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R^-FACE【ラフェイス】  作者: D.S
第一章「黒と赤」
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第一章・五話「銀鱗と黒赤」

 これは、一騎士にして妻子を持つ父親の話。


 黒赤家と言う名家が在った。レスター王国の外れに建つ豪邸に住む、所謂金持ちの家だった。武器や防具等、国を代表して戦う騎士らの装備を造る一家。先祖から代々受け継がれるその技術は、誰もが認めるものだった。

 家族構成は、両親に当たる夫婦と娘が一人。三人ともが、何一つ災いに見舞われずに幸せに過ごしていた。


 その一家族の主にして、黒赤家の父親の名を、黙刃と言う。娘の祖父母に当たる先祖は既に亡くなっていて、残ったのはこの三人であった。



「ね、お父さま、つばきはおよめさんにはなれないの?」


「あらあら、椿が珍しい事を」


「ふむ、確かに椿がお嫁さんに行ってしまうと、この一家の血は途切れてしまうだろうな」


「うぅ……」


「だが、椿。俺達は椿が幸せになる事を一番に願う。だから、例えこの名家が知られなくなったとて、俺は構わないよ」


「そうよ、椿」


「お父さま、お母さま」


「ああ……でもな、一個わがままを言うとしたら、お父さんは王国が好きだ。レスター王国はとても綺麗な場所なんだよ。水も、森も、そして建物も城も綺麗な街。だから、椿とその相手になる男にも、国の力になってあげて欲しい」


「――。」



 父、黙刃はレスター王国を愛する者だった。元々、黒赤家はレスター王国と契約を結び、装備等を沢山提供してきた。だから一家と王国の縁は深いものだったが、黙刃は特に王国を愛する男だった。

 剣が、鎧が美しく見えて仕方が無いと言う変わり者。幼げが交じる性格で、体を鍛え、趣味で剣術を習っていた。王国の騎士よりも素質があり、時には見習い騎士らに剣術を教えていた。



「分かった、お父さま!」



 黙刃の言葉を聞き、心揺さぶられる椿。この様な非の打ち所の無い環境で、黒赤家の三人は幸せに暮らす筈だった。


 ――椿自身の姿が消えるまでは。



 ………………………………………………………………


 ある雨の日。黙刃は鍛冶の仕事も入らなかったので、久しぶりの休日だった。



「椿も、今日で十五か」



 そう、めでたい事に今日は椿の誕生日だった。十五歳。椿は来年から高等学校へ通う。容姿も段々と大人びていき、アルバムに仕舞った幼い椿の写真を見ると、驚いてしまうものである。



「お父様、お早うございます」


「おはよう、椿」


「あぁ……やっと、この日が来ました!」


「約束通り、お出掛けしようか」


「楽しみです!」



 椿の誕生日という事で、今日は遠出。レスター王国の北西にある、滝の名所を観光する約束だった。

 この頃のレスター王国はとても平和な国と評判で、名所も多く、『最も爽やかな国』と呼ばれていた。他にも色々な呼び名が有るが、観光名所として有名な事が一般人によく知れ渡っていた。


 そうして、家族全員で馬車に乗り、レスター王国に向かった。


 黒赤一家が向かう場所は、『ルインナの滝』と呼ばれる名所。夜に行くと、月の光が木々の間から差して、滝が宝石の様に輝くらしい。



「お母様、ルインナの滝、早く見たいです」


「もう、椿ったら気が早いのね。お母様も楽しみだけど、今はゆっくり待ちましょうね」


「ゆっくり待ちます!」



 馬車は順調に目的地に向かっている。王国の住宅街は既に越えて、現在は森に入り始めている。馬車が安全に通れるルートは少なくなってくる。滝は山の中にあるので、登る道程を考えると少々ハードだ。



