表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

1.神様にうっかり殺された話

◇ のところまで読み飛ばし可



 とまぁ、始まりはそんな感じだった。

 そして結論から言ってしまうと、俺の迎えた結末はどっちでもなかった。消滅でも発狂でもなかった。

 ではどうなったか?

 答えは異世界への転移だ。

 何がどうしてそうなったのかが気になるところだろうが、こっちからも一つ訊いてみたいことがある。


 実際の異世界転移ってどんなだと思う?


 異世界転移という、それ自体については、改めて説明するまでもないよな。ああ、転生じゃないぞ。転移だ。召喚でもない。あくまでも、異世界、転移。そこ大事。そこだけ注意。

 そこが違っていたら。そのどっちかだったら今ごろは……なんて、思わなくもないのだが、言ってどうにかなるものでもないし、そっちはそっちでやっぱりろくでもないことにしかならないかも知れんし。体験したわけじゃないから実際のところはわからんけどな。

 うん、そう。

 実際のところ、だ。話が逸れたな。

 ちなみにこの手の脱線はこの後もちょいちょい起こるから覚悟しておいてくれ。

 さて――『実際の異世界転移』 だが。

 そう言われて、何を想像する?

 何の変哲もない、特別な技術も知識も何もないただの一般人が、剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジー世界に転移させられるということが、実際にはどういうことなのか。

 いろいろ考えられるよな。

 例えばまず、チートがない。

 うん、そりゃそうだろう。世界の壁を越えたからっていきなり特別な能力が身に着く道理はない。何の因果関係もない。まぁ大抵の物語ではそれなりの理由付けがしてあるし、後付けでチート的なアイテムとか相棒とかをゲットするってパターンもある。もしくはたまたま持っていた現代遺物が思わぬ用途に使えたりとかな。

 しかし現実にそんな都合の良いことは起こらない。素の状態からサバイバルスタートなわけだ。

 なるほど。

 違うな。違うっていうか、そういう問題じゃないんだよ。

 ならば?

 ――言葉が通じない。

 なるほど、確かに。本の中ではなんか知らんけど会話や読み書きに支障がなかったりするよな。国どころか世界が違うってのに。まぁこれも作品それぞれで何らかの理屈が働いてるものなんだろうけど、言葉が全く通じない、身振り手振りからスタートっていうのは少ない。あったとしても途中で、それも早い段階で翻訳の魔法なり魔道具なりが出てきたりする。

 これは作劇上の都合って部分が大きいかな。何か月も何年もかけて一から言語を学んでいくところなんて、作者にとっても読者にとってもかったるくてやってらんないよな。

 で、作者も読者も存在しない現実世界ではそのへんを地道にやっていかなきゃならない、と。なるほど。わかるわかる。

 他には?

 ――ヒロインがいない。

 あー。ね。

 これはもうどうしようもないレベルだね。あるあるどころじゃない。エンターテインメントとしての宿命とでも言おうか。異世界転移に限った話でもないし。

 たとえどんな境遇に落とされても可愛い女の子との出会いだけは必ずある。出会いがないとすれば最初からいる場合か、もしくは本人がそうだってパターンぐらいだ。登場までに結構な時間がとられるケースも少なくはないけど、最後まで登場しないってことはまずないね。

 だけども、現実は、そうじゃない。

 あるいはファンタジー世界ならではの現実として、獣人がもさっと獣面(ケモノづら)だったりなんてこともあるかも。

 猫耳少女も犬耳巨乳も重度ケモナーしか喜ばない毛むくじゃら。髪はごわごわ。舌はざらざら。家畜そのものニオイしかしない。ドワーフは女も髭ぼっさり。エルフは森から出てこない。トカゲ娘と同衾したら体温を無限に奪われる――なんてことでもあればまだいい方で、ファンタジーでも現実に出会いなどない、とか普通にありそうだから困る。

 あとは何があるかな。

 素人がいきなりモンスターと戦闘なんて無理。解体とかもっと無理。冒険者ギルドなんてない。そもそも冒険者なんて職業がない。価値観が合わずに排斥される。税金が払えず投獄される。異世界だと思ったら伊勢海だった(エビ無双)。貴族に無礼を働いて斬首。ちょっとした怪我から破傷風(はしょうふう)になって死亡。未知の毒や病気に侵されて死亡。そういった諸々のイベントがそもそも起こらない。働いて寝るだけの日々が一生続く。

 なるほどなるほど。思ったよりいろいろあるもんなんだな。

 でも全部違う。

 確かにそんな感じなのかも知れん。でも違うんだ。これらは、言い方こそ違うが、要するに主人公補正、物語補正が働かないってことだろう? そうじゃない。魔法のある世界に飛ばされるっていうのは、そういうことじゃあないんだ。もっと根本的な……うん?

