星の降る夜、丘の上で
吐息も白く煙る、寒い寒い日の夜。空気は透明に澄み渡り、シンと音のない丘の上で、まっしろな毛皮にふわふわしっぽのきつねさんと、ちいさな体にたくさんのトゲトゲを生やしたヤマアラシさんが並んで座っていました。空には星々が輝きを競うように瞬いています。ふたりはじっとその輝きを見つめていました。
「今夜は――」
きつねさんは空を見上げたまま言いました。
「星が降るらしいね」
その言葉を証明するかのように、一つの星が空を流れ、消えていきました。
「本当だ」
ヤマアラシさんは感心したように答えます。言葉と共に息が白く、冷たい空気に溶けて消えました。
「双子座流星群、っていうらしいね」
「ふたご?」
問い返すヤマアラシさんに、きつねさんは視線を空に向けたままうなずきます。目の端できらり、きらりと星が流れていきました。
「じゃあ、あの星たちは、ふたごの片割れを捜しているのかな?」
生き別れてしまったのかな。だからあんなに急いで流れていくのかな。ヤマアラシさんは流れる星を目で追います。きつねさんはゆっくりと、そのふわふわなしっぽを振りました。
「そうかもしれないね」
きつねさんのその言葉を聞いて、ヤマアラシさんはわずかに目を伏せました。あの美しく流れる星々がみんな哀しい別れを経験しているのだと思うと、悲しくなってしまったのです。きつねさんは空を見上げたまま言いました。
「会えるといいね」
ヤマアラシさんは顔を上げ、きつねさんの横顔を見つめました。きつねさんは言葉を重ねます。
「きっと、会えるよ」
「うん」
ヤマアラシさんは少し笑って、再び空を見上げました。
夜の闇はその色を濃くし、星の輝きは強さを増していきます。無数に流れる星の、その一瞬の輝きに、ふたりは声もなく見入っていました。
「流れ星に願いを掛けると、叶うって言うね」
ヤマアラシさんがぽつりと言いました。きつねさんは優しく微笑みます。
「聞いたことがあるよ」
「君だったら、何を願う?」
きつねさんは難しい顔をして、うーんと考え込みます。少しの時間悩んだ後、きつねさんはちょっとだけ自信の無さそうに言いました。
「……世界平和、かな」
「壮大だね」
ヤマアラシさんは感心したように息を吐きました。きつねさんは「君は?」と問い返します。ヤマアラシさんは首を傾げてしばらく考えると、少し気恥ずかしそうに言いました。
「家族の幸せ、かな」
「それも素敵だね」
きつねさんは力強くうなずきます。ヤマアラシさんはホッとした様子で微笑みました。
「叶うかな?」
「どうだろう?」
ヤマアラシさんの疑問にきつねさんは腕を組み、思案顔です。
「ふたつもお願いをしたら、欲張りかもしれないね」
「そっか」
確かに、あまりたくさんお願いをしたら流れ星がたいへんです。今度はヤマアラシさんが難しい顔で腕を組みました。
「ふたつを混ぜてみたらどうだろう?」
きつねさんは首を傾げます。
「家族の平和、ってことかい?」
「世界の幸せ、でもいいね」
なるほど、と、きつねさんは何度もうなずきます。ヤマアラシさんはうれしそうにきつねさんの様子を見ています。しばらくそうしていると、
「……まてよ?」
きつねさんは、はたと何かに気付いたように、ヤマアラシさんに顔を近づけました。
「この世界の全部の家族が幸せになったら、世界も平和になるんじゃないかな?」
「そ、そうかもしれないね」
わずかに顔を赤くし、うわの空で答えるヤマアラシさんの様子に気付かず、きつねさんは大発見をしたように声を弾ませました。
「なんだ。じゃあ僕たちは、同じことを願っていたんだ」
きつねさんはヤマアラシさんの手を取り、ぶんぶんと上下に振りました。ヤマアラシさんは目を白黒させながら、でも、ふたりの願いが同じだったというきつねさんの言葉に顔をほころばせました。
「してみようか、お願い」
「そうだね」
きつねさんはヤマアラシさんから手を離し、空に視線を移しました。ヤマアラシさんは離れた手の温度を閉じ込めるように両手を握ると、きつねさんが見上げる空を見上げます。空には宝石を撒いたような輝きが広がっていました。
「……流れ星、ないね」
「流星群、終わっちゃったのかな?」
さっきまであれほど飛び交っていた流れ星は、今は嘘のように姿を消していました。ふたりがおしゃべりをしている間に、どうやら流れ星の時間は終わってしまったようです。
「残念だね」
「仕方ないね」
なぜだかおかしくなって、ふたりは顔を見合わせ、くすくすと笑いました。
山の端がうっすらと藍色に染まり始め、星が徐々にその姿を隠していきます。もうすぐ夜が明けるのです。きつねさんの吐息が大きく丸まり、風に流れて消えていきました。ヤマアラシさんの吐息は小さく丸まり、すぐに広がって見えなくなりました。
――くしゅんっ
ヤマアラシさんが可愛らしいくしゃみをしました。きつねさんがヤマアラシさんに顔を向けます。
「寒い?」
「少しね」
鼻をすするヤマアラシさんに、きつねさんはまっしろなふわふわのしっぽをそっと巻きつけました。身体が引き寄せられ、ヤマアラシさんはぴとっときつねさんに寄り掛かります。ヤマアラシさんは目をパチパチさせ、口をパクパクさせると、やっと搾りだしたように言いました。
「い、いたく、ない?」
「痛くないよ。君が――」
きつねさんは少しいたずらっぽい表情で言いました。
「――針を逆立てなければね」
「そんなことしないよ」
ヤマアラシさんはぷぅっとほっぺたをふくらませました。きつねさんはふふっと楽しそうに笑いました。
「寒くない?」
「うん、寒くないよ」
ヤマアラシさんはとても小さな声で、「あたたかいよ」とつぶやきました。きつねさんはうなずいて答えます。
「うん。僕も、あたたかい」
つぶやきを聞かれたことに驚き、ヤマアラシさんは顔を赤くしてうつむきました。きつねさんは空を見上げます。
「見て」
ヤマアラシさんは顔を上げ、きつねさんの見つめる先に目を向けました。山の端が白く染まり、夜を払っていきます。柔らかな朝の光――新しい今日が生まれようとしていました。
「きれいだね」
「うん。とてもきれい」
太陽が顔を出し、ふたりはまぶしげに目を細めました。世界が色を取り戻していきます。ふたりは寄り添いながら、彩りを増していく景色を眺めていました。そして――
今日も、朝がやってきました。