第一章・四話「死を運ぶ者達」
極 銀何、『守護者』入りが確定。
この事実は、レスター王国にとって最大級の希望が生まれたも同然だった。本部会をもう一度行い、所属騎士らの承諾を得られれば正式に決定となる仕組みだ。
「――。有難う、本当に有難う、銀何……君」
「呼び辛そう……呼び捨てでいいですよ」
「そうだね、これから仲間なんだ。銀何も、頼むよ」
「ああ、宜しく、烈火」
これが、『守護者』極 銀何と、『近衛騎士団長』猛尊 烈火との友人関係の始まりだった。
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「ところで、もう一個聞いていい?」
「何かな、銀何」
明らかに敬語を外す事に喜んでいる様子の烈火。見ていると、自然に微笑ましく思えてしまう。新たな魅力の発見だった。
「……えーと、『黒赤軍士』、って言ってたよね。烈火が昨日倒しただとか」
「……。」
銀何がそう聞くと、烈火が急に押し黙る。質問の核たるこれが、良くない単語なのは察せた。
「……説明しよう。『黒赤軍』という集団が王国内で危険をばら蒔いているんだ。偏に犯罪集団だ」
「そんな――!?」
新事実に驚いたが、そう考えると必然的に『黒赤軍士』は犯罪集団の一員と言えるだろう。
「『黒赤軍』は、無差別な暗殺を繰り返す犯罪集団。そのリーダー格で、尚且つ最多人数の暗殺を成し遂げている凶悪な暗殺者の名前は――」
……それらが、銀何の最初の敵になると。
「――黒赤 椿」
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『黒赤軍』は、レスター王国に蔓延る危険の根源たる犯罪集団。王国領地内かその周囲を行動範囲とし、痕跡を残さずに確実に命を奪う「殺り手」だと言う。正に、分野を選び違えたプロフェッショナルだ。
無論、王国は『黒赤軍』の重罪を見逃す事はできない。現在も捜査が行われているが、現場証拠や行動を読み取る材料が少な過ぎると言う。恐らく、王国領地内には奴等の拠点は無いと、予想がされている。
「黒赤 椿は、軍士とは桁違いの人数殺しと技術を持っている。今までに奴が劣勢になった事が無いらしい」
「じゃあ、それも俺らで倒すんだね?」
「その通り。次の本部会で『黒赤軍』の対応についての内容が挙げられる筈だ。……こんな頻繁に開かれる会ではなかったのだが、不思議なものだね」
「暗殺集団が相手か……」
記憶が無い状態である上、今までに戦闘をした経験も無い予想。このままでは、銀何は『黒赤軍』を相手に一歩も押せないだろう。
「実力が心配かな? そうだよね……よし、僕と特訓してみようか」
「烈火と、特訓?」
「そう。銀何の戦い方を見つけるんだ」
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レスター王国・中心城地は、経済的事情の中枢部であり、故に傷付く事は許されない。だからこそ、この城を主に、王国民を護っているのが近衛騎士だ。前衛にて剣術を駆使して戦う近衛。その所属に当る騎士達が多く集結するのが、この城の特徴の一つだ。
おさらいは締めて、現在銀何は烈火と鍛錬場に向かっている。闘技場と同じ位の広さを持っており、数々の武器と装備が用意される場所だ。烈火が提案したのは、鍛錬場にて、銀何の使える戦術を見極めてみようと言う試みだった。
「おぉ……広いな」
「体が大きな騎士でも、数百人は余裕で剣を振れる。うちが少し誇れる場所かもしれない」
「ああ、確かに凄い」
やはり、最後の砦と呼ばれるだけあると言うものだ。騎士が心置きなく腕を伸ばせるよう、環境は余る程整っている。流石と感嘆する他無い。
