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霧深き国の姫  作者: yaasan


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王としての資質

 黄帯(こうたい)が右手を振り下ろした。それに合わせて、敵兵を目がけて上空に矢が一斉に放たれる。


 大気を切り裂く音とともに降り注ぐ矢の雨。

 敵兵は一瞬の混乱を見せたものの、伏兵からの襲撃をある程度は予測していたのだろう。すぐに混乱を収めると、各々が上空から降ってくる矢に盾を翳した。


 華仙(かせん)が三度目の矢を放った時だった。威侯(いこう)の大音量の声が周囲を震わせた。


「駄目だ! 物凄い数だぞ! これは抑えきれん! これは参ったぞ! 仕方がない、逃げるぞ!」


 何か、芝居がかった間抜けな台詞だ……。

 華仙は心の中で呟く。それに相変わらずというか、無駄に声が大きい。ただこの音量であれば、敵兵にも威侯の言葉が十分に響き渡っていることだろう。


 威侯のそんな台詞を合図として、華仙たちは弓矢を放り出すと四方へ逃げ始める。装備も最低限のものしか身につけていないので、誰もが逃げ足は早い。


 華仙たちも黄帯を先頭にして、そのすぐ後ろには(げん)が、さらにその背後には威侯と華仙が並び、ともに戦場からの離脱を図ったのだった。





 山道を抜けて殿の伏兵を蹴散らしたつもりの(うみ)の国は、休息も兼ねて細長くなった隊列を必ずここで整えるはず。


 玄はそう言って地図の一点を指し示した。そこは左右をなだらかな山に囲まれた平地だった。


 なぜそう言い切れるのだ。

 夏徳(かとく)が提示した疑問に玄は明確に答えた。


 この先の川を越えれば(よう)の国の領内。ならば、この大きく開けた平地で兵を整えるのは必定かと。この場所以外に七万もの軍勢を整える場所はないのですから。


 結果、海の国の動きは玄の予想通りとなった。殿の伏兵を瞬く間に蹴散らしたつもりの海の国は、自国の領内から憎き陽の国を追い出した勝利に酔っていた。


 そして、さらにその勢いを持ってこれから陽の国へ攻め入るとばかりに、細長く伸びた兵の隊列を整え始めたのだった。そんな彼らに左右の山から突如として矢の雨が降り注いだ。


 陽の国の急襲を受けて混乱に陥った海の国を左右から騎馬、さらに歩兵の突撃が襲った。


 海の国、七万の軍勢を陽の国の西方軍二万が左右から斬り裂いたのだ。よもやの急襲を受けて海の国は完全に浮足立った。


 加えて西方軍の兵たちが口々に叫ぶ包囲しろ、包囲しろの言葉に海の国は完全に恐慌をきたしてしまう。


 このままでは包囲されてしまう。

 そんな恐怖に支配され、海の国の兵たちは我先にとばかりに雪崩を打って逃げ出した。


 今まで自分たちが抜けてきた細い山道に向かって海の国の兵、七万が殺到した。当然、一度に七万もの兵が通れるはずもなくて、押し合いの大渋滞となる。


 逃げ出そうとする兵を立て直せないままに、今度はその背後から陽の国が再び襲いかかる。


 逃げ出す海の国の兵たちは転んで倒れた者を踏みつけ、自分だけは助かろうと逃げ出していく。倒れた者の叫び声は、次の悲鳴で次々と掻き消されていく。


 大地に流れ出た血も含めて、それはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


 圧勝だ。

 それが夏徳の純粋な感想だった。逃げ出そうとする陽の国の西方軍二万が、それを追いかける海の国の兵七万を退けたのだ。


 夏徳も認めて容認した策だったが、ここまで見事に嵌るとは思ってはいなかった。


 確かに運も味方したのかもしれない。だが、これであの若い元君主の戦における能力。その才が非凡なものではないことを示しているのは間違いない。


「見事だな」


 呂桜(りょおう)が夏徳の横で感嘆している。


「そうですな」


 夏徳が返した言葉に呂桜が不思議そうな顔をする。


「そうではない。お主が玄殿の策を認め、実行したことだ」


 それを言うのであれば、最終的にそれを容認したのは呂桜自身なのだ。そのことに本人は気づいていないのだろうか。


 王としての資質。

 そんな言葉が夏徳の中に浮かぶ。


「さて、どうですかな。いずれにしましても、称賛するのであれば策を考えた玄殿と、それを違うことなく実行した兵たちに与えるべきなのでしょう。残念ながら、私が受けるべき称賛ではありません」


「ふむ。どうやら、お主は無欲なのか臍曲がりなのか……そのどちらかなのだろうな」


 呂桜が興味深そうな顔でそんな夏徳を見ている。

 

 おそらくは後者でしょうね。

 夏徳はそう思ったが、あまりにも子供じみている気がして、口にするのを止めることにする。

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