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霧深き国の姫  作者: yaasan


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12/66

前口上

 そんな華仙(かせん)の思いを感じ取ったのかのように(げん)が口を開いた。


「こうなることを可能性の一つとして予想していたのと、予想していなかったのでは大きく違うんだ。現に威候(いこう)は可能性の一つとして予想していた。だから、二百の兵をすぐに揃えることができたのだからね」


 まあ、それはそうなのだけれどもと華仙は思う。華仙は我が父親ながら、鬼瓦のような顔をしている威侯の顔を思い浮かべてみる。


 父親が用意周到だったことは認める。でも、まだ十九歳でしかない玄と、経験豊かな威侯を比べても仕方ないのではないだろうか。


「それよりも、上手くいくのかな?」


 華仙はそう言って、出立前に玄が言った策を口にした。


「心配はいらないよ。威侯も承認してくれたのだからね」


 玄は飄々とした感じで答える。承認したと玄は表現しているが、あれは言い出したら聞かない玄が、威候を押し切ったというのが率直な華仙の感想だった。


「それに、何かあれば華仙が守ってくれる。そうだろう?」


 玄はそう続けて顔に微笑を浮かべた。


 それはそうなのだけれども。

 でも、そうあからさまに言われてしまうと、最後は人任せですかと言いたくもなってくる。


 加えて華仙には緊張もあった。華仙にとってこの戦いが初めての実戦というわけではない。今までも熊の国との小競り合いは幾度もあった。十五歳の時から父親の威侯に付き従っている華仙は、これまでに人を傷つけたことも殺めたこともある。


 ただ、あくまでもそれは遭遇戦に近いような小競り合いでしかなかった。このように数百人同士が対峙するような本格的な戦いは、華仙も初めてだった。そのためか、先刻から妙な緊張に襲われている自分を華仙は自覚していた。


 緊張は判断と動きを鈍らせる。戦いの場では自然体で。

 それが父親の威侯から常に言われてきた言葉だった。華仙は大きく息を吸い込んで、またそれを吐き出した。


そして、意志の強そうな黒色の瞳を玄に向ける。それを見て玄がゆっくりと口を開いた。


「よし。では始めようか」


 いつものように飄々と言う玄に華仙は小さく頷いたのだった。





 玄に付き従うのは、華仙を含めて十人足らずの兵士だけだった。華仙たちは玄を中心として、(くま)の国が設置した柵の前に進み出た。


 近づく華仙たちに気がついて、熊の国の兵士たちが武器を手に柵の内側に集まってくる。


 すでに弓矢が届く距離だった。敵兵が浮かべている表情も認識できる。


 華仙は玄の傍で身構えていた。何かあれは身を挺してでも玄を守らなければならない。もう今は、熊に襲われた時のように無力な子供ではないのだ。玄は必ず自分が守るのだ。


「熊の国の者たちとお見受けする。聞け!」


 玄が華仙の横でよく通る声を張り上げた。


「ここは我ら(きり)の国が保有する東の狩場。熊の国がそれを占拠するとはどういった了見だ!」


 どういった了見も何も、熊の国が東の狩場を奪いに来ただけなのではと華仙は思わないでもない。国と国との戦いだから、ある程度の前口上が必要なのは分かるのだが。


 我らの間違いでしたと熊の国が言ってくるはずもなく、柵の内側から玄と同様に大きな声で返答がある。


「これはこれは霧の国の君主、玄様と見受けられる。そのような少人数で何用ですかな。この狩場は、そもそもは熊の国のもの。よって先日より、この狩場は熊の国が貰い受けることとしたのだ」


 無茶苦茶な理屈だった。いや、理屈にもなっていない。盗人猛々しいとは、きっとこういうことを言うのだろう。


 確かに霧の国のものとなる前、東の狩場は熊の国のものだった。だがさらにその前は霧の国のもので、さらにその前は……。


 要は昔を辿っていけば、どちらのものでもあったとも言えるのだ。もっとも、そんな理屈は後づけでしかなくて、狩場を占拠しているぐらいなのだから熊の国としては喧嘩をする気は明白なのだ。

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