第一章・六話「守護者」
魅せる為に整った様に思える顔立ちの少女が、銀何を呼んだ。
「えーっと、あなたは?」
「……あら、烈火が聞かせてたんじゃないのね」
そう言いながら、目前の少女は短く溜息を吐く。そして、口角をゆっくりと緩めて開く。
「私は、守護者にして『青魔法』使いの、蒼蘭。覚えておきなさい、新人さん」
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はてさて、確か目前の少女――アオラは本部会に出席していた者だ。遅めに入ってきた三人の内の一人。それに今、アオラは守護者と名乗ったのか。という事は、『守護者』自体が元々複数人で構成されるものなのも明らかになっただろう。
「あー、アオラさんも『守護者』って事は……俺とも仲間、って事ですよね」
「……。」
「……あれ」
突然アオラが黙り込んでしまった。考え事でもあるのかと思ったが、銀何の方を睨んでいるのでそうではないらしい。
「もう……『仲間』って思うなら敬語はやめてよ」
「あぁ、ごめん」
「ま、突然連れて来られた感じだものね。緊張するのも無理ないかもね」
アオラは『緊張』の必然性を説いてくれているが、少しその予想とは違う類のそれなのだ。要は、アオラその者が年上……の様な人に見えて、思わず敬語を使ってしまったという簡単な早とちりだった。
「んで……銀何はどーゆー能力持ってるの?」
「ん、え?」
「え、冗談でしょ、能力よ能力。烈火に何かしらの素質を認められて守護者になったんでしょ」
「あー……それが、俺もよく分からなくて」
「……うっそ」
「でも、これなら持ってるよ」
そう言って、銀何は銃を取り出す。既に汚れは取れて、銃は純白の身を輝かせている。
「何それ?」
「『正義の銃』って名前らしい。さっき烈火に特訓付き合って貰ってさ、俺が使えそうな武器を探してたら見つけたってわけ」
「へぇ……私とも勝負する?」
「いやいや! 絶対勝てないじゃん」
「弱気ね……まあ私の『青魔法』は強いから仕方ないけど」
「ところで、その『青魔法』って何なの?」
「本当にこの世界に来たのが初めてみたいね……いいわ、教えてあげる。魔法には『色』があるの。赤や青や緑。基本色が文字通り基本の魔法を表す言葉ね。私が使うのは水を操る『青魔法』。最も、私が守護者に選ばれた素質は、その『青魔法』が物凄く得意で強いって事なんだけど」
「なるほど!! アオラは凄いんだね!」
「そ、そう……? あっ、そ、そうよ! 私は『青魔法』だけは誰にも負けな――」
「じゃ、じゃあ烈火は『赤魔法』とか使うのかな」
「持ち上げておいてバッサリ……あぁ、そうよ。烈火は炎を燃やす『赤魔法』。でも……ちょっと烈火の魔法は不思議なのよね。こう、純粋な『赤』らしくないと言うか……」
「よく分からないけど、烈火も強いもんな。きっと特別な力を持ってるんだよ」
「魔法は私の専売特許だと思ってたのになぁ」
そう言ってアオラは少し残念がる。『青魔法』とやらに相当の拘りがあるらしい。
もちろん、現在銀何は魔法を使えない。何せ今まで知らなかった存在なのだ。すぐ使えるようになる訳でもないだろう。
「アオラも『守護者』……って事は他にもいるの」
「当たり前でしょ、守護者は全員で四人なのよ。後二人にも会ってきたらどう? 一人は談話室、もう一人はバルコニーに居るはずよ」
「分かった、ありがとうアオラ」
「ええ」
銀何は守護者アオラと話していた廊下を後にし、談話室に向かった。
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談話室に入る。中には強面の男が茶を啜って座っていた。どうやら銀何の存在に気付いていない様だ。
「あ、あのー……」
横から話し掛けてみるが、反応が無い。でもしっかりと目は開けて、その手に握られたカップから紅茶を飲み続けている。見た目に反して洒落た趣味をお持ちの様だ。
「こ、こんにちは、貴方も守護者、なのかな?」