「なあ、椿。夜の山は危険だ。二人が付いてるから大丈夫だとは思うが、一応注意するんだぞ」


「……危険……注意……分かりました」



 怖がらせてしまったかもしれないが、これ位注意させておいた方が安全度が高い。いざとなれば、黙刃自身が体を張る覚悟でいる。


 そして、馬車は山の麓に到着する。三人は馬車から降りて、灯りを下げた黙刃を先頭に森を進み始めた。



「貴方、森は随分と暗いですね」


「二人とも、足元は特に気を付けるんだ」


「大丈夫です、お父様がちゃんと照らしてくれているではないですか」



 椿はそう言うが、暗い夜中の山に登るのだ。名所に辿り着くまでに猛獣が狙って来るかもしれない。少なくとも黙刃自身は十二分に注意せねば。



「……さて、そろそろ登り道になるからな」


「椿、お母様と手を繋いでいましょう」


「はい、繋ぎます」



 確かに山道とは言え、滝までの道はある程度整っている。だが、森に両端を挟まれた石の道だ。左右から襲われる可能性はゼロではない。油断せずに進まなければならないので、黙刃の精神力が勝負となった。


 ……だが、呆気なく滝へ着いてしまった。


 まあ、安全に辿り着けたのは喜ぶべきだ。黙刃が注意深すぎる性格なのが仇なのかもしれない。



「お父様、お母様! もうすぐ着くのですね!」


「ああ、見えてきたぞ」


「んー……水の音が新鮮だわ」



 さて、ここからは素直に楽しませてもらうとしよう。カメラもあるので、家族の写真も撮ろう。



「お父様、滝が光るのはいつなのですか?」


「そうだな……そろそろ光る時間帯に差し掛かる所だと思うが」


「わあ、楽しみ、お父様、もう少――」


「……?」



 どうしたのか、椿の声が途切れる。不自然に思い、近付こうとした、瞬間だった。


 それはまるで、嵐が通り過ぎたかと思い込んでしまう一瞬だった。

 木々が強く揺れ、何かが上を通り過ぎたかと思うと、黙刃は腰に提げていた銀剣で空を切る。だが、何かを斬った感覚はなく、椿の姿も見当たらなかった。



「椿! どこに行ったんだ! 椿……椿!!」



 すると、遠くを照らしていた灯りが地面を照らす時、それは不気味な『紅』が一瞬見える。

 それが、何なのか、分かってしまった。分かれども、決して認めたくはなかった。



「クソ……クソッ!! 何なんだよ――!!!!」



 直後、目前の滝が輝く。手を付く黙刃と、その近くで死んでいる妻に、光を暴力的に浴びせて。


 月光が差すルインナの滝を、黙刃は独りで見ていた。



 ………………………………………………………………


「…………。」


「私の娘と妻の二人は、一瞬にして奪われたのです」


「そんな……事が」



 モクジンは、妻子の最期について語ってくれた。いや、正しくは娘は誘拐された形だが、モクジンの守るべきものが奪われたのに変わりなかった。



「モクジンさんの苗字は、黒赤なんですね」


「いえ、現在は『銀鱗(がねうろ)』です」


「苗字を、変えたんですか?」


「はい、妻と娘が消えた直後にです。私は、妻を殺された仇を――そして何より、他でもない自分の手で、娘を取り返したい」


「そう、ですよね。……娘さんを拐っていったのが、当時の黒赤軍だったと言う事ですか」


「殆ど合っています。『黒赤軍』と言う愚名を使って集団を語るようになったのは、娘が消えてから僅か二年後の事だった」



 つまり、黒赤 椿は誘拐されてから集団に入れられ、二年が経つ頃にはリーダーになっていた?

 そう結論付けするならば、『黒赤軍』という集団名になるのも、納得はいく。



「ではもう、その頃から一度も会ってないんですか」


「――いえ」


「会った、んですか?」


「ええ、一度だけ会い――剣を交えました」



 ………………………………………………………………


 黒赤 黙刃が妻子を失って数年。彼は苗字を『銀鱗』に変え、拐われた椿を追った。

 苗字を変えた理由は、王国側に被害届を出さない上に、自分の行動が制限される事がないようにする為だ。

 そして、もう一つ。黙刃は本格的にレスター王国の近衛騎士になった。己の実力を高め、自分の力だけで敵を倒す為だ。


 新たな名を持った『銀鱗』黙刃が娘を探し続けて二年が経った、ある冬の吹雪の日だった。

 黙刃は、レスター王国の外を囲む森に入り、雪山を登って独断の捜索を行っていた。



「お父さ――」



 とても聞き慣れた声。透き通った美声。それが後ろから短く聞こえては途切れた。それが、誰のものなのか、黙刃は直ぐに分かった。



「――椿、椿なのか」


「……。」



 椿と思わしき者からの応答は無い。そうして、ゆっくりと振り返ると、黒装束に身を纏った椿が立っていた。

 長く美しい黒髪は一縛りで後ろに纏め、首元や膝には丈夫そうな防具が付いている。腰の左右には武器が提げられていて、片方は鞘の長さから刀、もう一つは短剣を仕舞う革装具だろう。



