制圧
霧の国の制圧は順当に進んだ。散発的な抵抗はあったものの、城門内に雪崩れ込み数で圧倒する陽の国の兵に、霧の国の兵たちが抗う術はなかった。
五十人斬り、百人斬りと噂される猛将威侯も、早々に抵抗の意志を見せることなく捕らえられていた。己ひとりが抗ったところで最早、大勢を覆せないと判断したのだろう。
このことだけを見ても威候が将として非凡ではないことを示しているのだと夏徳は思っていた。
巨大な体躯と鬼瓦のような顔を見る限りでは、猪突猛進の猛将にみえるのだが。
そんな皮肉めいた感想も夏徳は忘れなかった。
今、夏徳の目前には霧の国の君主、玄が跪いていた。夏徳の横には玉座と呼ぶには粗末な椅子があって、そこには呂桜が座っている。
玄の横では黒い髪の女性も跪いていた。女性と言っても、まだ少女といってよいような年齢のようだ。
君主の身の回りを世話する者なのだろうか。いずれにしても彼女は自分もこの場に同席すると譲らなかったとの報告を夏徳は受けていた。
少女一人がいたところで何ができるはずもない。
夏徳はそう思い、彼女の同席を許したのだった。
「霧の国の君主、そして横の女、面を上げよ」
玉座に座る呂桜が口を開いた。その言葉に玄と隣の少女が顔を上げる。
随分と若い君主だなと夏徳は単純に思う。もしかすると二十歳にも満たないのではないだろうか。
となると、霧の国の実権を握っていたのは、噂の猛将である威侯だったりするなだろうか。それとも、他にいるのか。そんな考えを夏徳は頭の隅で泳がせていた。
「今より霧の国は、陽の国となる。今後、霧の国の名を騙ることは許されぬ。理解できるか?」
「はい。呂桜将軍」
霧の国の王である玄の声は大きくも小さくもなかった。
「うむ。お主の処遇や、主だった者たちの処遇も追って沙汰を出す。それまでは謹慎しておけ。何、不穏な動きを見せなければ、命を奪うようなことはせぬ。それはこの呂桜が約束しよう」
呂桜の言葉に玄の横にいた少女の表情が少しだけ和らいだ気がした。夏徳は興味深そうにその少女の顔を見ながら口を開いた。
「女、名は何という」
「華仙と申します」
華仙と名乗った少女は意志の強そうな黒色の瞳を夏徳に向けた。
どこかで見たことがあるような顔だな。
夏徳はそう思い記憶を探ったが、答えは出てこなかった。
「そう敵意丸出しの怖い顔をするな。お前にも、お前の君主にも危害を加えることはないと、呂桜将軍が言ったはず」
夏徳がそう言ったものの、少女は頷きもせずに夏徳に黒色の瞳を向け続けていた。
隣の君主に何かあれば、貴様の喉笛を噛み切ってやる。
少女の瞳は間違いなくそう語っていた。どうもその雰囲気から、単に君主の身の回りを世話する者ということでもなさそうだった。
夏徳は内心で溜息を吐いていた。どうして自分の周囲は、こうも気の強い女性が現れるのだろうかと。
呂桜もそうだし、この少女も然りだ。おまけに二人とも整った顔をしているから、怒りを発露したりすると妙な迫力が出るのだ。
「華仙とやら、その辺にしておいてくれ」
呂桜が口を開いた。その顔には少しだけ微笑が浮かんでいるようだった。
「そこの男は夏徳と言って、我が軍の軍師殿だ。軍師ゆえ荒事には慣れていない。お主にそのような顔をされると、臆して口が回らなくなるというものだ。先も言ったが、民たちも含めてお主たちに危害を加えるつもりはない。何か不都合があれば、遠慮なく言ってくれ。対処できることであれば対処することを私の名で約束しよう」
「呂桜将軍の有難き寛大なお言葉。ありがとうございます。肝に銘じておきます」
玄がそう言って頭を下げると、横の華仙も続いて頭を下げた。
やれやれ、これで取り敢えずはひと段落なのかねえ。
夏徳の内心での呟きとともに、陽の国の東方部平定は終わりを告げた。
そして同時にこの日、霧の国の名は大陸上から消滅したのだった。




