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第3話 スティーグの悩み

 ある日曜日、ケイティが街を歩いていると、私服姿のスティーグを見つけた。彼は体が大きいのでよく目立つ。ケイティはラッキーとばかりにスティーグに声を掛けようとしたが、思い留まった。スティーグは難しい顔をしていて、そんな顔のまま、一軒の家に入っていった。


「誰の家かしら……」


 新しい彼女でもできたのかと思ったが、スティーグのあの表情を見るに、あまりいい意味での訪問ではなさそうだ。

 ケイティの興味は湧いた。スティーグのすべてを知り尽くしたいと思っているケイティは、スティーグのために一日を潰しても平気だ。

 ケイティは近くの店に入り、スティーグがその家から出てくるのを待った。すると小一時間ほどでスティーグがその家から出てくる。ケイティは店を出ると、スティーグの後をコッソリと追った。人通りが多いので、つけていることには気付かれていないはずだ。

 スティーグは別の家の前に来ると呼び鈴を鳴らし、またその中へと入って行く。そしてまた、小一時間ほどで出てくるのだ。彼はこれを七軒繰り返し、最後に自宅に向かっていた。もう夕飯時だった。


「何してたの、スティーグ」


 ケイティは追いつき、声をかける。スティーグは「やっぱりお前か」と呟きながら振り返る。


「人の後を付けるな。悪趣味だぞ」

「スティーグのことは何でも知っておきたいの。どうしたの、元気ないじゃない」

「……上がってけ」


 立ち話が嫌だったのか、スティーグは自宅へと招いてくれた。ケイティは喜び勇んでその後についていく。


「ただいま、お袋」

「おかえり、スティーグ。あら、ケイティちゃんいらっしゃい」

「おばさま、お邪魔します」

「夕飯食べて行くでしょ?」

「はい、ご相伴にあずかりますね!」

「ふふ、ケイティちゃんはいつも元気があっていいわねぇ」


 スティーグの母親のエルルは、すごく小さい。ケイティよりも十センチ以上背が低く、ケイティの母親と同い年だというのに少女みたいに笑う。

 こちらはまだ『おばあちゃん』ではない。スティーグは一人っ子で子どももいないから当然だ。


「飯ができたら呼んでくれ、ちょっと部屋へ行く。ケイティ」


 名を呼ばれ、ケイティは心を躍らせた。久しぶりに二人っきりになれる。


「おばさま、ちょっと失礼しますね」

「はーい、ごゆっくり。腕によりを掛けて夕飯を作るわ」

「わあ、楽しみっ」


 スティーグの家は貴族だけれど、エルルは料理が趣味で家族の料理は自分で作っている。ケイティはそんなエルルの料理が大好きだ。彼女に感化されて、ケイティも料理を作れるようになったくらいに。

 ケイティはエルルの料理を楽しみに思いながら、スティーグの後を追ってトントンと階段を昇る。部屋に入ると、ケイティは勝手にベッドに腰掛けた。


「おい、遠慮せんか。お前は椅子に座れ」

「いいじゃない、スティーグもここに座りなさいよ」

「お前、ここはオレの部屋だぞ……」


 スティーグは呆れたように物を言い、それでもケイティの言う通りに彼女の隣に腰掛けた。


「何度も言うが、迷惑なんだ」


 座った途端、スティーグにそう切り出された。スティーグの言う通り、何度も言われた言葉だ。ともすれば、何百回と言われているかもしれない。今さらだ。


「だから?」

「だからって、わからんか?」

「大事な幼馴染みって言ってくれたじゃない」

「普通にしている分にはな。今日、丸一日オレをつけてなかったか? そういうのが気持ち悪いんだ」

「つ、つけてないわよ。途中からよ、多分」

「途中からでもなんでも、オレをつけるのは止めてくれ。そのせいで、オレは何度も恋人と別れる羽目になったんだぞ」

「人のせいにしないでよ。スティーグも悪かったところがあるでしょう」

「そうかもしれんが……」


 スティーグは息を吐き、手を目元に置いて沈黙した。何だか相当疲れている様子だ。


「……何かあったの? 聞いてあげるわよ」


 ケイティはスティーグの背中に手を置いた。スティーグは昔から思い悩むことがある。こうやって吐き出させるのが自分の役目であるとケイティは感じていたし、スティーグもケイティにだけは話してくれることも多かった。今日、部屋に呼んでくれたのも、何かを吐き出したかったからだろう。