「……椿、帰ろう。済まなかった。俺がお前達を守ると決めたと言うのに」


「…………。」


「椿?」



 相変わらず、椿からの応えは無い。どうしたと言うのか。確かに精神状態が窮めて良くないのは頷ける。怪しい集団に保護されていたのだ。言葉も出ない。



「……貴様は」


「はっ?」


「――貴様は、私が、殺す」



 さて、何と思い反応すれば正しいのだろうか。我が娘が実の親に殺害意志を示してきた。これは、強者がその者の弟子に挑戦を受けられる気概とは全く違うのだ。椿は、真っ向から殺意を向けてきている。



「つ、椿、一体何を」


「聞こえなかったのか? 私が直々に、美しき刃で殺してやると言っているんだ」


「何故そうなるのだ! 冗談はよせ、私と共に帰ろう、そうだ、それが一番だ」


「戯け。私は『黒赤軍』の統率者、黒赤 椿だ。余計な茶番は不要だ。その鎧と腰の剣は飾りなのか? せめて私を飽きさせぬ命の炎を見せよ」



 初めて聞く単語、『黒赤軍』。家名を冠した軍だとでも言うのか。その名を使ったのも、その軍を率いるのも、椿だと言うのか。

 だとしたら、それは何という悪夢だ。妻を殺した集団が娘である椿を誘拐。集団内で過ごしたであろう椿が、二年の月日を経て統率者にまで登りつめた。期間的にも、現実的にも、有り得ない。



「……椿、俺には分からない。何故、俺と椿が戦わねばならないのか。分からない、分からないぞ!」


「鎧と同じ位に頭も固いのか? 戦うのに、刀を交えるのに理由は要らない。殺したいから、殺す。勝てば栄誉、負ければ死。殺し合いと言うのは至って単純な命のやり取り。其れを、お前は理解できないのか」


「巫山戯るなよ、椿。私がどれだけお前を探したと思っているんだ、何様のつもりで――!」


「……何様の、つもり、だと?」



 殺意は、一気に高まる。



「――それは、私の台詞だろう!! お前は今何を口走った、其れが実の娘に、突然拐われ、二年間も過酷な人生を送った娘に掛ける言葉なのか!?」


「……それは」


「私は、私は! 期待した事もあった。呑気に景色を見に歩き回っている間に突然拐われ、酷い悪臭が漂う場所に連れて来られ、過酷な修行をやらされ、暗殺者になれ何ぞ言われる始末……其の地獄の様な生活に、いつか救いの光が差すのではないかとな!!」


「……。」


「でも、結局そんなものは無かった。私にはもう、地獄でしか生きる術が無かった。そして気付けば、私の才能は人殺しだとか、私が軍の統率者に相応しいだとか、色々言われて、持ち上げられて、持ちたくもない名誉が纏わり付いたまま、殺しを続けてきた!」


「…………。」


「もう、私は血に汚れた。もう、救いは無い。其の事実だけは、変わらない。絶対に。……お前は、遅過ぎた。探すのも、迎えに来るのも、救ってくれるのも。だから、私とお前に縁は無い」


