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霧深き国の姫  作者: yaasan


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偉くなれ

「併合した国々の心配も必要だが、俺たちはそれを率いて(うみ)の国と戦う必要がある。集めた国々の兵や君主に大きな被害を出してみろ。それこそ、その地域の住民に俺たちは五十年、百年と恨まれることになる」


「だからこそ、ここで併合した国々の兵を集めるのは、おかしいのではないかと」


 またその話を持ち出しやがったと夏徳(かとく)は思い、渋い顔をする。


「それは五十年、百年後の話だ。その頃には(よう)の国などは残っていないかもしれん。国としては五十年先の話よりも、今のことを考えるのが正解だ。だから現時点で、叛乱の芽を摘むのが先だと考えることは間違っていない」


「それはそうかもしれませんが……」


 丁統(ちょうとう)はなおも食い下がろうとする。


「ほら、いい加減にしろ。このような話は、お前がもっと偉くなってから考えればいいことだ。今のお前は海の国と戦って、その被害を少なくすることだろう」


 その言葉に丁統は人が悪そうな微笑みを浮かべた。


「そこは心配していませんよ。我々には希代の軍師様がおりますゆえ」


「あ、人に押しつけやがったな。そう簡単な話ではないぞ。東方軍と共同で戦うのだ。こちらの全てが、俺の思い通りに動いてくれるわけではない。それに何よりも、海の国の兵は強い」


「勝つ必要などはないのですよ。我々西方軍の被害と、併合した国々から動員した兵たちの被害が少なくなればよいのです」


 その言葉に冗談かと思い、改めて丁統の顔を見た夏徳だった。だが丁統は思いの他、真剣な顔をしている。


 冗談ではないということか。

 夏徳は心の中で呟いた。


「丁統、お前は偉くなりたいのだろう?」


「そう正面から言われてしまうと、逆に言いづらいですね。でも、そうですね。偉くなって私の思いを遂げてみたいですかね」


 お前の思いは何だと、夏徳は問わなかった。ただ、代わりに大きな溜息を吐き出した。


「ならば、発言には気をつけろ。奔放な発言ならば、俺がお前に代わっていくらでもしてやる」


 夏徳の言い方が面白かったのか、丁統は破顔した。まるで子供のような笑顔だなと、それを見て夏徳は思う。


「失礼しました。まさか、夏徳様から言動で注意を受けるとは。でも、ありがとうございます」


 丁統が素直に頭を下げる。


「礼を言われることではない。この先、どうせ偉そうに命令されるのであれば、少しでもまともな奴がいいというだけのことだ。だから、お前は偉くなれ。くだらない言動など、偉くなるその日まで飲み込んでいろ」


「はっ、ご忠告、肝に銘じます」


「はん、別に忠告じゃねえよ」


 夏徳はそう言って、あらぬ方を見るのだった。





 一千の兵とともに、華仙(かせん)たちはかつての(きり)の国を後にした。その中にはそれを率いる君主であった(げん)はもちろんのこと、父親の威侯(いこう)や武芸の師でもある威侯の腹心、黄帯(こうたい)の姿もそこにある。


 誰ひとりとして欠けることなく、またここに戻ってきたい。そう強く願う華仙だったが、それが容易に叶うことではないことも分かっていた。


 かつての霧の国の民たちは華仙や玄、威侯たちに縋りつくようにして、夫を頼みます、息子を頼みますと出立前に訴えた。

 

 そう嘆願する母親の横で事情が分からず泣き出す子供もいた。子供にしてみれば、細かい話は分からなくとも、父親が連れて行かれて二度と会えなくなるかもしれないということを直感的に理解しているのかもしれなかった。


 そのような姿を見る度に華仙の胸は押しつぶされそうになった。きっと玄の顔は泣き出しそうに歪んでいるのだろう。そう思うと、華仙は玄の顔をまともに見ることもできなかった。


 元君主である玄だけは乗馬を許されて、華仙たちは徒歩で大陸東部の海の国を目指した。行く先々でそれまでに(よう)の国が併合した国々の君主と兵が合流してきた。


 そして出立して三か月後、靴の踵も擦り減って海の国が見え始めた頃、軍勢は陽の国の兵八千を中心として総勢二万にまで膨れ上がっていた。

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