「さて、銀何。ここには数々の武器が有る。無論、近衛が使用する銀剣や、他にも、鞭や鉄球……実弾銃何かもあったりする。色々試してみようか、危なくない程度に」
「……分かった、特訓用とかでやってみたいかな」
「勿論さ、怪我をされては問題だからね」
そう言えば、曖昧な記憶だがこの場所に見覚えがある。確かに床は柔らかめの土になっていて足を取られない上に怪我も少なそうだが、鍛錬場の壁には扉が付けられている。恐らく、用具等をしまう小部屋が用意されているのだ。似た様な場所を知っている気がした。
「どうかしたかい?」
「いや……何でもないよ。それより、早速始めてみたいかな」
「ふむ、承知した」
銀何は、やり取りを終えるとそれっぽい扉の側まで行った。烈火が「よく分かったね」と不思議がったのに、少々肝を冷やしたのだった。
「ふう、これはそろそろ掃除時かな。埃が溜まって酷い状態だ、綺麗に保たなければ」
「……やっぱそれっぽいな」
やはり、見れば見る程記憶が蘇る感覚があった。だが、それが結局何なのかは分からない。遠い記憶だ。
「よし、始めよう。まずは――」
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「烈火、つよ!?」
銀何が近接用の武器を色々試している間、烈火は木剣でその相手になっていた。が、銀何は騎士としての才覚が圧倒的だという事を思い知っていた。
「お褒めに預かり光栄だよ、銀何」
銀何に攻撃は加えないように気を付けてくれているみたいだが、銀何の攻撃をスムーズに防いでいた。完全に剣を操る技術は最高度だと思える。
「さて、銀何。次は何を試そうか」
「そろそろ手が疲れてきた……」
「そうか、休憩に――いや、やる気の様だね」
「ああ、もう一回装備庫の中を漁ってみる」
銀何は、駆け足で装備庫に入った。微妙に暗いので周りが見辛いが、端から端まで見て回る。そしてふと、暗がりの中に輝いている様な錯覚を感じる。
「――?」
それを手に取ってみる。古くからずっと使われていない証拠に、埃を全体に被り、変色も酷い。だけど、それが何なのかは形から直ぐ分かった。『銃』だ。
そしてもう一つの異変、その銃がとても手に馴染んだ事だ。
「銀何、何を……む」
烈火が遅れて装備庫に入ってくる。銀何が手にした銃を見ると、困った表情を見せた。
「それは――確か、『正義の銃』だ。でも、もうそれは使えないかもしれないな」
「凄く手に馴染むんだけど……何で使えないの?」
「見ての通り、もうずっと使われていない。と、言うよりね、正しくは誰が使っていたか分からないんだ」
「銘がある程の銃なのに、何故……」
こうやって話している間にも、銀何の意識はこの銃に集中していた。否、集中させられていた。まるでこの銃に呼ばれ、『使え』と言わんばかりに。
「俺、これ使ってみたいな」
「そうか……でも本当に使えるか分からない上に、誤作動や暴発も有り得る。そもそも、実弾銃かどうかすら記録に残っていない。危険を感じたら、すぐ止めて欲しい」
「分かった」
こうして、『使えない銃』を使う特訓が始まった。
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「それじゃあ、先ずは銀何にそれを調べてもらおうかな」
「了解、過去にもこの銃の調査は……」
「一応、隈無く調べたんだ。でも結果は惨めなものだった」
「……俺に、力があるとするなら」
せめて、この銃を使ってあげたい。そう心で強く思い、全体像を見ながら調べ始めた。
特徴から挙げれば、この銃は元々明色だった筈だ。埃等の年月を感じさせる古傷は、銃を黄土色に変えてしまっている。だが、思ったよりも形は分かるし、形が歪んでいたりという事は何一つ無い。
不気味な予想にはなるが、『銃自体は変わらないまま』年月だけが過ぎていった感じが否めない。
