せた。


「僕は少しだけ信じられない気分なんだ」


 玄の言葉に華仙は何をとは訊かなかった。華仙も玄と同じ気持ちだった。


 (くま)の国との争いから始まって戦いが続いたこと。玄が無理を押して戦場に立ち続けたこと。玄の病が酷くなるようで気を揉んだ毎日。そして、こうして(よう)の国に玄といることも。


「こんな穏やかな日が続くといいわね」


 華仙は風に運ばれようとする長い黒髪を押さえながら言う。


「そうだね。陽の国と(うみ)の国。その雌雄が決せられれば、僕たちが戦に巻き込まれることもきっとなくなる」


「陽の国は海の国に勝てるのかな?」


 華仙の問いかけに玄は少しだけ考える素振りを見せた。


「どうだろう。現状ではかなり厳しいのかもしれない。でも、この国には優秀な人材もいるようだし、分からないね」


 優秀な人材。恐らく玄は呂桜(りょおう)将軍や、その軍師である夏徳(かとく)のことを言っているのだろうと華仙は思う。玄はさらに言葉を続けた。


「もっとも、彼らが活躍する場を与えられたのならだけどね」


 華仙は黙って頷いた。陽の国の行く末が気にならないわけではない。だが、華仙にとって一番重要なのは、自分たち霧の国が陽の国の戦いに巻き込まれないことだった。


 それは虫のいい考えなのかもしれない。でも、華仙としてはそう思わざるを得ない。正直、陽の国のために自分が命を賭して戦うのは嫌だった。そして、何よりも霧の国の人たちがその戦いで傷つくのが嫌だった。


「この先、どうなるか分からないけど、暫くは華仙とゆっくりと過ごせそうだ」


「そうね……きっとそうなるわね」


 華仙が頷くと、玄は片手を伸ばして華仙の頬に触れる。華仙の鼓動が少しだけ早まる。玄にしは珍しい行為だった。


「実は僕は不安だったんだ。母上のように長くは生きられないかもしれないとね」


 華仙は頬の上にある玄の手を上から、そっと包み込んだ。遠くから可愛らしく囀る鳥の声が聞こえている。


「でも、その心配は杞憂に終わりそうだ。だから……華仙、(きり)の国に帰ったら……一緒に暮らさないかい? この穏やかで静かな日々を僕はもっと華仙と分かち合いたい。少し急な話かもしれないけど」


 急な話?

 そんなことはないのだと華仙は思う。


「今さらよ、玄。私はあの時から玄を守るんだって決めたもの。一緒に生きていくってね。あの時、熊と父上から助けられた時から。いえ、もしかするともっと前からかもしれない」


「そうだね。僕もあの時、これからも僕が華仙を必ず守るって決めたのだからね」


 玄が再び穏やかな笑顔を見せた。頬の上で重ねられた手の平から玄の温もりが伝わってくる。


 陽射しが暖かく二人を包み込み、穏やかな風だけが二人の間を通り抜けていく。

 その風に吹かれて華仙の長く伸ばされた黒髪が宙を泳いだ。


「綺麗な黒髪だ。知っているかい? 僕は華仙の黒髪が大好きなんだよ」


「知らないわよ。玄が私の容姿を褒めたことなんてなかったもの」


 華仙が少しだけ頬を膨らます。


「そうだったかな。それは少し悪かったかもしれないね。でも、大好きだよ、華仙」


「私も同じよ、玄。ずっと、ずっと昔から……今、すごく幸せよ……玄」

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