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霧深き国の姫  作者: yaasan


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療養

 (げん)の寝室を訪れた華仙(かせん)は早速、丁統(ちょうとう)との遣り取りを伝えた。


「確かにそうだね。帝都ならば優秀な医者もいて、この病の原因も分かるかもしれない。原因が分からないまでも、効果がある薬もあるかもしれないね」


 寝台で上半身を起こしていた玄はそう言った後、少しだけ咳き込んだ。軽い咳なのだが、こうも続いていると嫌な印象を拭うことができない。

 華仙は玄の背中を擦りながら口を開いた。


「大丈夫? 咳が少し続いているみたいね。それに今日は少し熱も高いみたい」


「大丈夫だよ、華仙。いつもとそうは変わらない」


 強がっているのか玄はそう言ったが、玄の濃い茶色の瞳はいつもよりも発熱で濡れているように思えた。


「ほら、そんなこと言って強がっていないで、横になりなさい」


 華仙が言うと玄は素直に従って横になる。やはり長期に及んだ(うみ)の国への遠征が、体に堪えたのだろう。


「大丈夫だよ、華仙。そんなに心配する必要はないよ。いつもの熱だから大丈夫」


 玄は何事もないような顔で言うが、そもそも熱が出ているのだ。いつものであろうがなかろうが大事でないはずがない。


 しかし、華仙はそんな不安を発しないで、別の言葉を口にした。


「でも、ありがとう、玄」


 急に言われたお礼の言葉に、横たわった玄は意味が分からなかったようで、不思議そうな顔をしている。


「お礼を玄に言えていなかったなって思ってね。海の国との戦いから皆が無事に帰ってこられたのは、きっと玄のお陰だから。(きり)の国の皆も、玄にはとても感謝しているのよ」


 その言葉に玄は首を左右に振った。


「それは違うよ、華仙。僕はきっかけを考えたに過ぎないのだからね。実際に頑張ったのは霧の国の皆だよ。それに加えて言えば、海の国を撃退できたのは、呂桜(りょおう)将軍や夏徳(かとく)殿によるところが大きかっただろうね。あの指揮があったからこそ、陽の国は七万もの兵を押し返すことができたんだよ」


 玄の顔を見ながら、そんなものなのかなと華仙は思う。


 確かにあの後、(よう)の国は東方軍を中心として、本国からの援軍を含めた総勢三万の将兵が、牙城(がじょう)砦にその勢いのまま攻め込んだ。だが、その勢いも空しく海の国によって、凱鋼代(がいこうだい)将軍に率いられた三万の将兵は見事なまでに粉砕されていた。


 その事実を踏まえると七万もの軍勢を押し返したのは、呂桜や夏徳の指揮が優れているということになるのかもしれない。


 牙城砦の城門前は陽の国の兵で死者累々となり、大地が赤く染め上がり血の川が流れたと聞いている。そして、その戦いに霧の国が巻き込まれなかったのは、単に運がよかっただけなのかもしれなかった。


 もし、あそこで玄が殿を買って出なければ、霧の国も牙城砦攻略に巻き込まれて、今頃は華仙も玄もここで呑気にこのような話などできていなかったかもしれない。


「ねえ、玄。もしかして、それも見越して殿の役目を買って出たの?」


 華仙の言葉に玄は苦笑した。


「さすがにそれはないよ。僕には預言者みたいに先を見通す力なんてないからね。ただ、僕は陽の国に恩を売っておきたかっただけだよ。あそこで霧の国が何かしらの功を上げることができるのなら、陽の国の中で僕たちの地位も少しは向上すると考えただけなのだから」


「そっかあ。でも、結果としては、全てが上手くいったものね」


 華仙は大きく息を吐き出して、天井を見上げた。そして、再び玄に黒色の瞳を向ける。


「後は玄の体を治すだけね。熱が下がったら病気療養のために帝都に行けるよう、丁統殿に頼んでみるわね。だから玄はその時のために、帝都に行けるぐらいには体調を戻しておかないとね」


「そうだね。今は華仙の言う通りにするのがよさそうだ」


 華仙の言葉に玄は素直に頷く。


 それから僅か一日後のことだった。玄に帝都へ来るよう呂桜の名で命が降ったのだった。


 それは華仙も、そして玄も望んでいた病気療養の話であった……。

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