「烈火、やっぱりこれ、使えるかも知れない」
「え、本当かい?」
銀何は銃を強く握り直し、目を瞑る。そして心の中で唱える。
『――我が力を、光を、再び彼の神器に捧ぐ』
無意識の内にそう唱えた瞬間、銀何の手の中の銃は輝き出す。
眩しいが、暖かい光。蒼い光。それは明らかにこの銃が発している「鼓動」だった。再び息吹を返し、新たな主を選んだ瞬間。
――『正義の銃』は、在るべき元へ帰ってきた。
「これが……銀何の力……」
烈火が感嘆しているのを横目に、目の前の現状に意識を戻す。
銃は次第にその光を弱め、銀何は眩暈から覚めて銃を見る。銃は薄汚れていた容姿を一変させ、純白の身になっていた。両サイドには、斜めに『赤と青の線』が引かれ、何とも単純で美麗な神器へと化していた。
「今なら、使えるかもしれない」
銀何はそう呟き、壁の方向に銃口を向けて構えた。
銃は通常、中に銃弾を入れ、それを直接加熱して撃つ。だが、今のこの銃には其の『概念』が無い。銃を使う為の主軸が、必須要素が存在しない。
――ならば、創ろう。弾が無いならば、撃てないならば、力を発揮できないならば、その全てを自分の光だけで補い、銃が持つ弾丸を引き出して見せよう。
そうだ、この銃は『極 銀何の銃』なのだから。
再び、銀何の持つ銃が弱く光り出す。銃の中に生まれた光が、近付き集まりながら銃口へ結ぶ。
光は、結われ絡まり、軈て一体化する。創造された『光弾』が、銃に熱されて発射される。
「……。」
放たれた光弾が壁に命中し、当たった場所は穴が空いていた。数百メートルの距離があっても見える位なのだから、それなりに威力はあるのだろう。
最も、それは烈火の目にも見えていた。そも、銀何が銃を蘇らせている所から、紅色の目を見開いて驚いていた様子だった。
「凄い……凄いよ、銀何」
「へへ、まさか出来ると思っていなかったよ」
直後、『正義の銃』は銀何へ譲渡され、無事に銀何の主力武器と戦法が定まったのだった。
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「銀何、きっと『正義の銃』における『弾丸』は、君の『意志』が結晶化したものだ」
烈火は、そう説明した。でも、上辺だけでは少々理解が難しいので聞き返すと。
「『意志』は、自分の戦闘力や、魔素の代用品に化ける。言わば、オールマイティな能力だ」
「つまり、魔法を使えなくても『意志』が強ければ戦えるって事か」
「その通り。銀何の場合はその銃に依存した形になるだろう。『意志』の強さがそのまま原動力……さっき出てきた蒼い光になり、引鉄を引けば発射される。君の『正義の銃』は、『意志』から成る光弾を撃てる武器なんだと思う」
「難しいけど、何となく分かった。俺はこれを唯一使える人間だって事だ」
「恐らく、そうだと思う。『正義の銃』の弾数は、銀何の『意志』が続く限り、無尽蔵って訳だ」
意志が光となり、光が弾と化す。形の無い力を行使できるこの銃は、やはり特別な物らしい。銀何はこれを大切にする事を密かに誓った。
「……団長、銀何さん」
「モクジンさん、今日は」
気付くと、偶然通り掛かったであろう『モクジン』と言う、烈火と銀何を交互に呼んだ騎士が居た。しかし、彼は銀何の警戒人物になっていた。
「……。」
――何故なら、彼は一度、銀何を殺したからだ。
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もう一度、『前世』の振り返りをしよう。『二機目』銀何は、無事に生計を安定させられる流れを踏んでいた。
だが、この城で目覚めてから最初に出会った騎士に剣を向けられた。その騎士というのが『モクジン』と呼ばれる人物だ。
