3.せっかくなので異世界に転移させてもらった話
「――以上です」
おう……
見応えぱねぇー……
「もちろんこれで全てではありません。ほぼ同じであるが細部が異なる、という部分は省略してあります。ですので、もし、『この場所がよさそうだけど、この部分が違っていればなお良い』、と思われるような候補地があれば、ある程度までなら対処可能です」
うん、さんくす。
……はー、さて、さてさてさて。
どーすっかなー。
とりあえず戦争やってるところはパスしてー、ってそれだけで三割がた消えるのが流石人類ってゆーかいいかげんにしろよなまったく。
やっぱ最初の方の火星都市が一番馴染めそうかなー。いろいろ便利そうだし、二十一世紀の古代知識の需要が見込めるってのがポイント高いよなー。
でも宇宙ステーションとか地球の海底都市にも捨てがたいロマンを感じるし……それよりなにより地上ってか氷上のシロクマ人間とペンギン人間の共生コロニーに妙に惹かれてる俺がいて困る……寒いの苦手なはずなんだけどなー……ってゆーか……
ってゆーか、さぁ?
「はい。なんでしょう?」
見てる途中で気付いたんだけどさ。具体的には地下亜人街とか獣人特区的なあのあたりとか。エルフ耳みたいな人たちとか、さ。
「はい」
あと、あんたの旅についてく選択肢もあるってことは、必ずしも今見た中から選ばなきゃなんないってわけでも、ない。
「はい」
うんうん。
あんたって、アレなんだよな? いろんな世界というか時空というか、とにかくそういうの渡り歩いてるって。
つまりその、なんだ。平行世界というか別次元というか。
「はい。そういった経験、知識の多さでは、惑星の意思には負けていないと自負します」
地味に気にしてたのか。
まぁそれは置いといて、えっと。
そういうところにもその……ヒトって、いる?
「います。あなたとほぼ変わらない方々から、あなたから見れば化け物としか言いようのない方々まで、各地に多種多様に存在しています」
そっか。うん。そっか。
えっと……その中に、さ。
「はい」
あー……もういいや。ぶっちゃけて言おう。
異世界転移したい。できる?
「異世界転移」
だからほら、俺の記憶の中にあるだろ?
こう、剣と魔法のファンタジー。エルフドワーフドラゴン妖精、モンスターに冒険者、あと魔法! ステータスとかは別にいらん! そういうの!
「あります」
あるっ――あるの!?
マジで!?
「本当です」
っしゃあ!
「そちらにしますか?」
します!!
「複数……全ての条件を満たしたものですと四一八六ヶ所ありますが――」
いや、いい! サンプルはもう結構! どうせ迷って決められない。
俺のイメージに一番近そうなヤツをあんたの方で適当に選んでくれ。付き添いもなしでいいや。ネタバレなしで行きたい。
「了解しました。移動を開始します。他に希望はありますか?」
あ、うん。イメージを汲んでくれたならわかると思うけど、他の転移者はいないところがいい。あとから来るのは別にいいけどやっぱり一番乗りがいいもんな。
それとチート能力。できるよな?
「可能ですが……転移先の惑星にも意志が芽生えていますので、その権能を超える力はお渡しできません。ご了承ください」
別にそこまでは望んでないよ。むしろ最小限でいい。とりあえず言語理解と魔法適正だけあれば。
あ、それと、初期値は生前のままでいいんだけど、成長限界解除、的なのが欲しいな。努力したらした分だけ成長できるみたいなやつ。
「了解しました。以上でよろしいですか?」
おう。
――いや待った! 忘れてた。記憶力。完全記憶能力、ある? 忘れる方も自在にできるやつ。
「可能です。付与します」
おっけー。とりあえずそんなところでいいや。
じゃ、あとはそれを生かすための知識だな。こう、あれだ。図書館的な仮想空間的なところに寄り道できる? 俺が死んだ、いや、あー……接触事故以降の蔵書はなくていいや。うん、未来知識はさすがにナシだよな。
俺が生きていたなら知り得た知識が閲覧できる図書館、できる?
「可能です。構築します」
よしよしよしっ。
「完了しました」
「はやっ!?」
って、あれ?
