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第1話 幼馴染み

 おれ、おまえといるのたのしいよ


 わたしも、あなたといるとたのしい


 でも、いったん おわかれだな


 すぐにおいかけるわ


 まってるからな。さきにいってくる


 ねぇ、むこうで あったら、けっこんしてね


 もちろんだ



 ***



「ウェルス様が結婚したらしいわね!」


 ケイティはそう言ったが、スティーグの耳は素通りしていったようだ。

 彼は面倒そうにケイティの顔を横目でチラリとみただけで、他には何の反応も示さなかった。


「イオス様も実は結婚していたこと、知ってる?」

「付き人だったダニエラとだろ。本人に聞いた」


 今度は反応があった。ケイティはニンマリと笑って頷く。


「じゃ、今度は私たちの番ね!!」

「……なんでそうなるんだ?」


 スティーグは、うんざりと言った顔を見せてきた。しかしケイティはそんな程度で負けはしない。


「いい加減、覚悟を決めなさいよ。もう三十七じゃないの」

「お前もいい加減、オレを諦めてくれ。もう三十七だろ」


 ケイティとスティーグは幼馴染みだ。

 スティーグはクラインベックという由緒正しい貴族の出で、ケイティもまたクーオールという貴族の娘である。誕生日が一日違いで、家族ぐるみの付き合いということもあり、ケイティはスティーグとは生まれる前からの婚約者だと豪語している。


「ねぇ、早く結婚しましょうよ。私、四十歳になる前に子どもが欲しいのよ」

「はぁ……処女が、なにを言ってるんだか」

「処女もファーストキスも、全部スティーグのために取って置いてあるんじゃない」

「やめてくれ、そういうのが嫌なんだ。いい加減、別の男に目を向けてくれ」

「嫌よ。私、スティーグ以外の男なんて眼中に入らないわっ」


 コンコン、と扉がノックされる音が飛び込んできた。ここは騎士団本署でのスティーグの執務室。と言ってもスティーグは執務が苦手なので、専らロレンツォという同僚の騎士に手伝ってもらっている。

 そのロレンツォがスティーグの許可を得て、部屋の中に入ってきた。


「クスクス……廊下まで聞こえておりましたよ」

「あら、やだわ」

「クーオールのご令嬢は本日もご機嫌麗しいようで」

「ご令嬢なんて年じゃないぞ、オバサンだ、オバサン」

「ケイティ嬢の美しさは日増しに磨きがかかる。その魅力に気付かぬ者は節穴ですな」

「そうでしょう?」

「まったく、お前はどっちの味方だロレンツォ」

「無論、女性の」


 そう言いながらロレンツォは手に持っていた書類を渡した。スティーグはそれを受け取り礼を述べる。


「いつもすまんな」

「お安い御用ですよ。また貴族のパーティに、俺を呼んでくださいね?」

「ああ、わかってる」

「助かります」


 ロレンツォはスティーグに約束を取り付けると、ケイティに丁寧な別れの挨拶をして出ていった。


「ロレンツォ様はわかっていらっしゃるわね!」

「あいつは女なら誰でもいいんだろう」

「ねえ、今から学校に来ない? どうせ執務の日は暇なんでしょう?」

「お前はいつも話が飛ぶな……」

「いいじゃない。カールが顔を出せって言ってたわよ。ロイドも会いたがっていたし」

「……まぁ、若い騎士候補を見ておくのもいいか」


 ケイティは「やった!」とその場で飛び跳ねる。とても貴族の令嬢とは思えぬ姿だ。

 スティーグはそんなケイティのどこか子ども染みたところが好きだ。しかしそれは、決して恋愛感情を伴った物ではない。


「スティーグが士官学校の教員を辞めてから、色々と変わってきてるのよ。いずれ復帰する時のために来ておいて損はないわ!」

「おい、誰が復帰するって?」

「騎士を引退した時のことを考えて、教員免許を取ったんでしょ? 知ってるんだから。そういうとこ、割と狡猾よね」

「む、むう」


 教員免許と言っても、スティーグが取ったのは武芸専門の免許だ。

 若いうちに経験がある方が、老いてからでも採用してもらいやすいと考えて、二十六歳まで教員をしていた。その頃ファレンテイン貴族共和国にやって来たカールは、年上ではあるが後輩の教員だ。

 かく言うケイティも士官学校の教員である。ただし、武芸や軍事学とは別の、一般教養を担当しているが。

 生まれる前からスティーグが好きだったと豪語するケイティは、スティーグの行く学校とすべて同じところを選んだ。士官学校に行くと聞かされた際には、その日から剣術の家庭教師をつけて猛特訓し、何とか入れた。卒業後、教員免許を取ると言えば、同じ所に通って免許を取得した。そしてスティーグが士官学校の教員になると決まったら、ケイティも同じところに就職した。