今度は堂々と前から話し掛ける。堂々とは言えど、タメ口と敬語が歪に混ざってしまったが。あまり趣味だったり一人の時間を邪魔したくはないのだが、やはり挨拶しておかねば無礼と言うものだろう。
「……お前は、極 銀何と言ったか」
「お、知ってくれてた。自分でもまだ自覚が足りないだろうけど、守護者、やらせて貰ってる」
「……俺は玄武だ」
「宜しく。あの、もしかして同い年……?」
「烈火からはそう聞いているが」
ふむ、だとしても理解に難い。納得いくまでにも時間が掛かりそうだ。ゲンブと名乗った彼は、面構えや体格、何から何まで同い年とは思えない者だ。確かに、同い年とて皆が皆瓜二つだったならそれも怖い話ではあるのだが、目前の彼は通常の感覚では『大先輩』でもいいところだ。
「あ、時間邪魔しちゃってごめん。『守護者』って括りで仲間になる人だと聞いてさ、挨拶しとこうと」
「いや、問題無い。態々の気遣い、感謝する。俺はどうにも気を回すのが苦手なのでな。済まない」
「んーん、全然大丈夫だよ」
意外と、優しいのか。外見で人を判断するべきではない、とはよく言うが、正しく的を射る言い回しだろう。中身を見てあげるべき対象は、ゲンブの様な人間なのだろうと銀何は納得する。
「今迄は、こうやって紅茶を嗜めていた訳だが、銀何と言う四人目の守護者が現れて、守護者が全員揃ったと言う事は、遂に王国の情勢が揺れるかも知れんな」
「ご、ごめんね、ゆっくりしたかったよね」
「いや、どの道戦の時は来るものだ。それが今になっただけの事。俺の全力を尽くして、王国を護るのみ」
「……。」
正直、感心してしまう。外見は兎も角、同い年の人間がここまでの決意を持っているのだ。銀何は未だに困惑してしまうばかり。彼らも同じ様な状況のはずなのだから、見習わなくては。
「凄いね、ゲンブは」
「――? 俺は固い事しか取り柄が無い。もしやそれ自体でさえ欠点にもなり得る」
「いや、そう思える事は立派だよ。俺はまだ状況に気持ちが追い付けていない。だから、ゲンブの強さを見習いたいなって思った」
「調子が狂うな……でも、銀何も『守護者』だ。災禍を俺らの手で倒し、その後は共に紅茶でも飲もう」
「分かった、ありがとうゲンブ」
そう言えばまだゲンブの能力を聞いていなかったが、まあ何れ分かるだろう。こんなに強い内面を秘める彼の戦いが見てみたい。
そこまで話して、ゲンブと別れた。最後に行く場所は――。
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風が本城地の壁を撫でて通り抜ける。本城地の五階から外に向かって開かれたバルコニーは、金色の洒落た場所だ。普段、地上では味わえない風圧、眩しい陽光が魅力的だ。高い場所から外に身を捧げる時間は、世界の広さを体験している気分になれる。独りの時の憩いとしては確かに寂しさを感じる事もあるが、穢れ無い自然の美しさに、感情の奔流を解放する時間は、特別で、清らかなものだ。
銀何はそれに似た感想を抱きながらバルコニーに来た。予想以上にその場所が綺麗だったもので、夕日が映える絶景に思わず見惚れていた。
そんな場所に立っていたのは、白色系の布を巻き付けて、青色の短い布を縫い付けたローブを身に纏う人物だ。
外側から見ていると、何とも不思議な雰囲気を放つ人物だった。勿論、バルコニーから広がる自然の偉大さを身に受けている所為でもあるのだが、明らかに目前の人物を視認した途端に気付いた異変。
「――キミ、ダレ?」
突然に問い掛けてくる声。銀何がその問いにも応えられずにいると、その人物は振り向いて横目で銀何を睨む。とても華奢な少女の様な顔立ちだが、短髪なのとその雰囲気から、男性なのだと分かった。
「お、俺は、極 銀何。守護者、になったんだ」
「…………ふーん」
「これから仲間になると知って、挨拶しに来た」
「……テリガ。ソレがボクの名前サ」
先程参加した本部会。そこで見た個性派の三人――『美貌・強面・異端』と揶揄したが、その中の『異端』にして文字通りの風変わりな少年。それがテリガだ。彼は本部会の時から唯一素性の読めない対象で、正に『異端』と言わざるを得なかった。