声出た? てか体が。
「仮の肉体も用意させていただきました。図書の閲覧にはその方が適しているかと。食事や睡眠も必要ない仕様にしてあります」
「おー……」
至れり尽くせりだな。ありがとう。
「恐れ入ります」
いやマジで感謝。
まぁ体はともかく声は別にいらんのだけどな。喋るのあんまり得意じゃないし。とはいえありがたいことには変わりない。
それじゃあ、適当に知識詰め込んでくるから。
「ごゆっくりどうぞ」
よーっし憧れの知識チートじゃー無双したるでー。
◇
そうして知識の詰め込みが始まり、終わった。体感時間で数日から一週間といったところか。
飲まず食わず眠らずの休憩も最小限、さらに完全記憶能力に任せた流し読みだからそれでもかなりの量がある、と思う。
うっかり歴史や天文学の本を読んじゃったのは無駄だったかな。いや、使いどころもあるだろう。無いなら無いで別にいい。
あとついでに俺が死んだあとのことも見せてもらった。主に家族や友人の様子だ。
みんなそれなりに悲しんでくれて、惜しんでくれてた。けど引きずりすぎることもなく立ち直って、それぞれ幸せな人生を送ってくれた。そこそこ不幸になったヤツ中にはもいたけど。だからマンション投資はやめとけっつったんだよ中島。
ちなみに死因は交通事故として扱われたらしい。
俺以外の巻き込まれた人たちの中にトラック運転手がいて、もちろん運転中で、急に魂が抜かれてしまったために当然のように事故って。
死者十八名、重軽傷者若干名の大惨事としてけっこうなニュースになったとかなんとか。合掌。あ、俺がされる側か。
それにしても……神様のうっかりのせいでトラック事故に巻き込まれて死んで元の世界に戻れなくなったからお詫びとしてチート貰って異世界転移……完全にラノベのテンプレートじゃないか。本なら数ページで終わるところが七万年。現実ってほんと面倒臭いな。
現実と言えば、ついでにここでもう一つ残念なお知らせがある。
異世界にはたぶん、エルフはいない。
正確にいうと、俺たち現代日本人がイメージしているようなエルフ。耳が長くて色白で、長命で森に住んでいて、弓と魔法が得意で、人間というか他種族を見下している、そんな連中は、まずいないと思っていい。なぜならこれはほぼ創作物だからだ。
伝承として語られるエルフは、実際には手のひらサイズで、生物というより精霊的な存在とされていたらしい。これが覆ったきっかけの一つとして考えられるのが、シェークスピアの『真夏の夜の夢』なんだそうだ。原作に登場する彼らはまだ伝承の姿に近かったのだが、舞台劇として表現される際に人間サイズに改変されてしまったという。生身の役者が演じる都合上仕方がなかったわけだが。そうして人間サイズのエルフのイメージが出来上がり、広まり、時を経て、トールキンの『指輪物語』にて現在のエルフ像が完成した、と。そういう流れらしい。個人の解釈です。
一応、伝承によっては大きなエルフも語られないではないのだが、それはそれで俺らのイメージとはかけ離れたものになっているわけで。
要するに、いわゆるエルフとは地球生まれのキャラクターであり、異世界にいるわけがない、と。
ちなみにドワーフとか他の伝承生物もだいたい同じ。それらがいるなら青いタヌキがいてもおかしくないというレベルで、いない。ほんと現実ってやつぁよぉ。
とはいえ、今から行くのは俺のイメージに最も近い世界だ。そのものズバリなエルフやドワーフはいなくとも、似たようなのならいるだろう。たぶんいる。いると思う。いたらいいな。
仮にいたとしてもエルフという名前じゃあないんだろうな。我らのことは『森の人』と呼ぶがいい、とか言われたらどうしよう。それオランウータンと同じ意味なんすよ。
『覚えておけ人間。我らはオラン。誇り高きオラン・ウータンである』
絶対笑うわ。そして射られる。死ぬ。気を付けよう。
というか、うん。
ちょっと脱線しすぎた。
閑話休題だ。
「んー、んっんんっ。エヘンエヘン。……あー、神様? 流しの神様」
呼びかけると、仮想図書館が消えて彼が現れた。
「はい。終わりましたか?」
「おう。到着は」
「しています。もういつでも地上に降りていただけますが、よろしいですか?」
「頼む、ます」
噛んだ。
くそ、やっぱり口でしゃべるのは苦手だ。
「スタート地点は、あまり大きくない街から徒歩で半日程度の草原、周囲に危険なモンスターのいない場所、ですね? 付き添いは本当に無しでよろしいですか?」
「いい。始めてくれ」
テレパシーで話が通じる彼との会話はとても楽だ。
だからこそ、そばにはいない方がいいと思うのだ。
「了解しました。――これで、お別れですね。良い旅を」
「あんたもな」
「……はい」
ためらいがちに――どことなくそう思える仕草で彼が頷くのが見えたのを最後に、俺の視界はホワイトアウトした。
冒険が、始まる。
個人の解釈です。