 しかし、二十六歳の時、初めての分岐点が来た。

 元々騎士を希望していたスティーグは、騎士団長のアーダルベルトに引き抜かれる形で騎士団に入団。

 ケイティも騎士団に入ろうとしたが、スティーグを含んだ周りの猛反対にあって断念せざるを得なかった。ケイティは、強いわけではないのだ。

 そういう経緯があり、ケイティは今も士官学校で教員を続けている。


「カール、スティーグを連れてきたわよ!」


 職員専用の部屋に入ると、カールは机に上げていた足を戻し、チェックしていた生徒のノートをその机に置いて立ち上がった。


「よう、スティーグ! 丁度いいところに来た。昼から暇か?」

「久しぶりだなぁ、カール。まぁ、暇だから来た。面白いことでもあるのか?」

「これから息子のロイドの授業があんだ。ちょっと揉んでやってくれねーか」

「はっはっは! ロイドのか! 飛び級して入学とは、なかなかの逸材ではないか」

「まぁな。だから付け上がらねーように、ガツンと頼むぜ、スティーグ」

「任せろ、楽しみだ」

「え、あ、ちょっと!」


 スティーグとカールは笑いながら去っていった。スティーグには自分の方の授業を見てもらいたかったというのに。

 しかしながら、昼休みを終えるチャイムが鳴ってしまった。ケイティは教科書を持って、担当の教室へと急いだ。

 ガヤガヤと騒がしい教室に入るも、一向に静まる気配がない。また、こんな中での授業をしなければならないと思うとゾッとした。それでもこれは仕事なのだ。ケイティは手を大きくパンパンと打った。


「ほら、静かに! 授業を始めるわよ!!」


 そう言ったところでこの喧騒が止むわけもないことはわかっている。一応の注意は促した、という事実がほしいだけなのだ。

 ケイティは息を吐き、誰も聞いていない授業を始めた。延々と一時間。それが教室を変え人を変え、一日五時限から六時限。

 毎日毎日、本当に苦痛だ。


「……では、今日は五十七ページから」

「ケイティー、今日はスティーグ様来てたぜ! 知ってる?」


 生徒がケイティのことを先生と呼ぶ生徒は、ほとんどない。カールも校外では皆に呼び捨てられているが、あちらは親しみを込めて呼ばれているのだ。ケイティが呼び捨てられているのとは違う。


「……知ってるわ。私が連れて来たんだもの」

「へー、ケイティが? 愛しのスティーグ様を?」

「でもどうせ相手にされずに、まだ処女なんだろ!」

「ケイティ、教員やめて修道女になった方が似合うんじゃね?」


 教室からどっと笑いが起こる。

 何度言われたかわからないほど繰り返されるやり取りだ。ここで怒ろうが泣こうが、何をしようがまた何かを言われるのは必至だ。

 ケイティは無視して授業を続け、生徒達はまたガヤガヤとそれぞれ話を始めたり眠ったりしている。

 こんな状態であっても、ケイティは教師を辞めるつもりはなかった。

 苦痛ではあったが、教える楽しみがあったことも、過去にはある。それは、今は騎士隊長であるアクセルがいたクラスと、隊長兼参謀軍師のイオスがいたクラスだ。彼らがいたクラスはとてもやり易く、楽しかった。

 最初は今のように騒がしく聞いてくれもしなかったのだが、アクセルはそんな彼らを一喝してくれた。優等生タイプで人望もあるアクセルの言うことを、クラスの皆は聞いてくれたのだ。

 イオスのクラスはそういうことはなかったというのに、何故かある日を境にピタリと私語がなくなった。イオスに何かをしたか尋ねると、彼は悪どい笑みを浮かべて「大したことはしていません」と言うだけだった。

 そんな生徒がまた出てきてくれないかと思いながら黒板に文字を書いていく。何人かの生徒は、それをノートに取っていた。


 ケイティが教師を続ける理由はもうひとつある。

 それは、いつかまたスティーグと仕事ができると信じているからだ。騎士職は、長く続けられるものではない。あと十五年もすれば、引退を迎えざるを得なくなるはずだ。特にスティーグは執務が苦手だから、その方面で騎士として活躍する気はないだろう。士官学校で武芸教諭として働く方が性に合っていると言うに違いない。

 その時が来るまで、ケイティは現役で頑張るつもりだ。


 それにしても、とケイティは騒がしい生徒らを見渡す。

 スティーグが来てくれれば、ここの空気もピリッとなっただろうに。虎の威を借るようだが、それしか授業をやり易くする方法は思い浮かばなかった。

 だがスティーグは、一度もケイティの授業を見に来たことはない。興味がないのだろう。一般教養など、スティーグの範疇外なのだ。

 ケイティは息を吐きながらその日の授業をこなしていった。


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