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5.この世界の魔法とか、あと国とか法律とかの話



 つらつらと考えているうちにヌライメさんの詠唱が終わったようだ。障壁が消滅、ではなく変化した。中心にいる俺から見て真横、三時と九時のあたりからそれぞれ二本ずつ、太い線が伸びてきて、両の手首と足首に巻きついた。

 まさかの触手プレイ……なんていってる場合じゃねえ!


 なんだこれ! 気持ち悪い!


 身体の……なんだ。わからん。

 内側というか奥の方というか、とにかく手も目も届かない部分が、なんていうか、こう、なんだ。わからん。どう表現すればいいんだこんなもん。

 痛くはない。熱くも冷たくもない。強いていうなら異物感だが、それもなんかちょっと違う。とにかくただただキモチワルイ。

 直接触られてるはずの手足が逆になんともない辺りがさらに不気味で気色悪い。


「なん、だよ、コレ……」


 思わずうめいて……やべ。しゃべっちゃった。

 焦って周囲をうかがうが、隊長さんもその他の連中も特に気にした様子はなかった。むしろ先ほどまでより空気が和らいでいる感じすらある。安堵のため息をもらしてたり、ふぅやれやれと言わんばかりに手の甲でアゴをぬぐってるヤツもいる。ヌライメさんも一仕事終えた表情だ。


 なんとなくわかった。この触手はつまり、さっきチラっと考えた魔封じの枷なのだろう。

 そう思ってみると、何かが押さえつけられているような、もしくは吸い取られているような感じがしないでもない。何かっていうか、さっき一人で少し試してみたときの微かな違和感、あれの元がたぶんこれなんだと思う。


 なるほど、こんな奇妙としか言いようのない感覚は、これまでのそう長くもない人生の中でもまったく未知の、想像すらしたことのない方向性にあるものだ。自力じゃ何も掴めないわけだよ。

 最初に魂だけで宇宙に放り出されたときの、しゃべってるんだけど声は出てないみたいなあの感じが、近いといえば近いけど、やっぱり少し違うかな。


 っていうか我ながら意外と余裕があるな。刺激の強さそのものは実は大したことがないのか。考えごとをしていれば紛れてしまうぐらいの。

 ああでも、クソ。気持ち悪いものは気持ち悪い。

 例えるなら、首筋とか脇腹とかの敏感な部分に、よく知らんヤツの指先がずっと触れているような感じ。地味に拷問じゃねーか。

 あとそれとこの魔法陣もさ、この色やめない? 赤って。相手を無駄に刺激ちゃうじゃん。実際めっちゃ落ち着かないし。青とかにしようよ。


 心の中でぼやいていると、隊長さんが寄ってきた。彼も、まだバリバリに警戒したままではあるけど、明らかにさっきまでよりはマシになっている。さっきまでのような殺気立った雰囲気は消えている。さっきの殺気。なんつって。

 いやまあだからと言って隙をついてどうこうとかはしないけど。


「……あの、もうしゃべっても?」

「フン」


 鼻息ひとつ。

 あかんわこれ。自分の信念以外何も信じてないタイプだわ。こんな人を相手に俺みたいなのが交渉とか、そういうの無理ゲーっつーんだよ。


 ってゆーか魔封じで正解臭いな。これを()めるまでしゃべらせなかったのは、呪文の詠唱を警戒してのことと見て間違いないだろう。詠唱必須か。誰かに習わなきゃどうにもならんわけだ。そして教えてもらえる見込みは限りなくゼロに近いわけだ。現実って儚い。


「構わんが、下手な言い訳はためにならんぞ」


 俺のためとか一切考えてなさそうですけどねあなた。

 そんな雰囲気のまま隊長さんは言葉を続ける。


「この場での遣り取りは全て記録され、裁判の際に資料として参照される場合がある。貴様には黙秘権がある。ただし第二等級以上の犯罪の現行犯であるため、第二レベルまでの個人情報は強制的に接収される。これは外部に公開されることはないが、我々の管理下で無期限に保管され、捜査資料として利用されることがある。また貴様には弁護士を呼ぶ権利が与えられる。ただしこの場に同行してはいないため。元の時代に強制送還して以降のこととなる。次に――」


 まさかのミランダ警告。ちょっと違うけど。異世界で聞かされることになろうとは。

 だが、これは朗報だ。

 こういうことを言うってことは、連中が犯罪容疑者の人権を認めているということだ。つまりすぐに殺されるというパターンはなくなった。なくなったよね?

 興味なさげに言葉を並べる隊長さんを他所(よそ)に、考える。


 ここからだ。

 ここからの説明、説得次第で俺の残りの人生が決まる。ちくしょう神様の付き添い断るんじゃなかった。トークには自信ないっつってんだろうがバカヤロめ。しかも相手は外人さんだしよう。

 いやまぁ言葉が通じるってのはわかってるんだけど、どうにも苦手意識ってやつがね。


 くそぅ、本の中の転移者はみんな普通に話してたから気付かなかった。考えてみれば中世ヨーロッパ風世界だもんな。そりゃ出会う相手もヨーロッパ風に決まってるよな。だからといって和風ファンタジーってのもなんか微妙だし、そもそも今さら言っても始まらない。

 そうだよ、とにかくやるしかないんだ。話が途切れたところを見計らって声をかける。


「すみません、あの――」

「カカギ、拘束の――」

「……」

「……」


 途切れてなかった。


「減点一。官務遂行妨害を追加だ」


 おいいいい!