「確かに、俺は苗字も『銀鱗』に変えてしまった。だが、まだやり直せるはずだろう!? 椿が居ない生活はもう、真っ平御免だ!!」


「『ガネウロ』? ふ、なら余計に分かりやすいな。お前はもう無縁だ。強そうで、楽しめそうだから、私はお前を殺す」


「……そうか」



 互いの答えは、変わらない。変わる事のない答えが、相違し、相対する時、次に起きる事態は、明確だ。



「銀鱗 黙刃、我が娘――いや、暗殺者、黒赤 椿を討たん」


「暗殺者――黒赤 椿、意志の脆い愚かな騎士を討たん」



 黙刃と椿、元・親子の戦いが、始まった。



 ………………………………………………………………


「……そうして、椿と剣を交える事になりました」


「辛い、戦い、ですね」


「ええ。とても」



 一瞬すらも望まなかった戦い、殺し合い。当然、実の娘を殺す事なんてできないだろうに。

 それでも、モクジンに答えを変える事はできない。椿を殺さねば終わらない戦いを、始めてしまった。



「私は銀剣、椿は刀と短剣を左右に持ち、戦いました。 私と暮らしていた頃に剣一本持たなかった筈の椿の実力は、異常なものでした。嵐が何方向からも吹き付けるかの様な感覚でした。鋭い剣閃が私に襲い掛かり、序盤は防御に徹する事しかできませんでした」


「……。」


「ですが、冬山の猛吹雪と戦闘の熱意に理性が狂い、私は遂に反撃を始めてしまった。私の戦法はある程度敵の攻撃を防ぎきり、相手の隙が見えた途端に強い一撃を叩き込む、言わばカウンターを狙うものです。流石の椿も、年季のあるカウンターには怯んでいる様でした。それからも、激しい戦闘は続きました」



『愚か者には、魔法の鉄槌を下してやる!』


『殺ってみろ! 足りない、もっと命を燃やせ!』



「私は個性魔法『凍気』を発動し、全力で椿を倒しに掛かりました。愚かなのは私だ、と自負はしているつもりだったのに」


「……魔法を使って、椿に勝てたんですか?」


「恥ずかしながら、全く。魔法ではないですが、椿は何かの『気』を刀に纏わせ、威力をより上げて太刀打ちしてきました。私の魔法と椿の殺意は、互角だった。だから、この戦闘を早く終わらせる為に、私は禁じ手を使ってしまった」


「禁じ手……?」


「これがもし、殺し合いでなければ、私は虐待罪で咎められていたでしょう。女性である椿の腹部に蹴りを入れる判断をしてしまったのだから」


「……!?」


「でも、禁じ手を使ったとて椿は倒れなかった。苦しそうな表情は見せましたが、その数秒後には狂気に満ちた表情と殺意渦巻く眼光をぶつけてきた。彼女は、私が思っていたよりもずっと、強くなっていた」



『こんなので、私が諦めるとでも……』


『良いだろう。お前には切り札をくれてやる!』


『望む、所だ……!!』



『凍気斬!!!』 『――血桜斬り』



「互いに、切り札を使いました。椿の使った連撃もとても鋭く、何ヶ所も負傷しました。ですが、身体を冷え切らせた椿は、遂に動きを鈍らせました」


「じゃ、じゃあ……」


「ええ。決着しました。――私の善意が残っていなければ、勝てていた」


「え……」


「私は、呆気なく娘に負けました」



『く、後、止めを、刺しさえすれば!!!』


『――沈黙の刃』


『か――はっ、ぐッ! がッ! ごはぁッ!?』


『甘い、脆い、弱い。殺す価値も無いな』



「椿が放った刃には、その形が無く……故に目に見えませんでした。それも、人を殺す業なのでしょう」


「そん、な……」


「でも、椿は結局、私を殺さずに雪山に置いていったのです。その後、私の帰りが遅い事を察した同僚が雪山で倒れる私を見つけ、本城地まで連れて帰ってくれました」


「……。」


「私は、弱いのです。昔も今も、何も変わらずに」



 ………………………………………………………………


 モクジンは語り終えると、黙り込んだ銀何に会釈をして休憩室を出て行った。こんな過酷な話を聞いたのは初めてだった。酷、実に酷。しかも、これから銀何は、モクジンの娘と戦わねばならない。


「黒赤――椿」


 その名前に込められた想いに、そっと指を掛ける様に、銀何は呟いた。


 銀何も休憩室を出て、本城地に戻る。気付くともう夕方で、後一時間もすれば夕食だ。

 それまで、何をしようか……そう考えていると。



「あれ、貴方……極 銀何、だっけ」



 そう話し掛けられて前を向くと、清らかな群青色に染まった髪を撫で付けながら、正に美人と言うべき少女が立っていた。


「美貌・強面・異端」

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