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4.冒険が始められない話



 夢から覚めたような感覚。

 数瞬の自失。

 吹き抜ける風にほほをなでられて、俺は我に返った。


「……おお……」


 周囲は草原。

 空は快晴。

 気温は、特に暑くも寒くもない。

 記憶はしっかりしている。異世界に来たのだ。


 そのことが疑わしく思えてしまうほどのどかな風景だったが、空をよく眺めてみるとそれも解消された。

 太陽の他に、月が二つ。

 イメージ通りだ。


「よし……それじゃあ」


 どうしよう。

 腰に手を当てて周囲を見渡す。草原だ。森や山などの遮蔽(しゃへい)物は別にないけど、地面には(ゆる)やかな起伏があるようで、あまり遠くまでは見通せない。

 どうしよう。

 最寄りの町までは歩いて半日。それは確かなはずなんだが……


 どちらへ向かって歩けばいいのかわからない……!


「……マジかよ俺」


 しくじった。アホか。草原じゃなく街道とかにしてもらえばよかった。

 いや、だが、しかし。

 周囲に危険なモンスターはいないはず。ならば安全。少なくともそれだけは確かだ。神様を信じる。


 遭難時の……遭難か。遭難だよな、これ。うん。認めがたいけど認めよう。

 遭難時のセオリーそのいち、安全の確保。これはできたと見ていい。

 なら次は……持ち物の確認だ。


 服装は事故当時のまま。カバンも持っている。中身は大学の教科書とノートと……お! 緑茶のペットボトル! 封は開いているけどほとんど飲んでいない。やったぜ。

 飴の袋もあった。そういや常備してたっけ。ナイスだ俺。こっちも開封済みだが、えーっと、十七個もある。


 ……なんとなく覚えのある数字だなおい。

 うん、わかってる。俺以外の巻き込まれて死んだ人間の数だ。偶然だよな。な。

 くっそ内容量が個数じゃなくグラムで表記されてるから元がいくつだったかわかんねぇ。食べたのが四つなのは思い出せるんだが。二十一個入りってありえるか? ありえなくはないか?


 まぁいい。ともかくこれだけあれば丸一日ぐらいは動くのに支障は出ないはず。見当違いの方向に進んでしまっても余裕を持ってやり直せるだろう。やり直せるんじゃないかな。

 あとは、暗くなったときのために火を起こせれば言うことないんだが……ライターもマッチもないんだよな。未成年だしな。


「いや待て。確か」


 ポケットを探る。取り出したのは家の鍵。

 鍵自体はもはやただの鉄くずだが、重要なのはこのサバイバルツール風のキーホルダーだ。おもちゃみたいな代物とはいえ小さなルーペがついている。若干傷がいってるが光を集められなくはなさそうだ。これで火が起こせる! よしよしよし! ミニ方位磁石もどうやらちゃんと動くっぽい。

 いいぞいいそ、異世界サバイバルっぽくなってきたじゃないか。


 ぶっちゃけこの状況で方角だけわかってもどうしようもないのはわかってる。まぁ気休めだ。何もないよりずっといい。


 次にスマホ。これは鉄くずでもプラくずでもない。

 すぐにバッテリー切れで使えなくなる、と思うだろう。それがそうでもないんだな。充電器の構造も電気を作る方法も神様図書館でばっちり調べてあるからね。実際できるようになるまではかなり苦労するだろうけど、それもまた冒険の一部と思えばやりがいがあるってなもんよ。というわけで電源オフしてカバンにポイ。節電するに越したことはない。

 ついでに確認できた。完全記憶能力も完璧に作動中。図書館以外の生前の記憶も問題なく思い出せるぜ。


 あとは……アレだな。

 魔法。


「むん……」


 目を閉じて念じてみる。念じるというか、気配を探るというか、心の内を覗くというか。魔力的なものが感じ取れないかを試してみる。

 が、はずれ。何もない。

 魔法適正があるはずなんだが。


 ただ完全なゼロではないというか。なんとなく違和感めいたものが、あるような、ないような。そんな気がしなくもないようでいて、しかし気のせいと言われればそうかなぁ、みたいな。ふわっとしてんな我ながら。

