6.満を持してメインヒロインが登場する話
もう一度言う。
かわいい。
若い娘さん。同年代、ぐらいか。もしかしたら下かも知れない。かわいい。え、マジでめっちゃかわいい。
「これ、見てください」
彼女はそう言って半透明の四角い何か――空中投影ディスプレイ、もしくはステータスウィンドウのようなものを班長さんに差し出した。かわいい。
そしてかわいい。
一言でいうならロシア系美少女。
エメラルドの瞳とシルバーブロンドが妖精的にかわいい。お団子にちょこんと結われた髪型がかわいい。他の皆さんとお揃いの制服が心もちだぼっとしててかわいい。左の足首にだけついてる金色のアンクレットが足枷っぽく見えて背徳感がかわいい。あとおっぱい大きい。
ヤバい。逆にかわいくないところがどこにもない。なにこの子。天使なの? 妖精なの? それともメインヒロインなの?
「なんだ。……なんだ?」
「対象の基礎情報、なんですけど……変ですよね?」
え、情報? 俺の? ステータス? それは無いんじゃなかったっけ。鑑定魔法かな? あ、読める。
名前に年齢性別出身地、生年月日その他。ステータスってゆーかプロフィールだな。
言語理解のおかげだろうけど……おかしくね? 距離的にちょっと厳しいのもあるし、この位置関係なら裏側から見てることになるはずなのに、鏡文字になってるわけでもない。なんでだろう。言語理解と魔法適正の合わせ技? それっぽい。いやでもそうなると魔法陣の方が読めない理由がわからなくなるよな。
わからなくても別にいいかな。読めるもんは読める読めないもんは読めない。それでいいや、今は。
「なにこれ、メチャクチャじゃん。アナちゃん術式ミスった?」
アナちゃん! 名前もかわいい!
「そんなわけっ。今さら間違えませんよ」
むくれた顔もかわいい。好き。違う。落ち着け俺。色ボケてる場合じゃない。
えーっと、別に普通に表示されてるぽっぽいけど。異世界視点ではってこと?
「ササモト・ユキアキ……これが名前か?」
ええ、はい。実はそんな名前でした。
「姓はどっちだ。下に並んでいる妙な記号はなんだ」
「見たことないっすね。出身地のところと、下の方にも似たようなのが……んー、オノコ文字に似てなくも……いや……?」
あー。それ漢字です。漢字とフリガナ。そっか、日本ぐらいか、この手の表記って。
一番下に並んでるのは、言語理解、魔法適正、成長限界解除、完全記憶能力。スキルだ。別に疑ってなかったけどしっかり載ってるのを見ると安心できるね。
「名前なんかよりこっちです。ほら見てください、この生年月日のところ」
「む……2001.10.31……?」
あ、はい。ミレニアムベイビーってやつです。同級生の八割がそうだけど。
そんでハロウィン生まれです。昔は別に全然だったのに最近はよく「へぇ」って言われます。
「え? マジでこれ? なんか別の数字じゃないの?」
「気持ちはわかりますけど、じゃあなんの数字だっていうんですか。一〇月っていうのが琥珀月のことだとしても、こんな表記は見たことありませんし。そもそも一ヶ月は三〇日までしかないじゃないですか。それに二〇〇〇年って、このひと何歳なんだってハナシに……いえ違いますね。そういう問題じゃなくて……とにかくわけがわかりません。どう理解すればいいんですか、こんなの」
こんなのとか言われちゃったよかわいいなチクショウ。戸惑った顔もかわい。
でもそっかー。やっぱそこ引っかかっちゃいますかー。
まぁね? 確かにね? 二〇〇〇年も続いてる王朝なんて地球全体で見ても我らがニッポン以外に存在しなかったっていうか二〇〇一年てそれ西暦だったわ。日本関係なかったわ。うわ恥っず。
「十八歳、男性。ここは普通っすね。でもそうすると……こいつは二〇一九年からやってきたってことに?」
「この時代からさらに四〇〇〇年以上も前じゃないか。有り得ん。何かの偽装だろう」
えっ。四〇〇〇、えっ。
それって今ってナントカ暦六〇〇〇年代とかってこと? そんなに長い暦なんてあるの? すげぇな異世界。
「で、でも、だって。シゲさん」
はいかわいい。
じゃなくてシゲさん。そういやさっきも言ってたけど班長さんの名前かそれ。なんでそんな日本にもありがちな感じなんだよ。町工場のおやっさんかよ。ってか他の人たちは班長って言ってるのにこの子だけは名前呼びとかあざとい。実にあざとい。俺もユキくんとか呼んでくれ。
それに比べてシゲさん、あんたはアレだぞ。任務中は班長と呼べとかちゃんと言えよ。お約束がわかってねぇな。
「魂に刻まれた情報ですよ。偽装するなんて不可能です」
「いやでもだったらさ、総合すると――現代に近いレベルの文明を築いてて、まったく独自の文字や暦を使ってた国が二十一竜紀にあって、アイツはそこから順行跳躍してきたってことだよ? ないない。やっぱバグだってこれ」
「そうだ。そうであるなら星霊様が知らないわけがない。であればそもそも我々が派遣されるはずもない」
おいコラてめーら。アナちゃんいじめてんじゃねーぞこら。
ってか二十一竜紀って。竜って。ドラゴン歴じゃねえか。そりゃ長いわそんなもん。勝てるか。
「じゃあ……本当に異世界から来た人なんじゃ……」
せいかい!
