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霧深き国の姫  作者: yaasan


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変わらない日常

 (きり)の国が占拠されてから、既に三か月が過ぎようとしていた。

 国が滅びてなくなるということは、これほどに呆気ないものなのか。


 それが華仙(かせん)の正直な感想だった。国が滅ぶという言葉だけを考えれば、それは大層なことであるように思える。だが、実際は国がなくなっても、そこにいた民たちの生活は何も変わらない。民たちはそれ以前と同じように霧が晴れてから畑を耕し、狩りをする。


 民にとっては、それまでと何ら変わらない日常がそこにあるだけだった。


 変わらない日常。

 そういった意味で言えば、占拠した側である(よう)の国の存在も大きかったのかもしれない。略奪などの非道な行為は一切なくて状況だけをみると、霧の国がなくなったとは思えないほどに安寧な日々が続いていた。


「国がなくなるって、別に大したことではないのね」


 熱が高くはないものの、寝台に伏している(げん)を前にして華仙は呟くように言う。このことに関して言えば、華仙はどこか拍子抜けしたような気分でもあった。


「そうだね。僕たち一部の特権的な者を除けば、民たちには国があろうがなくなろうが、日々の生活にはあまり関係がないのかもしれないね。それに、これは陽の国に因るところが大きいのだろうね。陽の国は国を滅ぼす遣り方をよく知っている」


「どういうこと?」


「ここで陽の国が滅ぼした国に対して無慈悲なことをすれば、その国の民と決定的な因縁が残ってしまう。いずれはその因縁を旗印にして、争いが起きるかもしれない。陽の国は今のうちからその可能性を極力、失くそうとしているのだろうね」


 因縁を失くす。それはそれでよい考えなのだろうと華仙も思う。だけれども自分たちにとって、大切な国が滅ぼされてしまったという事実に違いはない。ならば、国が滅ぼされてしまったという因縁はどうなるのだろうか。


「でも、私たちの国がなくなってしまったことには違いないわよね」


「そうだね。でも、それだけはどうしようもない。陽の国は僕たちに従属を望んだのではなくて、併合することを望んだのだから。国がなくなってしまったことに対する反感。それに紐づく因縁だけは仕方がない。だからこそ、陽の国はそれ以外の反感は極力なくそうとしているのだろうね」


 そんなものなのかと華仙は思いつつも、未だに解決されていないことが気になる。それまでの君主であった玄の処遇だ。


「国はなくなった。では君主は、玄はどうなるのかな?」


「そんなに怖い顔をする必要はないよ、華仙。大丈夫だよ。殺されるならば、もうすでに僕は殺されているはずだからね」


 殺される。その言葉に華仙の表情が固まる。あまり考えないようにしていたものの、可能性としては十分にあり得る話だった。国が滅んでしまった以上、それまでの君主などは陽の国にとって邪魔な存在でしかないのだ。


 霧の国の王族というべき存在は玄しかいない。以前は他にも君主に連なる家があったのだが、全てが途絶えてしまっていた。


 辛うじて華仙の将軍家が遥か昔に君主家との血縁関係がある。なので唯一、君主家に連なる血筋といえるのかもしれなかった。


「玄、そんなことを簡単に言うのは止めて。私がそんなことはさせやしないんだから」


「そうだったね。ごめん。謝るよ」


 玄が素直に謝辞を述べた時だった。寝室の扉が叩かれて、玄の乳母であった梅果(ばいか)が姿をみせた。


「玄様、呂桜(りょおう)将軍がお呼びとのことでございます」


「将軍が?」


 心当たりがないようで、玄は軽く眉間に皺を寄せている。


「大丈夫よ、玄。玄は体調がよくないのだから、代わりに私が行くわ。私で答えられないことであれば、持ち帰ってくるから玄は寝ていなさい」


「姫様、玄様のご加減はよろしくないので?」


 華仙の言葉に梅果が少し不安そうな顔をする。そんな梅果を見て玄は苦笑を浮かべた。


「大丈夫だよ、梅果。相変わらず華仙が心配性で大げさなだけだからね」


 玄の言葉に梅果は少しだけ安堵の表情を浮かべたようだった。

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