1話 恩恵
――少年は思った。
何故この世界はこんなにも理不尽で溢れているのかと。
この世界は腐っている。
何故俺だけがこんな目に遭わなければいけないのか。
誰かが悪かったのか。
――否。それは違う。
俺も家族も誰も悪くない。
なのに何故今俺はこうして民衆の前で首を垂れているのだろうか。
一体誰が悪かったのだろうか。
何処で道を踏み外してしまったのか。
◇◆◇ 遡る事三日前――
15歳になる日、この世界では恩恵の日と呼んでいる。
この世界の創造神と崇められる神、フェルマ様から"恩恵"が与えられる日の事である。
その"恩恵"は"スキル"とも呼ばれる。
この俺もあと三日でスキルを貰う予定だ。
グレイ=オールン、俺の名前だ。
一応貴族だである。
貴族といっても名ばかりのものだ。
特に平民と生活は同じ、受ける教育なども同じだ。
皆俺が貴族ということも知らないだろう。
まあ俺も貴族という地位にこだわりは無いからいいんだけどな。
「グレイ、お前ももうすぐ成人するのか。早いものだな子供の成長は」
父のゴーンは俺の成人を楽しみにしているようだ。
「父さん、今まで本当にありがとう。」
「別に一生の別れではない。畏まらなくても良いぞ」
父さんは気さくな人だ。
俺が一番尊敬している人でもある。
「お前がどんなスキルを授かるのか楽しみだな。どんなスキルでも私は嬉しいがな」
どうやら俺に期待をしているようだ。
正直どんなスキルを貰うかは運である。
家系や血筋は関係ない。
スキルとは簡単に言うと自分の能力のことだ。
スキルの代名詞とすれば鍛治だろうか。
スキルの数は無限にあるといっても過言ではない。
時には国を大きく動かすようなスキルを授かる事もある。
俺は別にそんなに凄いスキルを貰わなくてもいい。
平穏に、そして穏便に過ごせればそれで良いのだから。
一時間後――
ドアのノック音と俺を呼ぶ声が聞こえる。
「はーい」
ドアを開けるとそこには見慣れた少女がいた。
幼馴染であり、隣人でもあるシェラだ。
彼女とは俺がここに越していた5歳の頃からの仲だ。
俺が認知している中で唯一俺が貴族である事を知っている人物でもある。
「グレイ何してるの?」
「いや、特に何もしてなかったけど。どうかしたのかい?」
「じゃあ暇ってことね。今からピクニックにいきましょ!」
彼女は頬を薄紅に染めながら上目遣いで俺を見る。
「ピクニックか」
俺は今から昼寝をしようとしていた。
しかし彼女の目を見ると何故か何でも承諾してしまうのだ。
昔からそうだ。
彼女には何か不思議な力があるのかも知れないな。
うんうん。
「そうだね、行こうか。ところでピクニックに行くってご飯を食べるんだろう?食べ物はどうするんだい?」
「じゃじゃーん!どう?美味しそうでしょ!」
ドアで隠れていて見えていなかったがピクニック用のバスケットから美味しそうなサンドイッチが顔を覗かせていた。
「すごく美味しそうだね。早く食べたいな」
「まだダメだよ!」
「わ、分かってるよ」
俺たちは家を出て近くの平原へと向かった。
◇
見慣れた光景だが何度見ても"美しい"そう思える光景であった。
花は咲き誇り、小鳥が囀り、小川から聞こえる水の音が心地良い物だった。
「グレイー!こっちこっち!」
「シェラそんなにはしゃぐと怪我をするぞー」
俺は小走りで彼女の元へ向かう。
丘を登ると一本の木が生えていた。
そこには木の根元で腰を下ろしパスケットの中からサンドイッチを取り出しているシェラがいた。
「もう遅いよグレイ!早く座って」
シェラは自分の隣をトントンと叩き俺を催促する。
そこに座ると俺に身体を預けたシェラが言う。
「あと一日で私達恩恵の日だね」
「嗚呼、そうだな」
「グレイはどんなスキルが欲しい?」
「そうだな。出来れば普通で目立たないのが良いな」
「何でよ!物凄いスキルを授かれば地位や富なんかも手に入るかもしれないのよ?」
「俺は目立たなくて良いんだよ。平和に暮らせさせすればな」
俺とシェラは生まれた日が同じだ。
