諸国連合
山間にある霧の国のような小さな貧しい国が、脅威を感じる類の話ではないはずだった。自分の国を卑下するつもりはない。ただ陽の国の如く大きな国が、田舎の山間にある貧しい国をわざわざ滅ぼして、併合する理由はないように思えた。
そんな疑問が自分の顔に出てしまっていたのだろう。威候は華仙の顔を見ると、厳しい顔つきのままで口を開いた。
「陽の国のこの動きは、単に自国の領土を拡大したいためではないようにも思えるのだ」
華仙はこの言葉に首を傾げてみせた。国が他国と次々と争う理由が領土拡大といった野心以外に、一体何があると言うのだろうか。
「領土拡大の野心があることは否定できない。だが、それ以上に自らの国が持つ文化、宗教を広め定着させることが、自分たちの命題だと思っている節が見られるのだ」
文化、宗教を広める。いま一つ華仙には納得できない話だった。
そもそも、そんなことに何の意味があるのか。国ごとに文化も宗教も違うなんて当たり前ではないだろうか。
そう考えていた華仙に対して威侯が再び口を開いた。
「我々では、そのような陽の国の考えなど理解できぬ。土台にある考え方が互いに違うのでな。それが文化というものなのだろう」
理解できぬと言われてしまえば、華仙にも分かるはずがなくて、華仙は何となくといった感じで頷いた。
「ですが父上、陽の国と我々霧の国との間には、幾つもの小さな国々があります。それら全てを征服して、陽の国が霧の国まで侵攻してくるということでしょうか?」
陽の国と霧の国の間にある様々な国々。
大国である陽の国にとってみれば、そのどれもが小さな国でしかない。だが、いくら小さな国といっても、それら全てを征しながら霧の国までやってくることなど可能なのだろうか。
「何も武力だけで征服していく必要はないだろう。陽の国の強大さを見て、自ら降ろうとする国もあるはず」
「戦わずにですか?」
華仙が疑問の声を上げる。
「戦ったところで、陽の国に勝てるはずもない。ならば、犠牲を出す前にと考える国があっても不思議ではない。いや、逆にそう考える国々の方が、遥かに多いかもしれぬ」
それはそうかもしれないけれどもと思いながら、華仙は納得できずに口を開いた。
「ならば、かつてのように我々も諸国連合を作って、対抗するのはどうでしょうか?」
諸国連合。
華仙がまだ生まれる前の話だが、霧の国も含めて、周辺の小国が集まり連合を形成したことがあった。
今でこそ分裂を繰り返して小さな小国となってしまったが、当時は東の大国として知られていた蘇の国に、その連合をもって果敢に立ち向かったのだった。
その時に比類なき武人として周辺諸国に名を知らしめたのが、華仙の父親である威侯だった。
「諸国連合か」
威侯が懐かしそうに目を細めた。
「残念だが、今は諸国連合に賛同する国は多くないであろうな。そして、数国程度の連合では、今の陽の国に立ち向かうことは無理であろう。それこそ木っ端微塵に粉砕されるのが目に見えている」
ならばどうするのだと華仙は思う。
戦わずして陽の国に降るのか。それとも文字通り戦って、木っ端微塵となるのか。
そんな華仙の思いが通じたのか、威侯は苦笑を浮かべた。
「そのような顔をするな。陽の国が侵攻してくると決まったわけではない。そのような可能性もあるということを伝えたかったのだ。侵攻があるかもしれない。そう考え予め手立てを考えておく。考えておくのと、そうでないのとでは大きく結果が違ってくるものだからな」
かつて玄が自分に言ったことと同じようなことを威候が口にする。
確かにそうかもしれない。だけれども内容が内容であるため、悪戯に不安を煽るだけのような気もする。
それに手立てといっても、どうすればよいのか皆目見当がつかない。
「だから、深刻そうな顔をするなと言っている。そのようなことでは、杞憂に終わるものも終わらなくなってくるぞ」
父親の威侯が苦笑めいたものを浮かべている。
熊の国に勝利した時に感じた得体の知れない不安。
それと同じ類いの不安に今、自分が包まれつつあることを華仙は感じるのだった。




