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霧深き国の姫  作者: yaasan


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42/66

正論

 やれやれだな。

 芝生の上で寝転がっていた夏徳(かとく)は心の中で呟いた。朝の早い時間帯には、先が見えないほどまでに濃かった霧も今は晴れていて、夏徳の視界には澄んだ空が広がっている。これがほぼ毎日続くのだ。不思議な地域だと改めて夏徳は思う。


 ただ残念なことに、夏徳の心はこの空のようには晴れていかないようだった。


 自分たち西方軍が苦戦を強いられている東方軍に回されるのは、仕方がないとことだと思う。そもそも西方軍などは、西方にあった諸国と戦いらしい戦いをすることなく、ここまでやってきた。


 そういう意味では(よう)の国にある四つの軍、東方軍、西方軍、南東軍、南西軍の中で兵が一番精強なのは、現在のところ呂桜(りょおう)が率いている西方軍であると言ってよかった。その西方軍が後詰めとして、苦戦続きである東方軍の下へ派遣されるのは理に適っている。


 (うみ)の国。

 東方の大国だった。国は海に面しており、兵が精強なことで知られている。文化においても陽の国と遜色ないほどに進んでいるはずだった。


 夏徳自身も東方軍にいた頃、海の国と何度となく戦った経験があった。兵も確かに強兵との印象だったが、何よりも兵法に関して自分たち陽の国よりも優れているという印象が強かった。


 いずれにしても陽の国よりも海の国の方が兵は強い。それが夏徳の率直な感想だった。その海の国を相手にして、併合して間もない地域の将兵を率いて対峙しなければならないのだ。気が重くなるのも無理はなかった。


「夏徳様、ここにいたのですか?」


 気づけば副官の丁統(ちょうとう)が、仰向けに寝転がる夏徳の顔を上から覗き込んでいた。


 どうせ覗き込まれるのならば美女がいいのだが。

 そんなことを思いながら夏徳は上半身を起こした。丁統は言われてもいないのに、そんな夏徳の横に遠慮なく腰を下ろす。


「夏徳様、併合した国々から兵を集める目的は何なのでしょうか。単に兵が足りないからということではないように思われますが……」


 何なのでしょうって、お前は答えを知っているはずだ。

 夏徳はそう思い、横に座る丁統に灰色に見える薄い黒色の瞳を向けた。


 丁統はそれに臆することなく夏徳の視線を受け止めている。


「併合した国々の力を弱めるのが目的だろうな。兵がいなければ叛乱も起きやしない。ついでに、反乱の旗印となり得る元君主が戦死でもすれば、さらに万々歳といったところだな」


「陽の国は、もっと敗者に寛大だと私は思っていました」


 丁統は眉間に皺を寄せている。この若者にしては珍しい顔つきだと夏徳は思う。


「理想だけでは国の運営ができぬのさ。現に南東では併合した国々の叛乱が頻発しつつあるようだ。陽の国としても、そうそう寛大にはなれないのだろうよ。尻に火がつきつつあるって奴だ。もっとも南東の動きは、海の国を相手に陽の国が苦戦していることが大きいのだが……」


「それはそうなのかもしれませんが、あからさまなのですよ。これでは併合した国々の民たちから、信用など得られるはずがないのでは?」


 丁統の言葉は間違ってはいないと夏徳も思う。だが残念なことに、正論が世の中で常に正しいわけではない。


「若いな、丁統。どこまでも真っ直ぐだ。どこぞの姫様みたいな言葉だぞ」


 揶揄するような夏徳の言葉に、丁統は不快な思いを隠そうとはしなかった。


「夏徳様は不必要に民たちが苦しんでもよいと言うのですか?」


「丁統、それぐらいにしておけ。国の批判は俺の専売だ。お前の役目じゃない」


 夏徳の言葉に丁統は口をつぐむ。


「お前の言は正しい。だが、国の運営は正しいことだけで行われない。それが分からないお前ではないだろう。今のお前は理屈では分かっているが、感情がそれを許していないだけだ」


「そうかもしれませんが……」


 言い当てられたといったところなのか。それでも丁統は未だに不満を隠そうとはしなかった。


丁統は陽の国で有力者に連なる家の出身だと聞いている。だが、その立場に驕ることなく、己よりも立場が下の者に寄り添うことができる。これは稀有な能力だと夏徳は日頃から感じていた。


 考え方はまだまだ若いが、いい男なのだと単純に夏徳は思う。陽の国の中では珍しい部類に入る男だといってよかった。

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