なので恩恵の日も同じ。
「もう、本当にグレイって欲心が無いわね。まあどんなスキルを授かっても恨みっこなしね!」
「勿論だ」
彼女は意気込んだ後熱くなりすぎたのか息が荒くなっていた。
落ち着けと水を飲ませたところいつものシェラに戻ってくれた。
「ありがとうグレイ。じゃあお昼にしましょ」
これが一番の楽しみだ。
なんと言っても彼女の作る料理はとても美味いのだ。
何かコツはあるのかと聞くと「それは企業秘密よ」などと言い中々教えてくれない。
「はいグレイ」
「ありがとう」
手に取った瞬間、齧り付いた。
やはり彼女の作る料理は美味い、美味すぎる。
これを一生食べられたら良いのにな。
「これを一生食べられたら良いのにな」
「えっ?」
おっと、思っていた事が口から出ていたようだ。
「それくらい美味いってことだよ」
「そ、そう言うことね。……プロポーズかと思ったのに……」
「何か言ったか?」
「な、なんでもないわよ。もっとたくさん食べてね」
その後は腹が千切れるくらいサンドイッチを食べさせられた。
◇◆◇ 恩恵の日――
朝早く起き、シェラの家族と俺の家族で王都へ向かっていた。
俺は至って落ち着いているが問題があるのはシェラの方だ。
ガチガチになり足が震えていた。
「シェラ落ち着きなさい、大丈夫よ」
「そうだぞシェラちゃん、あんまり考え過ぎない方がいいぞ」
シェラの母と俺の父がシェラを宥めるが彼女は益々不安になるばかりだった。
「シェラ、大丈夫だ。どんなスキルを授かってもシェラはシェラだ。気にすることはない」
「そうね、ありがとうグレイ」
何とか落ち着いてくれたようで良かった。
馬車は王都の教会へと向かっていた。
そこの教会で創造神様から恩恵を授かるのだ。
教会へ着くと俺たち以外にも多くの子供がいた。
いや、もう成人したし一応大人か。
教会へ入ると椅子に座らされた。
どうやら前の席から順番にスキルを授かるようだ。
俺たちは真ん中より少し前辺りだから直ぐだろう。
「何だがまた緊張してきちゃった、どうしよう」
シェラの背中を撫でて何とか宥める。
順番が来ると階段を登り、創造神様に向かい祈りを捧げる。
恩恵を与えて下さい、と。
スキルを授かった奴等の反応は様々だ。
喜ぶ奴もいれば、あまり良いスキルを授かる事ができず落ち込む奴もいた。
そして遂にシェラの番がやって来た。
「シェラ、落ち着けよ」
「分かってるわよ」
しつこかったのか少々イラついているがまあ問題はないだろう。
俺は息を呑み彼女がどんなスキルを授かるのか見ていた。
そして―――
「なんと!?!?」
彼女の横にいた神官が驚嘆していた。
神聖な場所であるのでその声は教会中に響き渡った。
「大聖女様だ……」
大聖女。
聖魔法系統のスキルであったり回復系統のスキルを持つ者のことを"聖女"そう呼ぶ。
しかし大聖女とはどういうことだろうか。
「完全回復術、超極級聖魔法持ちだ…」
どうやらこれは凄いことになったらしい。
騎士が集まり、神官も集まっている。
それほど凄いスキルということだろう。
シェラは俺の隣に戻って来た。
「ねぇ私凄いスキルを授かっちゃったの?」
「そうみたいだな」
「やったわグレイ!!」
彼女が喜んでいるのが見れて俺は安心した。
恩恵の儀式は一時中断されたが再開された。
そして俺の番だ。
そんなに緊張はしていない。
どちらかと言うと落ち着いていた。
大丈夫だ。
普通で良い。
そう普通で良いのだ。
そして祈る。
(創造神様。俺に恩恵を授けて下さい)
すると――
身体が一瞬何かに縛られたような感覚に襲われた。
これがスキルを授かったというものか。
しかし隣にいる神官がの顔が何かおかしい。
驚嘆している?いや怯えているように見えた。
「俺のスキルはなんなんですか?」
そう尋ねると掠れた声で
「呪縛……」
そう答えたのだった。
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それでは次回もお楽しみに。