そして、殺されかけた出来事に衝撃を受けて、この城と住まう騎士達を疑い、銀何は城を出ようと逃げ出した。然し、運悪く出入口の警備をしていた『モクジン』がそれを目撃。銀何を頭から敵と見做し、斬った。
この騎士と『モクジン』と言う人物が同一だと分かったのは、『前世』でも烈火が彼をそう呼んだからだ。
「……『守護者』銀何さん。先程の無礼、誠に申し訳ありません。危機への警戒故、どうかお許しを」
「……。」
銀何はというと、一歩下がって烈火の背に半身だけ隠れていた。
「『モクジン』さん。銀何は不安な状態の先に、殺されかけたのですよ。安易には許されない暴挙だ。深く反省を」
「……は」
烈火は背後に隠れる銀何の様子を見て、それから『モクジン』にぴしゃりとそう言った。
落ち着いて考えると、『モクジン』は『前世』でも鉄兜で顔を覆い隠していたので、未だ顔すら見た事が無かったが、今は謝罪する際に兜を外していた。
何本か皺が有り、中年を感じさせる面貌。髪色は、余計な色を交ぜぬ黒。騎士の真面目さを詰め込んだ様な容姿だ。
「ってか……やっぱ烈火は『団長』なんだな」
「意外、かな」
「意外と言うか、ほら、若いからさ」
烈火は、容姿だけで言えば二十代前半。若くして『団長』、この事実そのものに驚くのは自然だろう。
「猛尊 烈火様は、紛う事無き団長でございます。私が尊敬する御方であります」
「お世辞でも有難う。――あ、銀何に彼の紹介をしていなかったね、彼は黙刃。王国騎士団の副団長を務めている」
「は、黙刃と申します。以後もお見知り置……かなくとも結構ですが、宜しくお願い致します」
「……この人、絶対頑固だろ」
銀何は、未だ警戒人物である黙刃をそう評価した。
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「黙刃さんも、特訓ですか?」
「ええ、是非御付き合い下さい」
と、こんな話の流れになり、銀何は、烈火と黙刃の特訓を見学することにした。
「……鍛錬場も使われずに寂しげだ」
「黙刃さん、他の騎士達は?」
「全隊、全員が街の護衛です。私は、仲間の配慮と先程の愚行の罰で謹慎しております」
「成程、確かに内の騎士団は数百名。更に出張で領地外に出向く者もいますからね。二つの問題が重なる今では、本城地に戻る暇も無い」
「仰る通りでございます」
話を聞く限りだと、現在王国は人手不足。多重する護衛任務に少人数を割かなければならない現状、本城地から離れた街に泊まり込みする位だ。猫の手も借りたいと言わんばかりの状況だ。
「さて、実践的な特訓で良いのかな」
「お願い致します」
烈火とモクジンは真剣を持って中央へ集まり、銀何は休憩席に座って見学だ。
やはり、木剣ではなく真剣での特訓となると、見てる方の肝も冷える。それに――、
「久しい剣戟ですね。行きますよ、団長!」
「先手はお譲りします、黙刃さん」
片足を後ろに踏み込むモクジンが構える剣は、銀何を一度殺した凶器その物だから。最も、今の世界ではその事実も掻き消された訳だが。
「うおぉぉ……! はぁっ!」
鬼気迫るかの如く、モクジンが先手を打たんと駆ける。
モクジンの、銀何の身に一度走った一閃が放たれる。だが――
「早い、確かに早く精密な一閃。だけど」
「止めた……!?」
銀何を容易く仕留めた一閃を、烈火は軽く耐えて見せた。
「流石です、団長。では、引き続き行きますよ」
モクジンは、連続で剣閃を繰り出す。烈火は、それを操る様に止める。その工程の、ループ。
「くっ……はぁっ!」
険しい表情で攻撃を続けるモクジン。彼の剣閃は、明らかに力強く感じられる。だが、烈火はそれを受け止め、受け流している余裕の態勢。攻めに徹するモクジンが劣勢と言う、歪な展開。
「……ふむ、僕もそろそろ攻めますか」
烈火が遂に、攻撃を開始する。
モクジンが防御姿勢に移る前に、烈火が一気に距離を詰める。烈火は銀剣を構え、即座に放つ。