 まぁ、別にいい。大して期待はしてなかった。何の知識もないのにいきなり使えるものでもないのだろう。たぶん、きっと。恐らく。だよな。

 とりあえず心のやることリストに書いておこう。


「――よし」


 これで今できることは全部かな。全部だろう。

 それじゃあとりあえず……そうだな、北北西に進路を取ろう。

 特に意味はない、ノリだ。しかしぐだぐだ考えるよりスパっと決めてしまう方が今は正解だ。巧遅よりも拙速ってやつだ。たぶん。

 景気づけにボトルのお茶を一口含み、ぐっと飲み込む。

 七万年ぶりの水分だ。うますぎる。


「行くか」


 そうして俺は、まだ見ぬ異世界へと記念すべき第一歩を踏み出した。

 正確に言うと持ち物検査とかのあたりで何歩か足踏みしちゃってたりするわけだが、ノーカンだ。明確に移動のためとしては間違いなくこれが第一歩だ。

 というわけで踏み出した。ぐにっ。


「ん?」


 おかしな踏み応え。妙に柔らかい。

 低反発マットか何かのような――なんて考えている時間は、実際には全くなかった。次の瞬間、足元がピカっと光を放った。


 なんだか不吉な赤いその光は、線となって地面を走り、瞬く間に複雑な紋様を描き出す。

 直径は四、五メートルぐらい。幾重もの同心円と見たこともない文字や記号たちで構成されたその図柄は、魔法陣としか呼びようのないものだった。


「なん、コレ……」


 思わずうめく。

 それに(こた)えるつもりでは、なかったのだろうけど。




「――動くな!!」




 怒声が響いた。

 反射的に顔を上げる。まず見えたのは壁だ。

 魔法陣の外周に沿って立つ、赤い光の壁。というか、檻か? これは。


 そして、透けて見えるその向こう側には、いつの間に現れたのか、何人もの黒衣の男たち。女性もいるか? 手に手に銃……いや杖? なんか知らんがとにかく武器的な雰囲気を放つモノを構えながら、険しい視線でこちらを取り囲んでいる。数は十数人。前後左右にそれぞれ数人ずつ。


 なんだ、これ。

 ここは安全な場所のはずだ。襲われる危険はないって……いや、それはモンスターに限った話か? 盗賊は出る?


 待て待て。

 こいつら、もといこの人たちは盗賊というにはちょっと、小奇麗すぎる。むしろそれを捕まえる側っぽい。

 全員お揃いの黒いコート的な、いやもっと薄手の……なんだろうあれ。

 魔法使いのローブとビジネススーツを足して三で割って、足りない部分は独自のセンスで埋めた、みたいな。そこはかとない官憲っぽさはそのあたりに由来するのか。やっぱり衛兵? 魔法師部隊的な?


 いやいやそうじゃなくてそうじゃなくて。

 なんでこんな、急に。

 俺まだ何もしてないよな。

 実はここは立ち入り禁止の場所だった? 警備している彼らの中に俺が突然現れちゃった?

 神様がそんなミスするか? 付き添って話をつけてくれるとまで言ったあの人が?

 いやでもそもそも彼の脇見運転が全ての原因だしな。あるのか? ないのか? わからん。わからん。


 混乱していると、最年長っぽいおっさんが進み出た。

 四十代か、五十ぐらい。オールバックに撫でつけられた髪は黒だが、顔だちは白人というか、コーカソイド系。だと思う。少なくとも日本人、アジア系には見えない。

 さっき怒鳴ってくれたのはこの人か。一人だけ微妙に服の装飾が多い。派手っていうんじゃなくて、隊長っぽい。

 そして口を開く。

 聞いて驚け。俺は驚いた。




「時空魔法管理局だ。不法航時の現行犯、並びに歴史改竄(かいざん)未遂の容疑で、拘束する」




「え……」

「喋るな! 抵抗すれば撃つ!」


 いや、あの。

 時空。

 魔法、管理局。


 ……意味はわかる。

 最初の怒声と同じだ。聞こえた音声(ことば)は日本語とは似ても似つかなかったけど、それに違和感を覚えるより先に頭に意味が入ってきた。言語理解のスキルのおかげだろう。感覚的に標準語と地元の方言ぐらいの差はあるが、逆に言えばその程度の違いにしか感じられない。

