きな臭い
「熱が出た時は決して無理をすることなく、必ず床に臥せるように。何、薬を飲んで静養を続けていれば、熱を出す頻度もやがては少なくなります」
享豊はそう言い切って、さらに言葉を続けた。
「そうなれば間違いなく天寿も全うできましょう。熱がないようであれば、普通の生活は問題ないですな。ただ、肉体的や精神的にも疲弊する作業は極力避けるように」
肉体的や精神的に疲弊する作業……。
抽象的で今ひとつ分からないと思った華仙だったが、無理をさせなければよいのだと自分の中でそう結論づけた。
「分かりました」
華仙は言葉を返すと、隣の玄に黒色の瞳を向けた。
「ですって、玄。無理して暴れては駄目なんだからね」
「分かっているさ。僕は子供じゃない。それに、いつも暴れ回っているのは華仙の方じゃないか」
玄はそう言って、安堵した顔をしながらも口を尖らせたのだった。
「どうにもきな臭い」
帝都のほぼ中心を流れている大河の土手に寝転んでいた夏徳はそう独りごちた。
寝転ぶ夏徳の視界には、雲ひとつない見事な青空が広がっている。
陽の国が併合した西部地域の各国。
それらの国々に対して、寛大な処置を施してもらう。
呂桜とともにその目的を持って王都を訪れたはずの夏徳だったが、どうも雲行きがおかしい感触があった。
正妃の子供ではないとはいえ、呂桜が現在の帝である緑帝の実子であることには間違いがない。よって、当然その発言にはある程度の力があるはずなのだったが、どうもそうはならないようだった。
あからさまに否定もされないのだが、呂桜がそう発言しても帝都内で一向に響かない感があった。呂桜の発言をこうも簡単に抑え込める者は、陽の国の中でもそう多くはいない。
呂桜自身はこのことをどう感じているのだろうか。
いや、考えるまでもないと夏徳は思い直した。
あの姫様は決して馬鹿ではない。
それが夏徳の率直な印象だ。今の状況を踏まえれば、自身の発言が少しも前進していないことを夏徳と同じように彼女も感じているはずだった。
そこまで考えて、夏徳はもう少し考えを進めてみる。
呂桜の発言を抑え込める者……。
凱鋼代将軍といった他の兄弟か。
いや、違うなと夏徳は思う。今回に関して言えば、彼らが呂桜の言を邪魔したところで、彼らに益があることはないだろう。
ならば、もっと上の……緑帝、もしくはその側近たち。
つまりは、国の意思ということか……。
ただ、呂桜の発言を抑えてまで国がやろうとしていること。それが夏徳には、さすがにまだ明確には見えていない。
ただいずれにしてもこの状況を考えれば、国の意思が呂桜の発言に反する物であると断言してもよさそうだった。
そう結論づけた夏徳は、顔に厳しい物を浮かべた。
呂桜の発言に反するもの。
それが一体何なのか。
不穏なものを感じながら、夏徳はそう考えるのだった。
帝都での療養は華仙が考えていた以上に、平穏で穏やかなものだった。思えば熊の国との小競り合いから始まり、海の国相手の撤退戦まで、心も体も休まる日がなかった。
気がつけば、あの時の熊の国との小競り合いから、もう二年近くが経過しているのだ。
これでこの先、少しは落ち着くことができるのだろうか。それともまた陽の国の争いに、自分たちが巻き込まれることになってしまうのか。
だが、そう考えたところで先のことが分かるはずもない。華仙は開き直るように思い直すと、ならば今はこの平穏を享受しようと思うのだった。
玄はといえば、静養も兼ねて読書の日々だった。
玄が言うには、陽の国にある本は霧の国にいた頃では手に入らない本ばかりらしい。日々それらを読める玄の様子は、かつてないほどに楽しそうで満足気だった。
本を読むのが苦手というか、性に合わない華仙には何を言っているのかちょっと分からないと思う。でも、玄が嬉しいのであれば、華仙も単純に嬉しい。それも事実だった。




