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霧深き国の姫  作者: yaasan


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恩恵

 「(げん)、体調はどうかな?」


 天幕に入った華仙(かせん)は最初にそう尋ねた。そんな華仙に玄は隠そうともしないで不満そうな顔をする。


「華仙、何だか僕の体調を訊くのが、本当に挨拶代わりになっている気がするよ」


「あら、失礼ね。挨拶はちゃんとするわよ。おはよう、玄」


 華仙は、ほらねといった顔をしてみせる。


「いや、そういうことではなくてだよ、華仙。挨拶が先だと言っているんだ。挨拶よりも先に僕の体調を訊いたら、それが挨拶みたいじゃないか」


「ん? 何を言ってるのかよく分からないわね。で、玄、具合はどうなのかしら?」


 そんな華仙に玄は大きな溜息を吐いてみせた。


「大丈夫だよ、華仙。大体、華仙はいつも心配しすぎなんだ」


 口を尖らせて不平を言う玄の顔を見ながら、華仙は全然大丈夫ではないじゃないと思う。


 濃い茶色の瞳は発熱のせいか潤んでいて、顔も少し赤くなっているようだ。今朝は熱が少し高いように思える。


「大丈夫なら、いいのだけれど。でも、今日は少し寝ていた方がよさそうね」


 強がるようなことを言いながらも、具合がよくない自覚はあるのだろう。玄は大人しく寝台の上で横にる。そんな玄を見届けてから華仙は口を開いた。


「でも、何だか不思議ね。霧のない朝なんて」


「そうだね。考えてみれば、霧の国から出ることなんて、今までにあまりなかったからね」


 (きり)の国。

 皆があまり口にしなくなったその名を聞くと、華仙の胸はまだ少しだけ痛む。そして、その名を聞くと、国がなくなってしまった事実を改めて思い出してしまうようだった。


「そう言えば、(よう)の国との戦いで父上たちと斬り込みをかけた時、身分が高そうな敵将を捕えそこなった話をしたわよね。多分、その時の敵将が呂桜将軍だったのよね。一瞬だったけど、あれは間違いなく女性だったわ。陽の国に女性の兵は他にはいないみたいだから、きっと間違いないわよね」


 華仙は斬り込みをかけた情景を脳裏に浮かべる。


「うん。そうだったかもしれないね」


「あの時、捕らえるなり、殺せるなりをできていれば、霧の国がなくなることもなかったかもしれない。そして、こんなところまで来て、皆が戦う必要もなかったかもしれない」


 そう。もう一歩だったのだ。あの時、いかにも戦い慣れしてなさそうな男に邪魔をされなければ……。

 あれ? あの時の男って……。

 そこまで華仙が考えた時、玄が口を開いた。


「そうかもしれないね。でも、陽の国というかつてないような大きな国が出現してしまった以上、小さな霧の国は遅かれ早かれなくなったと思うんだ」


「そうかもしれないけど……」


「そして、いずれ滅ぶのであれば、早い方がよかったとも僕は思うかな」


「どうして?」


 華仙は素直に首を傾げて玄に質問する。


「陽の国に併合されるのであれば、霧の国と陽の国の間でわだかまりは少ない方がいいからね。もし、華仙たちが呂桜将軍を殺していたら、陽の国側にそれが残ってしまう。その残ったわだかまりは霧の国が併合されたあと、あまり互いによい結果をもたらすことはないだろうからね」


 わだかまりが残る。確かに玄の言う通りなのかもしれない。でも、自分たちのわだかまりはどうなるのだろうか。


 自分たちの国、霧の国がなくなってしまったというわだかまり。

これは自分も含めて、霧の国の民たちにとってしてみれば、霧のように晴れることはないのではないだろうか。


「華仙、そんな顔をする必要はないよ。国がなくなったのは残念だけれども、よい面もあるんだよ」


 よい面。

 華仙は玄の言葉を心の中で繰り返した。


「陽の国の文化は霧の国よりも遥かに進んでいる。この併合で新しい知識や技術が霧の国にもたらされることになる。その知識や技術を使えば、畑の収穫量が増えるかもしれない。今まで治らなかった病も治癒するかもしれない。他にも恩恵を受けることがたくさん出てくると思うんだ」


「そうね。玄が言うように悪いことばかりではないかもしれない。でも、こうして霧の国とは違う遠くの場所で、私たちは誰のためかも分からないままで戦わなければならない。死ななくてはいけないのかもしれないのよ」


 華仙は黒色の瞳を真っ直ぐ玄に向けた。その視線には迷いがない。どこまでも真っ直ぐなものだった。

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