「待って! 違う! 聞いてくれ! ください!」

「やかましいぞ。抵抗の意思ありとして射殺されたいか」


 取りつく島もねえ。


「どうやら事の重大さを理解していないようだな。――カカギ、読み上げてやれ」

「はい班長」


 若い男が進み出た。

 短く刈り込んだ赤毛。タレ気味の目元がなんかチャラい。

 カカギ。この感じ、やっぱり名前か。そして隊長じゃなくて班長さんだったか。どうでもええわ。


「星霊端末からの提言に基づく、俺たち……失礼。我々の介入をナシと仮定した場合の被疑者の行動予測を述べます。

 一日目。エンリバラ西平原にて原生生物の不法採取、ならびに密猟、複数回。焚火による小規模環境破壊一回。

 二日目。ニリの町への不法侵入。現地住民との接触複数」


 あ、ちゃんと着けるんだ。けど一晩経ってるな。やっぱ方向が違ったか。

 それにしても不法だの破壊だのって。


「三日目。同住民との接触多数。採取物ならびに密輸製品の不法売買により金銭を得る。自由兵連合協会への加盟。協会員二名に対し暴行、ただしこれは一応正当防衛の範疇に入る。

 四日目。同町周辺の草原ならびに森林部にて密猟ならびに不法採取活動。未達技術の供与により人心を懐柔。五日目、六日目もほぼ同様、と」

「やりたい放題だな」


 言い方。ちょっと言い方。

 自由兵なんたらって要するに冒険者ギルド的なアレだろう。で、登録しようとして絡まれて、どうやってか返り討ちにして。そんで薬草採取とか狩りとかして、町では現代技術を教えたりして何日か過ごした、と。ありがちな異世界生活がまるでタチの悪い侵略行為みたいじゃねえか。あんたら視点ではそうなんだろうけど。

 てか転移者ムーブしてんなぁ俺。……できるはずだったんだなぁ俺。泣けてくる。


「以下、原生生物の密猟、殺害、採取多数。未達技術の供与、流布多数。選別的人命救助多数」


 選別的人命救助!

 すげぇな、一言足すだけで人道がド外道に早変わりだ。具体的に何やったんだよ俺。


「特筆すべきは、このあたりっすね。エンリバラ王国第二王女、アルクテルカ・コウ・ドケイル・エンリバライエの暗殺を阻止。セバスチャン盗賊団を討滅。ヨート・ムラセイ、通称『空飛ぶ剃刀』を捕縛。……こりゃひどい」

「なんてことを……」


 後半苦笑いになったカカギさんと、おののくヌライメさん。

 その他の皆さんもざわついてるし、隊長改め班長さんはめっちゃキレてる。


「貴様、何を笑っている!」


 いえあの、セバスチャンってところが少しツボに。

 なに盗賊やってんだよ大人しく執事やってろよ。


「セバスチャン盗賊団は翡翠月革命の中核を担った連中であるし、アルッカがここで殺されなければ革命がそもそも起こらん! 初学部で習うところだぞ! ニドケイルの成り立ちそのものを潰す気か! それに伝説の殺人鬼の正体がこんな時点で明るみになってみろ! 後の世の創作にどれほどの影響が出ることか!」

「あと、デンキン・ヌリスベトはニドクアの生まれっすからね。下手をしなくても人工精霊の誕生が数百年は遅れる」


 わかる、わかります。

 いや実際はちんぷんかんぷんなんですが。特に固有名詞に関しては。けどニュアンスはわかるます。

 地球の歴史でいえば、フランス革命が起こらなかったりノイマンが抹殺されてコンピューターが作られなかったりしたら、みたいな話なんでしょ? それが俺のせいなんてことになったら、腹を切って済む問題じゃない。切り裂きジャックも影響でかいよね。わかるよ。

 でもね。


「だから、あの。違くて。俺、ぼくは、あの」

「なんだ。言いたいことがあるなら言ってみろ」

「はい。アレです。俺、違います。この世界の、未来から、来たとかじゃない、ないです」


 そこ割と重要だと思うんだ。噛みすぎだけど。


「ハッ。何を言うかと思えば、馬鹿馬鹿しい。その服! 靴! カバン! どう見てもこの時代のものではないだろうが!」


 確かにそうですけど! カバンはナイロン製ですけども!

 あーもおおおお! 回らないこの舌が恨めしい!


「だから! 異世界なんです! 異世界!」

「……ああ?」


 お。

 勢いが止まった。チャンスか!


「そうです! 異世界転移。俺はこことはべ、別の世界から来てて! 神様、みたいなのに、同じような人に殺されて、そのお礼、じゃないお詫び! お詫びにその代わりとして――だからつまり俺は異世界人なんです! 未来人じゃないんです!」


 よっしゃ言えた! 噛みっ噛みだよもう!

 でも言えたぞ! どうだ!


「……」


 どうだっつってんだろ!


「……なるほど」


 お?


「カカギ、罪状に局官侮辱罪を追加だ」


 だと思ったよちきしょう!


「はーい。偽証罪と合わせて減点三っすね」

「待って! 証拠! 証拠っ、あります! カバンに! 中に! 日本語っ、異世界の言語で書いてある本がいくつか! 見て! 見てくだされば!」

「テロリストの魔道書なんぞ誰が見るか」


 ただの教科書だよ! お役所臭とファンタジー臭を同時に出すなよ!


「トラップによる間接的な魔法攻撃、っすかねこれ。減点四?」


 その減点方式もやめろよ! 怖いんだよ!


「シゲさん、あの……」


 っと、なんか別の人が入ってきた。

 シゲさん? ってゆーか。


 かわいい。






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