横払い、振り上げ、振り下ろし。三方向を支配する三本の剣閃が、モクジンに『同時』に襲い掛かる。
「くぉぉ……! やはり速い、強い!」
「まだ序の口ですよ、はっ」
「一方的にはさせません……!」
烈火の猛襲、モクジンの反撃。剣と剣、鋼と鋼が打ち合う音は暴力的。熱意、戦意の交わり。正しく感情の渦の激突。大波乱。銀何の目には、見た事も無い景色が繰り広げられていた。
「すご、すぎる」
だが、客観的に見れば差は歴然。烈火の飄々たる表情に対し、モクジンは疲労感に頬を歪めていた。
「さて……」
「そろそろ、本番といきますか」
モクジンと烈火がそう呟くと、銀何の肌が逆立つ。空気が冷気を帯びたかの様な、そんな感覚がした。
その原因はどこにあるのか。それは今の状況が全て物語っている。モクジンの周囲が、蒼白い霧に覆われているのだ。こんな変異が起きる事例には、一つは過去に、そしてもう一つは身に覚えがある。
「モクジンさんの個性魔法――『凍気』!」
そう、烈火の言う通り、『魔法』だ。
黒赤軍士が本城地に侵入した時、烈火が撃退する為に使ったのが炎の魔法だ。『魔素』と言う魔法の『種』の様なものを集め、火球を生み出し、相手の近くで爆発させたらしい。意外と惨い方法だ。
魔法の説明は兎も角、モクジンを囲む冷気は段々と彼の持つ剣に纏わり付いてきている。剣は、それに呼応する様に蒼白く光り出す。
「一気に、片をつける――!」
完全に冷気が剣と一体化すると、モクジンは踏み込んで突進した。俯瞰的に見るとその一閃は先程と変わらないものと見えたが、魔法による火力の底上げが行われているので、流石の烈火でも――、
「ふ……っ」
……見事に耐えきった。
「団長、ご存知の通り、魔法を行使した近接戦では持久は困難。目には目、歯には歯。魔法には魔法を使っては?」
「一応……これでも一振り一振りの斬撃に風圧操作を掛けてはいるのだが……黙刃さんがそう言うなら」
銀何には、未だ魔法の事は分からないが、烈火が言う『風圧操作』には心当たりがあった。
先程から烈火の斬撃には違和感があったのだ。彼が振る銀剣の周囲は、奥の景色が歪んでいる。『蜃気楼』に近い状態だろう。温度や風圧の影響で、保たれていた「自然」が曲げられる。
そんな現象を引き起こす『風圧操作』も、威力の底上げを目的とした、烈火の戦法なのだ。
「では、ご覧あれ――龍をも灼く紅蓮の炎を」
再び、空気が怯える。……騎士が生む火焰に。
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桁違い、圧倒的。鍛錬場を――否、宙を埋め尽くす炎は、其れを操る者の技量を表している。高々、剣に冷気を纏わせる程度の魔力では、天と地の差を感じさせられる。
……だが、ここで負ける訳にはいかない。魔力で、技術で劣ったとしても、譲れないものは在る。
黙刃は、誰かを想う。その剣に込める、冷えた愛で。
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「炎と氷、確かに相性は此方が不利ですね。ですが――、」
モクジンは、恐れを知らぬ強気な態度で前進する。剣を渦巻く冷気は、段々とその勢いを強めている。まるで吹き荒れる吹雪の様だ。
「私は、負けません」
そして、戦闘は再開する。火炎と凍気の激突。炎の波は途轍も無く高く、見れば見る程圧倒的だ。だが、モクジンは構わず進む。蒼白に輝く斬撃で炎を受け流し、除けて、避けて行く。
「どっちも、凄い……」
銀何は、感心する他ない状態だ。と言うより、この規格外の戦闘に圧倒されているのだ。
「……ん? あれ?」
そこで、一つ疑問に思う。烈火の魔法についてだ。