アナちゃん正解! 大正解! 大正義! さすが俺のメインヒロイン! もう結婚しようぜ!
「それこそ有り得ん。別の世界など……偽装に決まっている」
「でも」
「聞け、アナルトレ」
アナ――
あなっ!?
「詐欺師のやり口だ。異文化の出だと偽ることで言動の不自然さを誤魔化そうとする、常套手段だ。それに魂の偽装など確かにできるわけがないが、そう見せかけるだけなら方法はあっておかしくない。絶対的な防壁がくだらん手品で破られた例などいくらでもある。惑わされるな」
「はい……」
え、アナちゃん、え。名前、それ? ウッソだろおい。いくら異世界でも女の子にそれはねーだろ。
「ってゆーか言葉が通じてるじゃん。翻訳魔法ってあるけど、あれは術者が両方の言語をちゃんと理解してないとかけられないやつだって、知ってるっしょ」
「そもそも奴が何者かなどということは関係ないんだ。異世界人だろうが古代人だろうが宇宙人だろうが、この時代の異分子であることに変わりはない。我々はただ捕まえるだけだ。戯言に付き合うのは法務局の連中に任せておけばいい」
「……わかりました。申し訳ありません」
あ、あ。アナちゃん。アナルちゃん? いやアナちゃん。泣かないで。泣いてないか。
ちょっと待って。ここへきて最大級の衝撃にちょっと頭が追い付かない。なんかさらっと大事な設定が出てきた気もするけど、あかん。わからん。ちょっと待って。
「よし。カカギ、拘束具の用意。ヌライメ、いつまでかかっている。さっさと落とせ」
「はーい了解」
「……班長」
「どうした」
「……無理です」
「なんだと?」
「この人、変です……! いくら吸っても魔力が減りません!」
おん?
「なに……? ――おい貴様! 何をやっている!」
「へ!? 俺!?」
「何かをしているのならすぐにやめろ! 無駄な抵抗はするな!」
「そん、言われても……俺は何も、特には」
だよな? だよ。さっきからずっと無抵抗だよ。だよだよ。
「チッ……! 総員警戒! ルジとスウェイトはヌライメの補佐だ!」
なんか知らんが急に焦りだし、素早く指示を飛ばす班長さん。そして手にした武器をこっちに向けて……って、えええ!?
「炎よ!」
「嘘だろおい!?」
とっさに目を閉じ身構え――られない。触手が邪魔だ。
死んだわこれ。ちくしょう短い異世界生活だった。短いってかゼロだった。ゼロのまま終わった。シロクマとペンギンにしときゃよかった。両方の能力を併せ持つハイブリッドペンクマ人間として大活躍する未来もあったのに。あったのか。いいなぁそれ。
そこまで考えて、気が付いた。
生きてる。
熱くない。ちょっとむわっとする程度で……
「なん……あーっ!!」
目を開けて、見回して、見た。カバンが消し炭になっていた。
「……暴発はなし、か」
「トラップじゃなかった……?」
野郎二人が何か言ってるけど、馬鹿じゃねーの馬鹿じゃねーの何してくれてんだよ! スマホ復活計画とか台無しじゃねーか! お茶も一口しか飲んでねーんだぞ! 食いモンの恨み、飴玉! あーもう!
