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霧深き国の姫  作者: yaasan


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大軍

 だけども、どれだけ思い悩んでも今は状況が好転するはずはないのだ。


 やれることをやるしかない。

 華仙(かせん)は思い直して、彼らに向けて少しだけ頷いた。


 馬上の(げん)を先頭にして、その背後に(きり)の国の民だった者たちが一千人。

その中には父親の威侯(いこう)や、武の師匠でもある黄帯(こうたい)だけでなく、顔見知りの者たちも多くいる。皆、姫様、姫様と気軽に声をかけてくれる普通の民たちだ。


 玄が言うように上手に逃げる。それが簡単なことではないことぐらい華仙にも分かっていた。でも、そんな普通の民たちを無駄に死地へ送りたくはない。


 そうかといって、華仙だけで民たちを戦いの中で守れるはずもなかった。八方塞がりのような気がする。さっきも玄が皆を守ると言ってくれたが、その言葉を単純に信じることは華仙にも難しかった。


 華仙が馬上の玄に向けて口を開きかけた時だった。隊列の前方にいる(くま)の国の兵たちが急に騒がしくなる。何事かと思っていると、数騎の騎兵を引き連れた若い軽装の男が華仙たちの前に姿を現した。


「玄殿、玄殿はおりますか?」


 若い男が馬上で左右を見渡しながら、声を張り上げている。


「私なら、ここにおりますが」


 馬上の玄が馬とともに若い男の前に進み出た。


「私の名は丁統(ちょうとう)夏徳(かとく)様の配下のものです」


 玄は無言で頷いた。丁統と名乗るこの若い男。確かに華仙にも見覚えがあった。


「随分と焦っておられるようだが、いかがしたのでしょうか?」


 玄が言うように、丁統の額には玉のような汗が幾つも浮かんでいて、その顔には焦りの色が濃く浮き出ていた。


牙城(がじょう)砦から突出してきた(うみ)の国の兵数が判明しました。その数、約七万。現在、我々に向けて今も進軍中です」


「七万……」


 馬上の玄が絶句する。七万などという大軍は華仙も聞いたことがない。


「牙城砦を攻め立てる我々を排除するというよりも、海の国から(よう)の国を完全に排除するということですかね」


 この玄の言葉に丁統は少しだけ驚いた顔をした。


「夏徳様も同じ意見でした。私もその考えに同意するところです」


「それにしても、いくら海の国が大国だといっても、一国のみで七万もの兵を動かせるとは思えませんが」


「おそらくは周囲の国々からも兵が出ているかと」


「連合ということですか……」


 玄は少しだけ考える素振りを見せて、再び口を開いた。


「それで、陽の国のお考えは?」


「全軍、撤退します。国境沿いで体制を整えて、本国からの援軍とともに迎え撃ちます」


「ふむ……」


 玄は頷くと再び考え込んだ。変わって華仙の隣で厳しい顔をしていた威侯が口を開いた。


「撤退戦ということですな。今、この地に陽の国の兵は、東方軍の五千と我々援軍の二万と聞いていますが」


「はい、間違いないかと」


「二万五千もの大軍が、一糸乱れぬ状態で撤退するのは難しいでしょう。ましてや、西方軍からの援軍である我々は寄せ集めでしかない」


 威侯の言葉に揶揄するような響きはなかった。ただ事実を淡々と語っているといった感じであった。


「撤退戦となれば、撤退の時間を稼ぐ殿の兵も必要です。それは、どのようにお考えでしょうか」


 玄が疑問を口にした。


「それは……」


 言葉に詰まる丁統に対して、玄が再び口を開いた。


「いいでしょう。私に少し考えがございます。是非とも呂桜(りょおう)将軍へのお目通りを」


「し、しかし、今は一刻も早く……」


「ならば、一刻も早くお目通りを」


 玄がいつになく強い口調で言う。それに気圧されたように丁統が頷いた。


「分かりました。従者お一人の同行を許可しますので、ついてきて下さい。ご案内しますゆえ」


 玄は頷くと華仙に視線を向けた。


「華仙、一緒に来てくれ」


 華仙は黙って頷く。次いで、玄は威侯に視線を向ける。


「威侯は撤退戦の準備を。ま、出撃の準備はしているから、特にすることはないかもしれないけどね」


 玄はそう言うと少しだけ笑ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 佳境ですね!
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