 だから、意味はわかった。

 うん。


 時空魔法、管理局。

 時間と、空間に関する魔法を、管理する、ところ。あるいはその人々。

 そして、不法航時の現行犯。

 歴史改竄、未遂の容疑。で拘束。

 なるほど。そういう。そういう、ね。なるほど。


 要するにタイムパトロールだこれ。


 そして俺は、本来この世界のこの時代にいるはずのない人間。別世界の知識付き。

 なるほどなるほどそう来るか……いやちょっと待ってウッソだろおい。その発想はなかった。この展開はない。ないでしょ。

 だって俺がここに現れるのも歴史の一部なんじゃないの? そこんとこどうなの?


「あ、の……」

「喋るな!」


 うぇい。

 問答無用かよ。弁解ぐらいさせてよ。弁解っていうか。対話しようぜ。説明させようぜ。話し合いは大事。


「荷物を捨て、ひざまずいて両手を挙げろ。警告はここまでだ。次は撃つ」


 わかった。

 わかったよわかりましたよ。言うとおりにしますよクソが。現実のクソ野郎めが。

 言われた通りにゆっくりと手を挙げて……あ、先に荷物下ろさなきゃ。挙げた手をまたゆっくりと下ろして。


「……!」


 睨むなよ悪かったよ動揺してんだよ仕方ないだろ。

 とにかくゆっくりとカバンを……下ろすついでにこの障壁にぶつけたらどうなるかなとかチラっと思ったけど、やめとこう。連中を無駄に刺激するだけだ。素直に下ろす。膝立ちになって改めてホールドアップ。


「……よし。ヌライメ」


 ぬら?

 こちらの様子を注視していた隊長さん(仮)が何かを言った。斜め後ろの女性隊員がうなずいたところを見るに、彼女の名前だろうか。

 そのヌライメさん(仮)が近づいてくる。二十代後半ぐらい、茶髪碧眼。秘書か経理かって感じの知的なお姉さん。メガネとか似合いそうだけどかけてない。残念。

 障壁の手前で立ち止まり、手をついて何かを唱え始める。


 解除してくれるのかな。でも手錠とかかけられるんだろうな。それとも首輪かな。アレだ、魔法が使えなくなる系のやつ。そんなのなくてもまだ使えないんだけどね。

 言語理解はともかく魔法適正の方はまだ働いていないのか、それとも適性があるだけじゃ足りないのか、使えない。現に魔法陣に使われている文字らしきものも読めないし、ヌライメさんの呪文も聞き取れない。この世界の魔法にはなんらかの知識が必要、感覚だけで使えるもんじゃないって線、これで確定かな。


 それにしても、どうしよう。この状況。

 彼らがタイムパトロール的なアレだとすると、その目的があるべき歴史を守ることだとすると、実は詰んじゃってるんじゃないのこれ既に。

 全てを正直に話して、そして信じてもらえたとしても、わかりましたではご自由にどうぞ、とは絶対にならない。俺が向こうの立場ならしない。

 じゃあどうするかっていうと……とりあえず殺してしまうのが一番簡単だ。異世界人なら身寄りもいない。つまり遺族に対する配慮がいらない。万々歳だ。冗談じゃねえ。それはないと信じたい。


 じゃあじゃあどうする。

 どうするにしても未来行きは確定だろうな。俺一人が何をしたところで揺るがないほど強固に高度に発達した社会で生活させるというのが一番穏当だと思う。それでもかなり行動は制限されそうだ。

 でなければ死ぬまで隔離監禁コースか。そんなことするぐらいなら一思いに殺してしまうのがやっぱり簡単か。

 なんにしても異世界ファンタジーとはオサラバさせられることは間違いない。


 嘘だろ勘弁してくれよ。まだ草原と双子月しか見てねえよ。

 せめて観光だけでもさせてもらえないもんかな。ドラゴンとかいるなら超見たい。七万年後のだいぶ愉快な感じになってた地球にもそういうのはいなかったんだよな。テーマパーク的なところにめっちゃリアルな作り物ならあったみたいだけど。駄目元でも頼んでみるしかないかなぁ。






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