表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧深き国の姫  作者: yaasan


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/66

逃げる方法

「聞き分けが悪いって、子供ではないのですから」


 丁統(ちょうとう)の言葉に夏徳は笑みを浮かべた。


「お、調子が出てきたじゃねえか。俺は姫様のところに行く。お前は二千の兵を出陣させる準備だ」


「二千の兵はどこから選別するのですか?」


 分かっているだろう。

 そう言いたかったが、丁統の真剣な顔に押されて、夏徳(かとく)はその言葉を飲み込んだ。


「西方の国々だった連中からだ」


 丁統は一瞬だけ夏徳を睨みつけるような表情をすると、今度は口を開くことなく黙って頷いたのだった。





 「(まる)の国と(はしら)の国は、ほぼ全滅したようですな」


 威侯(いこう)の言葉に寝台の上にいる(げん)は静かに頷いた。その言葉に続けるようにして華仙(かせん)が口を開いた。


「柱の国の君主だった流陶(りゅうとう)様は討ち取られたとのことです」


「そうか。残念な報せだね。柱の国は父の代から親交があったからね。僕も流陶様には何度かお会いしたことがある。常に民のことを考えていた立派な方だった」


 玄の悲痛な面持ち。そんな玄の顔を見ていると華仙の中で怒りが湧き上がってくる。


「父上、これが(よう)の国のやり方なのですか? 大軍相手に少数で挑み、お前らは死んでこいと!」


「華仙、気持ちは分かるけど、少し落ち着いて」


 玄が優しく華仙に言葉をかけた。だが、華仙は玄に対しても怒りに燃える黒色の瞳を向ける。


「玄様、私たちにも同じ命が下るのでしょうか? でも、私には承服できません。死ぬための戦などは戦ではありません。ここにいる(きり)の国の皆を率いて、死にに行くことなどできません」


「そうだね。華仙の言う通りだね」


 玄は反論する言葉が見つからないのか黙り込む。


「落ち着け、華仙。玄様を責めても仕方がない。我々は命令される側なのだ。玄様とて辛いのだぞ。その理屈が分からないお前でもあるまい」


 そうなのだった。

 感情に突き動かされて、玄を責めるようなことを言ってしまったが、玄だって辛いに決まっているのだ。


「申し訳ありませんでした」


 頭を下げて謝罪する華仙に玄は明るい灰色の頭を左右に振った。


 命令される側。威侯が言うのは真実だった。だが、このような仕打ちをされて、陽の国に対して自分たちが彼らに恨みを抱かない方が無理だろう。


 もし自分たちがこのように無謀な形で死んでしまえば、残された者たちや家族は当然、陽の国を憎み、恨むだろう。


 そして、永遠に語り継ぐだろう。陽の国に自分たちがこのような非道な仕打ちを受けたことを。


 とてもではないが玄が言うように、陽の国に自分たちが恨みを抱かずといったことはできそうにもない。それが華仙の本音だった。


「いずれにしても、一年後、あるいは二年後の叛乱を防ぐために、陽の国が我々に無謀な出陣をさせるのは明白ですな」


 威侯の言葉に玄は少しだけ頷いた。だが、それが分かっているからといって、どうすることもできない。死ぬのが嫌だからといって、皆で逃げ出すわけにもいかないのだ。


牙城(がじょう)砦から撃って出てきたという(うみ)の国の兵はどれぐらいなのだろうか?」


 玄が威侯に尋ねる。


「丸の国と柱の国を中心とした陽の国の兵二千がほぼ全滅したことから考えると、一万は下らないかと」


「一万以上の軍勢となると、千や二千の兵ではどうにもならないだろうね。ましてや、海の国の兵は強兵だと聞く」


 威侯の言葉に厳しい顔をしながら、玄はさらに言葉を続けた。


「まともに戦えば全滅するだけだね。かといって、我々だけで何かしらの策を講じたところで、勝てるはずもない。ならば戦わずして逃げるしかないだろうね」


「逃げる……ですか?」


 威侯が意外だといった顔をする。


「でも、戦う前から逃げるわけにもいかないよね。本音はそうしてしまいたいところだけど。戦いながら、どう上手に逃げられるか。これは難しいお題だね」


 玄はそう言いながら少しだけ笑った。華仙はそんな玄の横顔を見て、少しだけ安堵した。玄が陽の国の言いなりとなってしまったら、どうしようかと少しだけ思っていたのだった。


 そんな華仙の思いを感じたのか、玄が華仙に顔を向けた。


「大丈夫だよ、華仙。僕は華仙たちのように戦えない分、逃げるのは得意なんだ。上手に逃げる方法を考えるからね」


 玄の言葉に華仙は信頼を込めて頷いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