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霧深き国の姫  作者: yaasan


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愚策

 「また二千の兵を出陣させろ。それが兄上、凱鋼代(がいこうだい)将軍からの命なのだな」


 呂桜(りょおう)の声は小さく、そしてどこまでも平坦だった。感情というものが、まるで籠っていない。


 だが、夏徳(かとく)に向けられている赤みがかった茶色の瞳は、まるで燃えているかのようだった。内心にある反発。そんな感情の全てが瞳に宿ってしまっているかのように。


 最初に二千の兵を送り出した時から、これは予期していたことだ。だが、この事実を踏まえると、夏徳としても暗澹とした気持ちになってくる。


 それは、兵たちにこれから死んでこいと命じるのに等しいことなのだから。


「二千となると、次は(くま)の国と……(きり)の国でしょうな」


 夏徳の言葉に呂桜は頷こうとはしなかった。呂桜にしてみても、このような無謀な命を下すのは嫌なのだろう。


 霧の国といえば、あの威侯(いこう)のところか。それに病弱そうな君主もいた。

 そういえば、やたらと気の強そうな娘もいたはずの国だった。


 そんな彼らが策にもなっていない無謀な出陣で死ぬのかと思うと、ますます気が重くなってくる。馬鹿なやり方だと心から思うが、それを止めさせる手立てが今の夏徳にはなかった。


 燃えるような瞳で自分を見ている呂桜もそうなのだろう。どんなに愚策だと思っても丁統にも言ったように、自分たちはそれを止められる立ち位置ではないのだ。


「夏徳、私は制した国々の君主たちに、私の名でその安寧を約束した。その結果がこれだ」


 呂桜が口を開いた。その口元には明らかに自身を嘲笑する笑みが浮かんでいた。


「仕方ありません。例え馬鹿げていて、どんなに愚策でも命令は命令です。私たちは従う他にないかと」


 夏徳の言葉に呂桜は面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「夏徳、お主は何かと破天荒なのだと思っていたが、このような時には常識人となるのだな」


「立場をわきまえているだけですよ。経験上、破天荒になるにしても、機というものがありますゆえ……」


 呂桜は少しだけ頷いた。


「分かった。夏徳、申し訳ないが、熊の国と霧の国の元君主たちに、私の名で出陣を伝えてくれ」


「分かりました」


 申し訳ないと頭を下げる呂桜。それが夏徳にとっては少しだけ意外でもあった。


 苛烈な性格に見えても根は優しい姫様ということか。

 夏徳は心の中で呟いたのだった。





 出陣。

 牙城(がじょう)砦より突出してきた敵を迎え撃て。

 

 その命が華仙(かせん)たち、かつての(きり)の国の皆に降った。そして一方で、牙城砦から突出してきた(うみ)の国の兵数は、未だに掴みきれていないとのことだった。


 敵の兵数が分からなければ、最大限の兵数を持ってそれにあたる。

 玄が言うにはそれが兵法の基本らしかった。


 それを(よう)の国ほどの大国が分かっていないはずがないと華仙は思っている。


 そもそも、先に出陣した二千の兵をすでに失っているのだ。それと同数の兵をまた出陣させるというのだから、愚策というのも憚られる。


 となると、陽の国の目的は明らかだった。彼らが望んでいるのは、やはり自分たちの死だけなのだ。


 国がなくなるということは、こういうことなのだ。

 そう考えると、悔しくて華仙の目尻に涙が滲む。そして、どれだけ悔しくても、それに抗う方法が今の華仙たちにはなかった。その事実がさらに屈辱を華仙に覚えさせるのかもしれない。


 今、華仙たちは出陣の時を迎えていた。先頭は熊の国の者たちであった約一千二百名。その後に続くのが玄に率いられた華仙たち霧の国の約一千名だった。


「華仙、大丈夫。心配する必要はないよ。華仙も霧の国の皆も必ず僕が守るから」


 馬上の(げん)が華仙に声をかけた。玄が騎乗する馬の靴輪を握っていた黄帯(こうたい)も無言で華仙に向けて頷いている。


 しかし、そう声をかける二人の顔は、これまでに見たこともないほどに厳しいものだった。それだけの難題が自分たちの身に降りかかっているのだ。

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