烈火が操る巨大な炎は、明らかに見る者を驚愕させるものだ。だが、魔法で創られた冷気を武器に活かすモクジンに対し、烈火は牽制する様に熱波を放っている。
「燃費が、悪いとか?」
『燃費』等と言えど、使ってる物が火その物なのだから、元から燃えている。
第一、魔法を使う者の事情は理解していない為、詳しい事は分からない。後で烈火に聞いておこう。
そうこう考察を広げている内に、烈火の放つ炎魔法がモクジンをどんどん追い詰めていく様に意識を戻された。
「ぐぅぅ……!」
「そろそろ、止めです!」
烈火が剣を高く振り上げる。すると、その場を覆っていた炎が剣に従い、生きているかの様に宙へ舞い、揺らめく。
「――豪火」
炎は、その熱をより高めながら放出される。烈火が短く詠唱した直後、火炎はモクジンを焼き焦がさんと猛襲する。
「凍気斬!!」
然しモクジンにも負ける気は無かった。最大限まで魔力を高め、剣に宿らせる冷気は吹き荒れ、渦巻く。大気はその暴威に圧され、怯える様に感じられた。
鋭く光る一閃が、炎を掻き分けながら迸った。
炎と氷の激突、その威力は地を割りかねないものだった。銀何の座る見学席にも爆風は届き、先程のデジャビュを覚えた。だが、段々と激突の中心の光が力を失い、弱まっていくのが分かった。
冷気は既に消え、そこには火花が散るのみだった。
「……。」
勝者は、烈火。地に伏せるモクジンの姿を見て、戦闘の決着を認識した。
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「特訓」と言っていた筈のこの戦闘が、思ったよりも規格外過ぎて、銀何は相当恐れをなしていた。この二人は怒らせてはならない、と。
感想はそんな感じだが、現在は休憩室に居る。鍛錬場の近くにある古部屋だ。木製のベッドや、椅子とテーブルがぱらぱらと置いてある。
先程の戦闘で倒れた重装備のモクジンを、軽々と肩に背負いここまで運んだ烈火に声も出ない。モクジンは意識が朦朧としている様なので、一先ずベッドに寝かせている。
「銀何、黙刃さんの事は任せていいかな。済まない、この後は少々仕事が入っていてね」
烈火は若くして『騎士団長』。仕事が立て込むのも納得だ。逆に労ってやらねば。
「団長は大変だな……うん、こっちは任せてくれ、烈火も頑張って」
「有難う」
そうやり取りを交わし、烈火は休憩室を出た。さて、これからどうしたものやら。
気は引けるが、モクジンの様子を見る。あれだけ激しい戦いだったのだから外傷も多いのかと思ったが、どうやら、大丈夫な様だ。……それどころか、火傷一つ無いという事実が、烈火の技量の恐怖度を物語っていた。
「……うっ」
烈火の剣を振る姿や炎を操る姿を思い出そうとしていた所に、直ぐそこから唸り声が聞こえた。モクジンが起きようとしているのだろうか。
「……こ、こは」
「…………休憩室です」
「銀何さん、いて下さったのですか。何と……申し訳有りません」
「いえいえ、気にしないで下さい」
初めてモクジンと会った時は、相手が多少過剰な警戒だったとは言え、結局は互いに警戒し合っていたに違いない。落ち着いて考えれば、そう思う事も直ぐできた筈なのだ。
「団長は、無事に戻られましたか」
「あ、はい。ついさっき出て行きました」
「――そうですか、良かったです」
短く会話し、再び沈黙する。これを何度か続ける事となった。中々に精神力が削がれるものである。
「……それにしても、先程は情けないざまを見せてしまいましたな」
「いえ、とんでもないじゃないですか。烈火も、モクジンさんも、俺からしたら滅茶苦茶強いです」
「……そうですか」
「あんまり、褒め言葉になってなかったですかね」
「いえ、十分でございます」
先程の戦闘が規格外なものだったのは間違いない。と言うか、どこが『特訓』だと文句の一つも言いたい位だ。
