叛乱の芽
「一千の兵ともなりますと、さすがに私の一存では返答しかねます。玄様や我が父、威侯にも相談せねばならないかと」
華仙の返答に対して呂桜が少しだけ眉間に皺を寄せる。
「華仙殿、これはお願いではないのだ。命令だ」
呂桜が冷たく言い放った。その取りつく島もないような呂桜の物言いに、華仙の背中に冷たいものが走った。
「しかしながら、呂桜将軍、一千名ともなりますと、霧の国の規模では働き手が根こそぎ……」
「華仙殿、霧の国はもうないのだぞ。言葉には気をつけた方がよい。呂桜将軍が言われたように、これは命令だ。陽の国の民としては受け入れる他にないし、受け入れるべきことだ」
反論の余地はなかった。被せるような夏徳の言葉に、華仙は少しの屈辱感とともに黙り込む他にない。
「分かりました。呂桜将軍の仰せのように……」
華仙はそう言って頭を垂れたのだった。
「一千とは思い切ったことを言ってくるものだね」
その日の夕刻、寝台の上で華仙の報告を受けた玄は淡々と言う。寝室には華仙だけだはなく、威侯の姿もある。玄は続けて威侯に向かって口を開いた。
「威侯はどう考える?」
「単純に兵を欲しているということもあるのでしょう。ですが、我々の力を削ぐ目的があるのでしょうな」
威侯の言葉に玄は頷いた。
「そうかもしれないね。兵がいなければ叛乱などは起こせないのだからね。どちらが主かは分からないけれど」
「叛乱なんて無用な心配ではないでしょうか。霧の国は負けたばかりなのですよ」
華仙の反論に玄は珍しく難しそうな顔をした。
「確かに負けたばかりだけど、僕たちは多くの兵を失ったわけではないからね。数年先のことを考えて、叛乱するかもしれないその力を予め削いでおきたいのだろうね」
「大きな国なのに、小さな国を相手にして随分と慎重なのですね」
華仙は皮肉混じりに言う。華仙としては負け惜しみのようなことを言う他になかった。
「大きな国だからこそ、その基盤をしっかりとさせたいのだろうね。叛乱の芽となりそうなものは、摘んでおくつもりなのかもしれないね」
玄のこの言葉に続けて威侯が口を開いた。
「そうかもしれませぬな。それに君主自らが率いてというところが、嫌らしい」
「どういうことでしょうか、父上?」
華仙が疑問の声を上げる。
「君主が戦に行って、ついでに死んでくれれば好都合ということだ。滅びた国の君主などは叛乱の旗印になるだけで、陽の国にとっては邪魔な存在でしかない」
死んでくれれば。
その言葉に華仙の表情が固まる。身の安全は約束してくれるのではなかったのか。
「華仙、そのような顔をするな。何も陽の国が、玄様を積極的に殺そうとしているわけではない」
「ですが、父上、それではあまりに酷いのではないでしょうか」
華仙の両頬が膨らみ始める。
「華仙、多分それが国の考え方というものだよ。そういった考えをするからこそ、きっと陽の国は大きくなれたのだろうね」
玄に言われて華仙は黙り込んだ。理屈としては合っているのかもしれなかったが、玄の死を望んでいると言われれば、華仙としては納得できるものではない。
「それに玄様は、ここの所、体調だって優れないのですよ。それなのに無理を押して戦場に立てというのですか」
「まあ、そうだね。でも、それは仕方がないかな。それに僕の体よりも、民たちのことが心配だ。これで働き手を失ってしまう家族も多いはずだよね」
玄は自身のことに関しては、まるで興味がないように言う。
「そうですな。ですが、陽の国もそのあたりのことは考えているはずです。兵を出させて民たちからの反感をかうような真似はしないでしょう。例えば、ある程度の租税を免除するといったような措置を取ってくるのでは」
「うん、そうだね。それであればいいのだけれども……」
玄は威侯の言葉に考え込む素振りを見せた。そんな玄の顔を暫く見つめて、華仙は父親の威侯に無言で黒色の瞳を向けた。娘からのそのような視線を受けて威侯が口を開いた。
「霧の国は敗れたのだ。今さらその事実は覆せぬ。ならば、陽の国の民となった以上は仕方ないと捉える他にない。我々は率いる民を戦で極力、傷つけないようにする。それを第一に考えるしかなかろう」
反論したいこと、言いたいことは華仙の中にいくらでもあった。だが、言ったところで仕方がないことも華仙に分かっていた。
胸の内で渦巻くそれらの言葉を辛うじて飲み込みながら、威侯の言葉に華仙は頷いたのだった。




