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霧深き国の姫  作者: yaasan


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開かれる城門

 城門に取りつき閂を持ち上げようとしている男たちを取り囲むようにして、気がつけば三名の男たちが立っていた。その誰もが緊張からか顔を強張らせながら、腰にある短剣の柄を握っている。


「どきなさい!」


 華仙(かせん)は自分と城門までの間にいる(きり)の国の民たちに向けて、走りながら鋭い声を発した。だが、状況が理解できないのか、誰もが走ってくる華仙を何事かと唖然とした顔で見ている。


 華仙は懐にある短剣を握った。


「どいて!」


 再び警告を発するとその言葉に驚いたのか、必死の形相に驚いたのか、華仙の前方を塞ぐ格好になっていた民の一人が尻もちをつく。


 それによって華仙の前方から障害物がなくなった。華仙は懐にあった右手を抜き出して宙で一閃させる。


 華仙が投げた短刀を喉元に受けた男が倒れるのと、巨大な閂が外されたのは同時だった。


「捕らえて! そいつらは(よう)の国の者よ!」


 華仙のそんな叫び声に構うことなく、残った男たちが一斉に城門を押し始める。


「駄目! 門が開く!」


 華仙の叫び声と同時に門が大きく開かれた。門を押していた男たちは、開いた門から次々に外へ逃げ出していく。


 一瞬にして華仙の顔から血の気が下がる。


 どうすればいいのか? 

 華仙は足を止めて声を張り上げた。


「敵兵がくる! 備えよ! 陽の国が攻め寄せてくるぞ!」


 そう注意を喚起する華仙の言葉だったが、周囲の誰もが固まったように動けなくなっていた。自分たちの視界にある開かれた城門。そして、華仙が叫ぶ敵兵がくるという言葉。


 華仙が言っていることを理解はできているが、その結果、どのようなことになってしまうのか。その結論を急には導けないままの様子で皆が唖然とし、開かれる筈のない城門を見ているのだった。





 (きり)の国特有の霧が晴れて少し経った頃、城門に動きがあった。

 

 開いたか。 

 中央後方で呂桜(りょおう)の横に立って最前線を睨むようにしていた夏徳(かとく)は、その状況を見て少しだけ安堵の溜息を吐いた。


「見事だ、夏徳。激戦が続く東方で、異才を発揮したという話に偽りはなかったようだな」


 呂桜の賞賛する言葉に夏徳は明るい茶色の髪を左右に振った。


「奇策の類いですよ。崖を登り城門を開いた兵たちを賞賛してあげて下さい。褒美の方もお願いします。彼らがいなければ、策自体が成立しなかったのですから」


 夏徳の言葉に呂桜は少しだけ意外そうな顔をみせた。


「分かった。覚えておくとしよう」


「呂桜将軍、私は前線にいる丁統のところに行ってきます。興奮した兵たちが、略奪などを行うと後々面倒ですので」


 呂桜は顔を顰めた。


「我が軍にそのような輩はいないぞ」


「万が一のためです。霧の国を併合するのです。後に残るような禍根は少ない方がいいでしょうから」


「存外に心配性だな。まあ、いい。好きにしろ」


 呂桜が苦笑を浮かべる。


「制圧が終わりましたら、お知らせ致します。それまで将軍はここを動きませぬよう」


 夏徳の言葉に呂桜は再び顔を顰めた。


「分かっている。何度も言うな、夏徳。私とて死にたいわけではないのだからな。だが、常に安全な場所にいるというのは、私の矜持に反するのだ」


 矜持。

 便利な言葉だと夏徳は思う。だが他人の理屈で周囲が、ましてや自分が迷惑をこうむるのは御免だというのが夏徳の本音だった。


「将軍がご活躍する場はここではございません。大丈夫です。焦らなくとも、いずれその時がくるかと」


「ふん、預言者めいているぞ。知っているか、夏徳。先が見えすぎるのも、その命を早めることになるのだぞ」


 予想外の言葉を受けて夏徳は思わず苦笑した。


 夏徳の中で、かつて師に言われた言葉が蘇ってくる。まさかこのような場所で、それも呂桜から同じ言葉を聞くとは思ってもいなかった。


「我が師によく言われた言葉です。肝に銘じておきます」


 夏徳は苦笑を浮かべながらそう言い残して、その場を後にしたのだった。

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