 その魔法がそもそも使えない?

 地球人に魔力なんてない、と。あー。

 魔法がある世界。魔法で文明が築かれている世界。魔法が使えること、魔力があることを前提として成り立っている社会だから、そうして作られたあらゆる道具やインフラが軒並み使えない、と。こっちでいうと電気もガスもガソリンも使えない感じか。しかも周りは普通に使えるからフォローも期待できない。一人で考えて工夫してなきゃならん。

 あるいはもっと単純に、たとえそれらが使えたとしても文明が中世レベルならいろんなことがものすごく不便、とか。ありそう。

 電気水道は言うに及ばず、交通網や通信網も期待できん。古い観光地を歩けば分かると思うけど、石畳がデコボコになってるだけでも結構なストレスだったりするからな。馬車は揺れる、疲れる、腰に悪い。未舗装路を徒歩移動って思ってるよりずっと時間かかるし。雨なんか降った日にはもう、最悪だ。

 衛生観念も未発達だろうから、無菌培養されてる日本人にはかなりきつそうだ。風呂は入れるのか? シャンプーはないよな。石鹸は? まぁ最悪タオルで体を拭くだけでも――中世にタオルってあったっけ。あれ確か産業革命ごろの発明じゃなかったか? 古代ローマ人あたりが作ってても不思議じゃないっちゃないけど。

 いやそれはどうでもいい。何か適当な布で代用できる。体の外側は雑に扱っても割とどうにかなるんだ。美白だヘアケアだなんて言ってる場合じゃないし。それよりも、洗剤に当たるものがなかったとしたら……食器はちゃんと洗えるのか? 調理器具は? 厨房全体は? 怪我をしたときに巻く包帯、ちゃんと洗濯してるんだろうな? てか病気になったらどうすりゃいい? 医者のレベルってどんなもんだ? 骨を折ったら? 虫歯になったら? 毒を受けたら? 回復魔法ってこっちに魔力がなくてもちゃんと効くのか?

 ……なんか怖くなってきた。

 でもまぁ、そういうことでもないんだ。ちょっと根本的過ぎるかな。うんごめん。

 大気の組成が違うから三分で窒息死だとか。平均気温が違いすぎて三時間で凍死オア熱死とか。水がH2Oじゃないから三日で脱水死とか。地球人の身体で消化吸収できる栄養素が皆無で三週間で餓死とか。

 そういうどうにもならなさすぎる可能性もちょっと脇にどけといてくれるか。

 どうにもならないといえばどうにもならないことなんだが、とにかくそういうんじゃなくて。

 なんていうかこう、もっとしょうもない話でな。

 うん。

 てゆーかいい加減引っ張りすぎだし、そろそろ正解発表と行こうか。いつからクイズになったし。

 とか言いつつもうちょっとだけ状況説明パートを挟むから、このあとすぐとはいかないわけだが。まぁそこは仕方なしと割り切っていお付き合いいただけると嬉しい。現代日本人ならテレビなりなんなりでその手の時間稼ぎには慣れてるだろ?

 え? 慣れてても嫌なもんはイヤ? てかテレビなんか見ない?