 あくまで幼馴染みとしてだったが、スティーグはケイティに心を許してくれている。それがケイティには嬉しい。


「PTSDって分かるか?」

「……心的外傷後ストレス障害ね」


 スティーグはコクリと頷く。


「今回の戦争で、PTSDになった騎士の数は多い」


 それだけ熾烈な戦いだったのだろう。仲間が目の前で殺されて、平常心を保てという方が無理なのだ。それに殺す側の自責の念もある。戦争という大義名分があったとはいえ、その手で同じ人間を殺すのである。

 魔物を殺すのとはわけが違う。敵とは言え、自分と同じ姿形をした人間なのだ。

 人の命を絶って平気でいられる者など、無きに等しいのかもしれない。それを乗り越えられるか乗り越えられないかというだけで、皆何かしらの思いは抱くはずだ。それは、きっとスティーグにとっても例外ではない。

 だがスティーグは騎士になると決めた時からその覚悟は決めているだろう。

 人を殺めることに何の感情も持たないわけはなかったが、いちいち心を痛めていては騎士を続けられないことを彼は理解している。だからこそ、ものすごい精神力でそれを乗り越えてきているのだ。

 しかし、である。


「今日はPTSDになった騎士の家を、八軒回ってきたんだが……」


 ケイティが確認したのは七軒だ。その前にスティーグはもう一軒を訪ねていたらしい。


「最初の家で、騎士が自殺していた」

「……スティーグ」


 スティーグが両手を顔に乗せる。泣いてはいなかった。だが、悲しみで落ち込んでいるのがわかる。

 スティーグは基本優しいのだ。自分の苦難なら乗り越えられるくせに、人の苦難の方に胸を痛めている。人の苦しみを、そのままそっくり自分に(やつ)してしまう。


「気をつけていたつもりだった。……折角生き延びることができたのに、自殺してはいけないとオレは思っているんだ。生きたくとも、生きられなかった者がたくさんいる。その中で生き延びた者は、死んだ者の分まで生きるべきだと……ケイティ、オレは傲慢か?」


 スティーグに問われ、ケイティは首を横に振った。スティーグの言っていることは、確かに正論だろう。


「スティーグ、恐らくほとんどの人はそう思ってるわ。私だってそう思う。でも、理屈じゃわかっていても、そうできないのが人間なのよ。特に戦争から戻ってきたPTSD患者は、生き延びて嬉しいと言うよりも、生き延びてしまって申し訳ないって気持ちの方が大きいようだし……」

「騎士になる時点で、殺す、殺される、仲間が死ぬという覚悟はできていると思うのだがなぁ」

「そうとも言えないわよ。騎士のほとんどが士官学校からの延長だし、士官学校に入学する時には緩い気持ちで来てる子も多いもの。……私がそうだったしね」


 スティーグはそういうケイティの顔を見ようと、手を目から離していた。ケイティはそんな彼を見上げる。


「士官学校で、そういう教育はできんか?」

「うん? うーん、そうねぇ。どうかしら。あんまり脅すように言うと、騎士になる子が減っちゃうんじゃない?」

「PTSD患者が増えるよりマシだ」

「そうね……じゃぁ、私の授業の時間を割くから、一度講義に来てみない? 戦争を体験した人の話の方が、効果あると思うわ。校長には話をつけとくから」

「そうか、悪いな。頼む」


 丁度そこで、スティーグの母親の呼ぶ声がした。ケイティはたちあがり、「行きましょ」とスティーグの手を引っ張る。しかしケイティの体重ではスティーグの体重を引っ張り起こせるはずもなく、スティーグはズドンとベッドに腰を下ろしたままだ。


「何してるの、立ちなさいよ」


 ケイティは両手でスティーグの右手を引っ張るも、ビクともしない。


「もう、何?」

「いや、ケイティは騎士にならなくてよかったと思ってな」

「何よそれ」

「行こう」


 スティーグはベッドから立ち上がり、繋がれた手を壁に向けて押し出した。


「きゃっ」


 べちょ、という音がして、ケイティの鼻が壁に潰される。手をいきなり押し出された反動で、壁に激突したのだ。


「いったいわね! 何すんのよ、もう!」

「わははは、すまんすまん」


 スティーグは笑いながらケイティの頭をポンポンと叩く。そして。


「ありがとう、ケイティ」


 スティーグはケイティに背を向けながら礼を言った。彼は照れているのだ。今のは照れ隠しだということを、ケイティは知っている。


「あら、お礼なら、キスでもしてくれればいいのよ?」

「バカを言うな」


 ケイティもまた、照れ隠しである。半分以上本気ではあったが。


「行きましょう。おばさまの料理が冷めちゃう」

「そうだな」


 二人は部屋を出て、階下に向かった。

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