帝都
陽の国。
その中心地である帝都は、華仙が想像していたよりも遥かに大きな都だった。
「姫様、口が開いたままですよ」
護衛も兼ねて華仙と玄に帯同している黄帯から声をかけられて、華仙は慌てて口を閉じた。
整備された道とその広さ。道の左右に並んでいる様々な店。その店に並ぶ品物の数々。行き交う人々の多さ。人々が身に纏っている衣服……。
特に波のような人の流れに華仙は驚かされた。
今日はどこかでお祭りでも始まるのだろうか。
そう思い、華仙たちを出迎えに来た丁統に尋ねようとしたが、何となく訊くことが恥ずかしくなって、華仙はその問いかけを飲み込んだ。
「玄、何か思っていた以上の賑わいなのだけど」
華仙の言葉に玄も素直に頷いた。そんな華仙たちに、先頭を歩く丁統が振り返って声をかけた。
「陽の国の中心ですからね。多少の賑わいはありますよ。この後、皆様には呂桜将軍に到着の挨拶をしていただきます。その後は明日も含めてゆっくりと休んで頂いて、長旅の疲れを癒して下さい」
丁統の言葉に華仙は、はあと頷く。
多少の賑わい……。
周囲の光景に圧倒されて、丁統の言うことが上手く頭に入ってこない。
「医者は明後日に、滞在いただくお屋敷に来る段取りとなっています」
お屋敷。来る段取り。
華仙は心の中で繰り返した。至れり尽くせりとは、こういうことを言うのではないだろうか。
「ご厚意、痛み入ります」
玄が頭を下げたので、それに合わせて華仙も慌てて頭を下げる。
「いやいや、謝辞は呂桜将軍にお願いします。将軍から直々のご指示ですので」
将軍から直々のご指示。
心の中でその言葉を繰り返して、華仙は再び、はあと頷く。
「しかし、ここまでされてしまいますと、そのご厚意も過ぎるのではないかとさえ思えますが」
玄の控え目な言葉に丁統は首を左右に振った。
「いえいえ、玄殿は先の撤退戦における一番の功労者ですよ。これぐらいは当然です」
これぐらいは当然。
心の中で丁統の言葉を繰り返して華仙は、はあと頷く。
「姫様、今度は、はあとしか言っていないですぞ」
黄帯の苦笑を帯びた言葉に華仙は、はあと返すのだった。
「この度は帝都にお呼びいただきまして、ありがとうございます。また、優秀な医者の方を紹介いただけるとのこと。数々のお心添え、感謝に絶えません」
片膝を床につけて玄は呂桜に謝辞を述べた。華仙と黄帯も玄の背後で床に膝をつけて、同じく頭を下げる。
「頭を上げてくれ。堅苦しい礼などは必要ない。あの時の撤退戦。その功に報いるにはどうしたらいいのか。夏徳に訊いた答えがこれだったということだ」
華仙が頭を上げて呂桜の顔を見ると、呂桜は微笑を浮かべていた。続いて呂桜の隣に立つ夏徳が口を開いた。
「長い道程で疲れただろうな。治療もそうであろうが、少しゆっくりと休むといい。不都合があれば、先の丁統に遠慮なく言ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
玄が再び謝辞を述べると、呂桜が苦笑を浮かべて口を開いた。
「そこの臍曲がりな軍師殿が、玄殿を気に入っておってな。何かと気にかけたいらしい」
その言葉に今度は夏徳が苦笑を浮かべる。これらの言葉を聞いている限りでは、どうやら呂桜も夏徳にしても玄には好意的であるようだった。
病気の治療といった明確な理由があったとはいえ、急に帝都に呼びつけられたのだ。華仙の中で若干の不安があったのも事実だった。だが、今の会話でその不安も払拭されるのかもしれない。
「それは嬉しいお言葉です。私も夏徳殿とは一度、ゆっくりとお話したいと思っておりました」
玄の返答に夏徳も心得たとばかりに頷いていた。そのような夏徳を横目で見て、呂桜は少しだけ微笑を浮かべているようだった。
「長旅で疲れたであろう。今日のところはこれまでとして、丁統に屋敷まで案内させよう」
呂桜がそう言って、帝都初日の挨拶は終わったのだった。