 ……知らんがな。

 とにかく行くぞ。

 実際の異世界転移とはいかなるものか。VTR、スタートだ。



          ◇



 さて。


 あのあと。

 自分で導き出した結論に絶望しつつ、でも諦め悪くあれこれと考えをめぐらせたり、残してきた家族や友人のことを思ったり、あるいは流れゆく星々をぼけーっと数えてみたり、宇宙の真理を垣間見た気がしたり気のせいだ忘れろと自分に言い聞かせてみたりすること、数時間。もしくは数日。あるいは数年、数秒? わからないが、とにかくしばらくして、たまらなくなった俺は、全力で叫んだ。


 言葉にならない叫びだった。怒りだとか絶望だとか悲哀だとか、もしくは逆に歓喜だとか、どんな感情が込められていたかは自分でもよくわからない。だが、SOSのニュアンスを多分に含んでいたことはきっと確かだろう。

 なぜなら、(こた)える声があったからだ。


 厳密には音声ではなかったが……わからん。説明できる気がしない。便宜的に『声』とする。

 そして、いろいろ端折(はしょ)ってズバリ言ってしまえば、その声の主が原因だった。

 助けが来たと思ったら元凶だったでござる。いや別に悪いヤツじゃなかったんだけどな。


 そいつの名前は……よくわからない。聞き取れなかった。

 いろいろな宇宙やら世界やら次元やらをまたいであちこち飛び回りまくっている、とてつもなくスケールの大きな存在らしい。神様みたいなもんか。

 最初は言葉が通じなかった。なんせ存在のレベルが違いすぎる。IQに二〇以上の差があれば話が通じない、なんてよく言うが、二〇ポイントどころか二〇桁ぐらい違う。実際にはたぶんもっと。とにかく何もかもが違いすぎて、どうにもこうにも。


 が、まぁ、なんとかなった。してくれた。

 具体的にいうと、頭の中身を全てさらけ出すつもりで「受け取れ~、汲み取れ~」と念じまくったら理解してくれたようで、こちらの知能レベルに合わせた分身的なものを寄越してくれて、そいつと話をすることができたのだ。ぼんやりと光る曖昧なヒトガタ、顔には目鼻っぽい部分もなんとなく見て取れた。

 で、そいつの説明によると、本体が地球のそばを通りかかったときに運悪く俺たちの魂をひっかけて、そのまま持ってきてしまった、というのが真相らしい。


 俺たち。

 そう。俺以外にも約八四〇億の命がこれに巻き込まれたとのことで……って待て。地球の人口の十倍以上じゃねーか。どうなってんだ。

 あ、微生物とか全部ひっくるめて。なるほど。

 人間だけなら俺以外に十七人。





「はい。申し訳ありませんでした」


 ちなみにそいつらは?


「みなさんお亡くなりになっています。本体が()()に気付いた時点で、意識を保っていたのはあなた一人だけでした」


 まじかよ。なんでだよ。


「おそらくですが、あなた方人類の耐久限界を超える負荷に長時間さらされた結果、自我の連続性を維持できなくなり、崩壊、拡散してしまったものと思われます。本当に申し訳ありません」


 えっとつまり……いきなり体から離されたり宇宙空間に連れてこられたり、そのまま放っとかれたりしたのに耐えられなくて、精神崩壊しちゃった?


「はい。その通りです」


 それって、元には戻せないのか?


「はい。申し訳ありません。魂を構成する霊素は、それらが多数まとまり、組み合わさることによって成立する固有の配列パターンのみをその連続性の準拠、拠り所としており、これが一定以下にまで分解されてしまうと他の各々との区別がつけられなくなるのです。復元、再構築の手掛かりとなる情報そのものが既に失われている以上、どうすることもできません。ごめんなさい」


 うあ?

 あー……、つまり、微粒子レベルまで分解されちゃったらDNA鑑定もクソもない、みたいな?


「はい。その理解で間違っていないかと」


 ええぇ。じゃあどうすんの。


「どうしようもないのです。申し訳ありません」


 いや、じゃあ、時間を戻したりとかは? 時空を超えて旅とかできるなら、そのへん応用してどうにかこうにか。


「不可能です。例えばこれが惑星状でのことであり、星の記憶に情報が保存されていれば、おっしゃる通り限定的な時間遡行による復元もなしえたのですが、宇宙空間や次元の狭間には記録のための媒体となりえるだけの質量体が存在しないのです」


 そっか……

 よくわからんけど……そっか……

 ってゆーか、そもそもこれって、この状況って回避できなかったの? なんでぶつかっちゃったの? ぶつかる、で合ってるのか知らんけど。


「間違ってはいないかと。防ぐとこは、可能ではあったはずです。私が事前に気付くことさえできていれば……」


 脇見運転かー……

 よくあることなの?


