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霧深き国の姫  作者: yaasan


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違和感

「崖を登るとは、突飛なことを考えたものですね」


 夏徳(かとく)の横で副官の丁統(ちょうとう)がそんな感想を口にした。


「崖に巣を作る鳥。南部地方で、その卵を獲ることを生業にしている者の話を聞いたことがあってな」


「命知らずということですね」


 丁統が感心したように頷いている。


「そうでもないぞ。彼らに言わせれば、要領があるらしい。恐怖心さえどうにかできれば、何てことはないらしいぞ。ま、俺には無理だがな」


 丁統が夏徳の物言いに苦笑を浮かべた。夏徳はさらに言葉を続ける。


「崖を登るよりも、霧の国内部に潜入した後の方が命懸けだろうな。敵と知られたならば命がない」


 その言葉に丁統は顔を引き締めたようだった。


「予定通りに進んでいれば、そろそろ城門に動きがあるはずだ。丁統、突入の機を違えるなよ」


 丁統は頷く。夏徳はさらに言葉を続けた。


「忘れるなよ。決死の覚悟で侵入した兵たちの確保が最優先だ。(きり)の国の占拠など、後回しでいい。俺は姫様の傍にいる。最前線での指揮はお前に任せるぞ」


 いつになく厳しい表情で夏徳は言うのだった。





 あの男は……。


 視界の中には三十歳ぐらいに見える男の姿があった。特に華仙(かせん)の注意を引いたわけではない。だが、先程から華仙の中で妙な違和感があった。


 男の顔に見覚えはなかった。当然、華仙も霧の国の民、その全ての顔や名前を知っているわけではない。


 だが、華仙が知らないというのは、それはそれで珍しい。先程から自分が抱えている違和感はそのためなのだろうか。


 霧の国の中に(よう)の国の者を送り込む。

 以前に(げん)が言っていたことを華仙は思い出していた。


 まさかと思う。そのようなことが可能なのだろうか。だが、男は先程から一人、城門の近くから動こうとしない。その間も男に話しかける者はいなかったようだった。


 男は皮で作られた簡易な鎧を上半身につけていて、腰には短剣らしき物をぶら下げている。格好を見る限りでは霧の国の住民たちと大きく変わるところはないし、これといって違和感もない。


 だが随分と長い間、城門の傍から離れようとせず、誰とも会話を交わしていない。そして、見覚えがある顔でもない。違和感があるとすれば、それらだけなのかもしれなかった。


 華仙は隣に立つ玄に黒色の瞳を向けた。


「玄、少し気になることがあるから、行ってくるわね」


「何かあったのかい、華仙?」


 急な華仙の言葉に玄は不思議そうな顔をした。


「単なる思い過ごしだと思うわ。だから、玄が気にする必要はないわよ」


 華仙の言葉に玄は意味が分からないといったような不明瞭な顔をしたものの、黙って頷いた。


 華仙が歩みを進めた時だった。城門近くの男に一人の男が近づいた。歳は城門近くの男と同年代ぐらいであろうか。近づいてきた男にも見覚えはなかった。


 男たちが二言、三言と言葉を交わす。見覚えがないということ以外に、不自然なところはなかった。


 いや、と華仙は思った。二人とも、妙に緊張した顔をしている。殺気立っていると言った方が適切かもしれなかった。


 戦の最中だからだろうか。だが今日に限って言えば、連日のように続いていた陽の国からの攻撃はなかった。


 霧の国の民たちは、どちらかといえば緊張から解き放たれたような顔を誰もがしていた。

 やはり妙な胸騒ぎがする。華仙がそう思って足を速めようとした時だった。


 急にその男二人が城門に駆け寄った。次いで彼らと同じように、数名の者たちが四方から城門へと駆け寄る。


 一体、何を?

 何が起こっているのか分からないまま、華仙は不穏な物を感じて城門に駆け寄ろうと走り出した。


 駆け寄る華仙の視界で、城門に取りついた彼らは城門にある巨大な閂を持ち上げようと試み始めた。周りの霧の国の民たちも呆気にとられて、城門に取りついた男たちを何ごとかと凝視している。


 彼らが何をしようといているのか。

 周りにいる霧の国の民たちは咄嗟に理解できていないようだった。


 駆け寄る華仙自身にしても、彼らが閂を持ち上げようとしている。その事実以外は理解できていない。

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