第7話 プロポーズ
ブクマ8件、ありがとうございます!
イオスの執務室を出ると、そこには見知った顔が二人もいた。
思わず『げっ』と漏れそうになる言葉を飲み込む。
「ああ、ケイティ、来てたのか」
「お久しぶりです、先生」
騎士隊長のアクセル、そしてその友人カミル・キンダークその人だった。
「ええっと、その……久しぶりね! カミル!」
ちょっと……いや、すごく動揺しているのが自分でもわかる。久しぶりに会うカミルは、学生の時のような子どもっぽさは抜け、大人の男になっていた。
彼が卒業してからも何度か街で会ったことはあるが、こんなに男らしくなかったように思う。縁談話が持ち上がって意識しているせいなのだろうか。
青みがかった黒髪、細身の体躯、柔和な笑顔。身長はアクセルと同じくらいで、男性の平均身長と言っていいだろう。
「あ、髪のせいか……」
思わずポソリと言葉が漏れた。
「え?」
「いえ、昔は髪を結わえられるくらい長かったじゃない? 短くなったせいか、男らしくなったように感じて……」
「そうですか? 先生にそう言って頂けて光栄です」
ニコリと可愛く微笑まれ、ケイティもまたつられて微笑む。
「じゃあ俺は職務があるから、これでな」
「ああ。ありがとう、アクセル」
「失礼する」
そういうとアクセルは足早に去っていった。後にはケイティとカミルが残る。一体何を話そうか。
「今日は学校はお休みですか?」
思案していると、カミルの方から話しかけてくれた。
「いいえ、お昼休みに抜け出してきただけだから、戻らなきゃ」
「お送りします」
「え? いいわよ」
「少しお話がしたいので。よろしいですか?」
「……ええ、学校に着くまでなら」
カミルはありがとうございますと微笑み、ケイティに歩調を合わせてくれた。
「先生はどうして騎士団に?」
「……ちょっと、イオス様に相談に」
「断られたでしょう?」
「誰かさんに先に取られてたわ」
「ははッ、それは申し訳ないです」
カミルは快活に笑い、逆にケイティの顔は曇る。
「あの……本気なの?」
「本気ですよ」
ケイティが恐る恐る聞くと、間髪入れずに答えが返ってきた。
「カミルからすれば、私なんかひとまわりも年上のオバサンじゃない」
「僕には少女に見えますよ」
「少女じゃなくって、処女なのよ、私」
「知ってます。それも魅力的です」
魅力だろうか。スティーグには相当鬱陶しがられているが。
「カミル、好いてくれて嬉しいんだけど、諦めてもらうわけにはいかない?」
「先生はスティーグ様にそう言われて、諦めるんですか?」
「諦めないわよ!」
「同じですよ。僕も諦めません。学生の頃から好きで、ようやく親を説き伏せたんです。このチャンスを絶対に逃したりしません」
諦めたくない、と言う気持ちは痛いほどわかる。このまま話しても平行線だと感じたケイティは、話題を変えることにした。
「カミルは結局騎士にはならなかったのよね。今は何をしてるの?」
「いきなり話が飛びますね……僕は今、美術館の館長をしてますよ。まぁ父からの引き継ぎなので、偉そうには言えないんですが」
「へぇ、美術館。あまり縁がないわね」
「そう言わず、一度来てみてください。心が癒されますよ」
「覚えておくわ、そのうちね。じゃ、もう学校だから」
「先生」
そそくさと学校に逃げようとするケイティの手を、カミルは掴んできた。
「三カ月以内にスティーグ様を落とせなかったら、ちゃんと僕と結婚してくだ
さい! 絶対、絶対に幸せにしますから!」
周りにいた生徒たちがざわつく。校内で、しかも大声でプロポーズされてケイティは大いに焦った。目の前のカミルは自分がした発言にも関わらず、照れもせずにニッコリ笑って「それではまた」と去っていった。
「うわ、ケイティにプロポーズ!?」
「スッゲー物好き!! 誰だアレ??」
「いやん、だめよ、私には愛しのスティーグ様がぁああ、とか言わねーと!」
「ケイティピーンチ!」
「とうとう処女卒業なるか!?」
「先生っつってたぜ、教え子? ヤバッ」
「ケイティよかったじゃーん!」
言いたい放題の生徒たちをギリっと睨む。いや、ここは怒ってはいけないのか、受け流すべきか。思いを巡らすその合間に、どでかい声が飛んできた。
「オラオラッ!! お前らとっとと教室入れっ! 遅刻すんぞ、遅刻ーーッ!!」
模擬剣を振り回すカールが現れ、蜘蛛の子散らした状態で生徒たちが駆け出して行く。
「いつも遅刻ギリギリのカールに言われたくないってのーっ」
「んだとぅ? やるか、テメェ! あと校内ではちゃんと教官と呼べっつってんだろ!」
「そうしろって奥さんに怒られたんだろ? 尻に敷かれてんなーッ」
「うっせ! はよ行け!!」
いつまでもうるさい生徒の尻に、カールはドカッと蹴りを入れる。生徒は「イッテー」と叫びながら校舎に消えていった。
カールは本気で怒ってなどおらず、いつも楽しそうに生徒と交流している。
「おい、俺らも急ぐぞ」
「……ありがとう、カール」
「んあ? ああ」
カールと自分の、一体何が違うのだろうと、ケイティはいつも思う。
ケイティはいつも生徒に馬鹿にされている。カールには親しみが籠っているのがわかる。その証拠に、彼の授業は笑顔もあり、そして張り詰めた空気もある。生徒たちは実に楽しそうに、そして真剣に授業を受けているのだ。ケイティの授業とは雲泥の差である。
もし。もしもだが、カミルと結婚したら、この状況から打破できるだろうか。少なくとも、処女だという理由でからかわれることはなくなるだろう。
もちろん、スティーグと結婚できるのが一番いい。きっと騎士の奥方として、丁重に扱われるようになる……はずだ。
でも、もしもスティーグと結婚できなかったら。カミルとの機会も逃してしまったら。
したくもない想像をしてしまい、ケイティは首を左右に振った。
絶対にスティーグと結婚できるはずだ。生まれる前から約束していたのだから。
ケイティは自分に強くそう言い聞かせていた。