「銀何さんは、『守護者』ですか」
「は、はい、そうらしいです」
「……ふむ」
反応が人を疑うそれだ。でも無理もない。銀何は、自らの能力どころか、何も知らぬ状態で推薦された守護者なのだから。
「……やっぱ、無理、ありますよね」
「いえ、その様な事は決して。あの団長が推薦されたのです。きっと、貴方にも何か輝くものが在るのでしょう」
「そ、そうですかね……あ、そう言えば」
銀何はふと気付いて、懐から銃を取り出す。
「それは……!?」
「ご存知ですか? 『正義の銃』と呼ばれる物らしいです。俺が何か触ってたら、気付かぬ内に色が変わって……」
「やっと、やっと主が現れたのですか」
「え?」
モクジンがこの銃を見て、烈火以上に驚愕している。印象と対照すれば意外も意外と言えるが、何かを知っている様子だ。銀何は聞き返す。
「『主』って何ですか? モクジンは何かこの銃の事を」
「……ええ。この『正義の銃』は、私が中心城地に来て数年後に知った物です。丁度、妻と若くして子供を授かった頃だったと思います」
「結構前から有ったかもしれないんですね」
「そうですね、それも不思議なのが……いきなり現れた、と言う噂が染み付いているのです」
「この城に、ですか?」
「私も場所までは分かりませんが、この銃の解析する話になった時に、初めて見た者がそう言っておりました」
この銃が現れたのは、少なくともモクジンの先輩格の人間が現役騎士だった年代だろう。すると、数十年と言った所だろうか。
「なるほど、元から不思議な銃だったんですね」
「そう言えば……『気付かぬ内』と仰っていましたが、一体どの様にこの銃は」
「あ、本当に不思議だったんです。俺が色々触ってて、何か口走ったのかな……それで銃が突然蒼く光り出して」
「それで、結果として姿を変えた後に、純白と」
「はい。……え? 元から汚れてたんですか」
「恐らくはそうです。銃を見つけた者も詳しくは覚えてませんでしたが、私が知っている限りは汚れている様でした」
「へえ……」
成る可くして、成った姿だと言うのか。銃が選んだ新たな主が、銀何だと。ならば、事情は知らぬとも烈火の譲渡なら問題は無い。
「俺、頑張ろうと思います」
「微力ながら応援しております。……銀何さん、守護者の任は一般人にはとても重いものだと思います。ですが、近衛騎士副団長として力になれればとも思います。どうか、思い詰めずに」
「……。」
思わず黙ってしまった。それもそうだ。一回命を奪われた相手で、警戒の色は未だ落ちない。
だが、命を軽んじて除けたのなら、こうは考えられないだろうか。モクジンは、この頑固な人は、その性格故に騎士道を全うしているのだと。
疑わしきは罰に値する。当然の事だ。今、銀何が寝泊まりさせて貰っている場所は王国の中枢なのだ。万が一や億が一にしても傷付けられる訳にはいかない『最後の砦』なのだから。
ならばこの人は、真面なだけなんだ。余計な程に、一人の女性に愛されてしまう程に。
お人好しだろうか? でも、疑いたくないのだ。
「……ごめん、なさい」
「何故、謝られるのです」
「俺、モクジンさんの事、勘違いしてました。殺されかけたのも事実で、怖かったのも事実で、でも」
「……。」
「モクジンさんは、オーバーな真面騎士だった」
「いえ、私は褒められた様な者ではない。それに、一筋に騎士道を歩める様な者でもないのです。愛に、身を捧げ、そして今も――囚われている」
一体、何を言っているのだろうか。モクジンにも、妻や子が居る。愛に身を捧げるのは、逆に美しい理想像ではないのか。それに、『囚われている』?
「銀何さん、一つ聞いていただきたい与太話がございます――私の娘の」
「え?」
「――黒赤、椿の事です」
本編に頭使いすぎて前後書きがネタ切れです(泣)
「血色の刃と凍った銀剣」