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霧深き国の姫  作者: yaasan


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肺の病

 「暫くの間、病状を観察する必要がありますが、恐らくは肺の病でしょうな」


 (げん)の体を診終えたあとだった。初老の域に達しているように見える、享豊(きょうほう)と名乗った医者が華仙(かせん)と玄にそう告げた。


 肺の病。それが具体的にどういったものなのか。華仙にはそれだけで分かるはずもなかったが、禍々しいものであるようにしか感じられない。


 胸の奥をぎゅっと掴まれるような感覚があり、呼吸も早くなっていく。


「親族など、近しい人に同じような症状の方はおりませんでしたか?」


「恐らくは私の母上がそうであったかと……」


 玄が呟くように言う。


「お母上は、今もご健在でしょうか?」


 享豊が質問を続ける。


「いえ、私が幼い頃に亡くなっております」


「そうですか。それは失礼致しました。この病は感染りますゆえ」


 享豊の言葉を聞いて、玄が引き攣った顔で華仙を見る。そんな玄の様子を見て享豊が再び口を開いた。


「普通の丈夫な方であれば、まず感染ることはありませぬな。見ればそこのお嬢さんは、よく日にも焼けていて、健康で丈夫そうだ。そのご様子であれば、この病も逃げ出すことでしょう」


 享豊はそんなことを言って、何が面白いのか大口を開けて笑っている。玄も華仙に対して、そのような表現をする享豊に苦笑を浮かべている。


 うら若き乙女を捕まえて、見た目だけで丈夫そうだの、病も逃げ出すだのとはどういうことなのだろうか。


 確かに風邪ですら引いた記憶なんてないのだけれど……。

 両頬を見事に膨らませたそんな華仙に玄が声をかける。


「でもよかったよ、華仙。もし、華仙にも感染してしまっていたらと心配した」


 そう正面から心配したと言われてしまえば、華仙の両頬も萎まざるを得ない。加えて、今度は両頬が上気するのを感じる。そんな自分に己でも何かと忙しいと華仙は思う。


「この病、生まれついて体があまり丈夫ではない者が発症することが多い。おそらく、あなたのお母上も、あまり体が丈夫でなかったのではないかな」


 玄が黙って頷いている。幼い頃の記憶だったが、確かに玄の母親である美麗(びれい)には体が丈夫だった印象は華仙にも全くなかった。


 それが生まれついてのものなのか、この病によるためなのかは分からないのだが。


「残念ながらこの病、完治はできませぬ」


「な……」


 享豊の言葉を聞いて華仙は思わず絶句する。玄の顔からも血の気が引いているのが分かる。そんな華仙たちの様子に気がついたのだろう。享豊が再び口を開いた。


「大丈夫です。完治は難しいですが、精がつく物を食べ、静養しながらであれば、人並みには生きられます。玄殿は高い身分の方だと聞いております。そうであれば、無理さえしなければ、大丈夫でしょう」


 その言葉を聞いて華仙は安堵の溜息を吐いた。玄の顔を見ると、やはり同じく安堵の表情が浮かんでいる。


「ただし、煎じ薬を毎日一度、飲んでいただくことになります」


 享豊の言葉を聞きながら、なるほどと華仙は思う。


 静養にしても薬にしても、ある程度は恵まれた身の上でなければそれは享受できないものだった。そうである以上、確かに高い身分の方であればといった言い方になってしまうのだろう。


 だけれども、そんなことを皮肉に思う必要はない。今は玄がその身の上であったことを喜ぶべきだった。


「分かりました。ただ私は王都の人間ではなく、(よう)の国の遥か西の端。かつては(きり)の国と呼ばれた遠い地域の者です」


「はて、霧の国ですか?」


 玄の言葉に享豊は首を傾げた。その様子から霧の国などは、聞いたこともないといった感じだった。


「暫くは帝都に滞在する予定ですが、いずれはその西の端に私たちは帰ります。その薬はそこでも手に入るものなのでしょうか」


 玄が言うと享豊は合点がいったとばかりに頷いた。


「大丈夫です。腐る物ではないので、お届けいたしましょう。ただ、二年に一度は帝都に来て容体を見せて下さい」


「分かりました。これからもお世話になります」


 玄が頭を下げる。

 いえ、いえとばかりに片手を振る享豊に華仙は尋ねてみた。


「静養とは、具体的にどのようなことなのでしょうか」


 その問いかけに享豊は、一瞬だけ押し黙って難しい顔をする。

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