「あ、あ、あう……!」
「反応も完全に素人だし……なんなんだコイツ?」
「わからん。とにかく警戒は怠るな」
あー、もー……ダメだ。完全に疑ってかかってる。
どうにかして、せめて悪意がないってことだけでもわかってもらえないもんか。連中の方針まではどうしようもないにしても、心象さえ改善できれば扱いがいくらか良くなってくれると思うんだけども。
このままバンザイし続けてても……いやそれが一番か? 余計なことはしない方が。だとしてもいつまで続けりゃいいんだよ。
「ヌライメ、そっちはどうだ」
「いえ、まだぜんぜん……かなりかかりそうです」
かかるんですってよ奥さん。何のことか知らんけど。
うーん。両手は触手に支えられてるし、地面、ってゆーか下は柔らかいから膝もそんなに痛くはない。魔法陣の効果かな、これ。
そういえば、カバンは消し炭になってるのに、下草はコゲてすらいないな。保護されてる? 過去の環境に与える影響をできる限り少なくするための措置、みたいな。引っ越しのときの養生と同じで。同じか?
いや、そんなことを考えてる場合じゃない。今は……
「……」
「……」
「……」
めっちゃ膠着状態だし。
なんか時間かかるっぽいし。暇つぶししててもいいのかも。アナちゃん眺めて癒されてよう。
いやいや。それにしたってもっとこう、アレだ。どうせならもっと有効的な時間の使い方をだね。連中の緊張感だっていつまでも続かないだろうし。
って、なんか変に余裕あるな、俺。なんでこいつらにまで気を遣ってんだよこの状況で。変っていうか不自然なレベルだ。
神様が言ってたメンタルの強さって、こういうことなのかな。ちょっとだけ実感できた気がする。いつの間にか触手の気持ち悪さもあんまり気にならなくなってるし……あ。
触手。
ピンときた。
『いつまでかかっている。さっさと落とせ』
『無理です、いくら吸っても魔力が減りません――』
さっきの彼らの遣り取り。
うん、間違いない。この触手と檻の魔法陣、拘束と同時に俺の、魔力? を吸い取ってるんだ。もしくは無理矢理に消費させてる。それでMP切れからの昏倒を狙ってるんじゃないだろうか。
地球人の俺に魔力があるのかってハナシだけど、この世界の人たちに普通にあるものなんだったら、あるんだろう。この身体は元からのじゃなくて神様が再構築したものだし、そのぐらい仕込んどいてくれても不思議はない。というか、現地人と基本的に同じ身体になるって言ってたしな。たぶん子供を作ったりとかもできるんだろう。相手はアナちゃんがいいな。DNA検査なんかされても異世界人とは気付かれないに違いない。
信じてもらえる要素がまた一つ減ったな。なんかもうことごとくが裏目だよ。
普通の人よりだいぶ多いっぽいみたいな点については……サービスかなぁ。どうせならその方がいいだろ的な。それで困ることもないだろうみたいな。
今まさに困らされてるけどな!
脱線した。
ともかく、この魔法陣が俺の魔力を吸い取っているなら、そして今がその完了待ちなんだとしたら……ひょっとして俺の方から手を貸すことができるんじゃないか? こう、積極的に魔力を放出することで。
さっきからずっといじくられてる、体内なんだけど手の届かない四次元的なポジションにある何か。これがきっと魔力だ。なんとなくそろそろ動かせそうな気がする。ゲーム的にいうと魔力操作のスキルが芽生えた気が。
いや、わかってる。これはフラグだ。とても危険なフラグだ。
そんなこといって調子に乗って素人がうかつに手を出すと暴発したりするんだ。知ってる。
だから慎重にやる。
そして失敗した。
パチューン。
バリーン。
「きゃあっ!!」「うわああっ!!」
弾け飛ぶ触手。
砕け散る障壁。
悲鳴を上げる黒服さんたち。
「おぅふ……」
ちゃうねん。
いやホントに。
本当に慎重にやったんだよ! 爺ちゃんが大事にしてたクッソ高いビンテージのレコードに針を乗せるときぐらいのつもりでそーっとやったんだよ! やらせてもらったことないけど!
でもなんかこう、さ。レコードだと思ったら風船だった、みたいな。
はい。ごめんなさい。
「ヌリちゃん! どうしたのこれ!」
「わ、わかりません! 急に――」
大混乱。
とまでは行かないまでも、明らかに浮足立った彼らの中にあって、班長さんの判断はさすがに迅速だった。
「落ち着け貴様ら! 奴を撃て!」
迅速すぎるわ!