「えぇと、俺の能力はまだよく分かってなくて……強いて言うならこの銃を扱う事ぐらいなんだよね」
「聞いてないんだけどネ。まぁ戦い関係の話なら好きだから乗ってあげるけどサ」
「そ、それはどうも……」
テリガは、意外と、辛辣な性格だったらしい。
「ボクの能力は『剣操』。文字通り、剣を操れる能力サ。手に持てば自由自在に振り回したり投げたりできるし、命を吹き込んだかの様に飛ばして襲わせる事もできる。近接戦闘なら、ボクが守護者の中で群を抜くと思うネ」
「へ、へぇ……確かに、守護者の中で近接戦闘に特化してる人はテリガくらいだろうし」
「まぁね。ゲンブの能力も意外と厄介なやつなんだけど……アオラだったり、キミの様な遠距離攻撃勢から比べたら、ボクは珍しい類かもネ」
「剣を、操る、か。何か格好良いね」
「そんな事はあるヨ。それに、ボクは剣が大好きなんだ。この国の誰よりも、ネ」
「剣が、好きなんだ」
「ボクは剣のコレクター……収集者でもあるんだ。趣味だけどネ。だからボクの部屋には沢山の剣が飾ってあるヨ。きっとそれを見たらキミも驚くだろうネ」
「コレクター、か」
何故か、その言葉に違和感を感じる。何かを好んで集める者を指す単語なのは分かるが、身に馴染む感覚に疑心が湧いてしまう。
「ボクからも質問いいかい? キミはどんな風に連れて来られたのかな」
そう、その質問には何の変哲も、疑わしい要素も無いはずだった、んだが。
「…………あれ」
銀何に、その質問に応える『答え』が見つからなかった。
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『想起』直前の出来事を思い返す。己の姿を騙って現れた謎の影。『僕は君でもある』等と、筋も通らない発言を連ねていたが、今になって真実化した発言がある。
『そうそう、一回の『想起』はとんでもない出鱈目――正に、チートだよね。だから、一回毎にペナルティが付く』
出鱈目、つまり神の悪戯にも相当するチートの様な能力には、代償として『ペナルティ』が付く。その、内容は恐らく――本城地に来るまでの経緯に関係している。
烈火と馬車に乗って来たのは憶えている。だが、肝心の出会い、その瞬間の記憶が全く無い。なので、黒赤軍と遭遇する前の記憶が断片的になっているのだ。
……畜生だ。どうしようも無い現実の改悪だ。あの影に至っても愚か者にも程がある。もう、絶対に『想起』をしてはならない。
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「ねえ、ねえ。どうして黙ってるのサ。簡単な質問だろう? キミを連れて来たのは恐らく烈火じゃないか。烈火がどんな風にキミを誘ったのか教えてヨ」
「……俺が迷ってる所に、烈火が来てくれて、それで……」
「……え? アハハハ、そんな事ある? あくまでも本城地に向かう馬車だってのに、運命の巡り合わせでキミの元に、迎えの馬車が来た? ハハハ! 御伽噺だなぁ。普通は住んでる所に来るものじゃないのかな。それが……フフ」
テリガは、盛大に嘲笑している。……と同時に、彼からは疑いを掛けられている恐怖感を感じた。
「……馬鹿にするなよ。そんな嘘が通じるとでも思うのか。お前と烈火の間に何があったのか知らないが、何だか裏がありそうだなぁ。あぁ疑わしい、ウタガワシイ!」
「………………。」
「……黙りか。まぁ、いいや。じゃあネ」
コンタクトを取って仲間の信用を勝ち取る作戦は、二勝一敗。最後に会ったテリガに至っては、惨敗だった。
さて、今回も読んでいただきありがとうございます!ここで一つ。
今まではスマートフォンで小説を書いていましたが、新しくパソコンを買いますので、これからはパソコンでの形式で書かせていただく事が増えると思われます。読みづらくなるかも知れませんが、宜しくお願い致します!
「First penalty=First Contact」