「班長!? いいんすか!?」
「構わん!」
構って!?
「わ、りょ、了解! 総員構え! ――斉射!」
そして放たれる魔法弾。
きっと精鋭部隊なんだろう。ほんの短い時間で混乱から立ち直った彼らはそれぞれ防御魔法っぽいものを展開しつつ射撃姿勢を整え、号令に合わせて一斉に武器を構え、その攻撃力を解き放った。
火球。水弾。風刃。石槍。雷撃。
さまざまな形態をとった死が迫る。そして全て掻き消える。
「なっ……!?」
あっれえ?
「……」
「……」
「相殺した、だと……?」
あー。
はい、そんな感じですね。まだ魔力が漏れっぱなしになってて、それと打ち消しあったみたいですわ。感覚的にわかっちゃった。
やっべぇ。
あれ? やばいかな。どうだろ。さっきから急展開過ぎて心がついてこない。身体の方もなんかダルい。魔力を使いすぎたのかな。だったら結果オーライか?
「くっ……怯むな! 撃ち続けろ! 特殺術式用意、急げ!」
あかん。
なんか物騒な単語が聞こえた。ここで倒れたら死ぬ。
とにかく今はとりあえず、そう。魔力の漏出をなんとかしよう。
あーもーこんなに散っちゃって。戻っといで戻っといで。神様に俺の中にいるように言われたでしょ。いやごめんテキトー言った。でもとにかくお前らがダダ漏れのままだと困るのよ。いいから戻ってこい! 来んしゃい! はい集合!
うわマジで戻ってきた。
よーし偉いぞーってちょい待ち。待ちってば。そこで止まって。そう。中にまで戻らない。今も絶賛撃たれ中だからね。周りにとどまって盾になるんだよ。そうだ俺の身代わりになって散れ! あ、ごめんウソウソウソ。ちょっと調子乗りました。ごめん。待って、ステイ。
……よし。よしよしよし。いい感じにまとまってきたね。これなら大丈夫かな。なんかやればやるだけ操りやすくなる感じ。
さて。
どうしよう。
とりあえずいくら撃たれても大丈夫な感じになったけど、代わりに黒服さんたちが絶望的な表情になってる。やりすぎたかな。やべえ。そんな顔でもアナちゃんは可愛い。やべえ。
「馬鹿な……」
「あの輝き、竜気……?」
「嘘だろ……?」
ん、はい? 竜気? ドラゴンオーラ?
なんだろう、この、魔力を全身にまとってる状態が、黒服さんたち的にはなんかヤバいのかな。変なところだけ異世界テンプレ踏襲しやがってよぉ。
「は、班長」
「どうすれば」
「逃げましょう」
「ふざけるな」
「まじめです」
「なお悪い」
「でもだって」
なんだその無駄にリズミカルな。
ではなく。
なんていうか、くそ。ちゃんと考えなきゃいけないのに頭が上手く働かない。アナちゃんに逃げようとか言われたのも地味にショックだ。君にだけはそんなふうに怖がられとうなかった。怖くないから逃げないで。他はいいけど君だけは逃げないで。むしろ俺が逃げたい。一緒に逃げよう。
でもなく!
ああもうそんなこといってる場合じゃないだろマジでホントに脱線しすぎ何度目だ。現実逃避ばっかしてる場合じゃないだろう。
とにかくどうにか、どうにかしないと。でもオーラ引っ込めた瞬間に撃たれちゃかなわんし。先に言葉で、逆らわないから乱暴しないでってちゃんと説得して、それから――
「班長! あれを!」
今度はなんだよ!
「今度はなんだ!」
気が合うなシゲさん。
「姉月の方から!」
黒服の一人が指差した先の空には、月があった。双子月の片割れ。姉妹なのか。いいセンスしてんな。ってかあれ竜じゃね?
……ん?
え?
竜。
うん?
えっと……どうやら姉の方であるらしい、やや大きい方の月の傍らに、何かある。
何かっていうか。あるっていうか、いるっていうか。
来るっていうか。
つまり要するに見たままを説明するなら……視線を向けるとまず小さな影がぽつんと見えて。眩しさをこらえて目を細め、るまでもなく影は見る間に大きくなって――巨大な翼がはためき、風が吹き抜けた。
マジで竜だ。
ドラゴンだよおい。