「いいえ。いいえ、初めてのことです。かれこれ三〇億〇〇五一万六九一一年はさすらっていますが、こんなことは今まで一度も……」


 三〇億て。


「ですが、言い訳はしません。やってしまったことの責任はとります。あなたには私に出来る限りの(つぐな)いをさせていただきます。間に合わなかった他の八四三億一〇七七万四五四二の方々の分まで」


 バクテリアの分までとか言われてもな……いや待って?

 むしろなんで俺は無事なの? 俺だけが。


「それは、あなたの精神が負荷に耐えうるだけの強靭さを備えていたためでしょう」


 メンタル強いって? そんなん言われたことないがなぁ。


「あるでしょう」


 え?


「ご両親や教育者、ご友人の方々からの『よく我慢したね、えらいね』『肝が据わってるな、お前』『怖くないんですか、すごいっすね先輩』等々といった、精神の強靭さに対しての称賛を受けた体験が、あなたの記憶の中には多数保管されています」


 いやちょ、なんで――って、そっか。記憶全部見せたんだっけ。


「はい。……今のは、失礼にあたる行為だったようですね。申し訳ありません。控えます」


 え? あー、いーよ。便利っちゃ便利だし、必要に応じてやっちゃって。


「……了解しました」


 うん。

 てか、別に普通じゃんそのぐらい。誰でも言われてるだろ。


「そうなのでしょうか。私の持つ地球人類の価値観に関する情報は、あなたの主観に基づいたものしかありませんので、その判断はできかねます。ですが八四三億一〇七七万四五四三の」


 それはもういい。八四〇億とかは。

 人間以外はカウントから外しちゃって。


「了解しました。――十八人の中で負荷に耐えきった方があなた一人だけだったことは確かな事実です。おそらくですが、多少の保護さえかければこのまま私の旅に同道することさえ可能でしょう」


 まじか。


「本当です。それを希望しますか?」


 いや、やめとく。

 正直ちょっと興味はあるけど……それより地球に帰りたいんだけど。


「了解しました。移動を開始します。他に希望はありますか?」


 え?

 あ、ああ。そりゃ、体に戻してもらうとか……てか、もう恩返しフェイズに入ってんのね、はいはい。

 いや恩違うな。罪滅ぼしっていうのか。


「……やはり、大した順応性です」


 ん?

 あーでも、とっくに火葬とかされてるかなぁ。死んだ扱いになってるだろうし。そうなると戸籍とかいろいろと面倒なことになりそうな……いや待てよ?

 なぁ、地球上でのことなら時間を戻せるって、さっき言ったっけ。


「はい。技術的には問題ありません」


 そっか。

 っておい? つまり技術的以外には?


「地球の意思が情報を破棄していたり、もしくは地球そのものが消滅していたりした場合は不可能になってしまいます」


 消滅て。

 や、待って。地球の意思? ガイア? あるの?


「あります。大地と大気を有する天体には稀に意識が芽生えます。生命が発生していると確率が上がります」


 なんだその条件。いやいいや。

 えっと……じゃあ、消滅はともかくとして、そのガイアさんが、情報? を破棄しちゃってる可能性って、どのくらいある?


「ほぼ無いと見ていいでしょう。地球は堅実な気質をしていることで有名ですから」


 有名なのかガイア。そして堅実なのか。わかるようなわからんような。

 ……あ、すまん。移動するんだったな。

 どうすりゃいい? あんたにつかまろうにも、手も足もない状態なんだが。


「既に始めています」


 あ、そうなんだ。いつの間に。


「先ほど宣言した時点からです」


 お、おう。


「誤解させてしまったようですね。申し訳ありません」


 いいよ、うん。別に。

 それで、あー……どれぐらいかかりそう?


「所要時間ということでしたら、今のあなたには意味を成しません。時間の経過というものはあくまで物質的な現象ですから、魂だけの状態で、かつ知覚できる範囲内に変化を起こす質量体が存在しない状態では観測することができないのです」


 う、ん?

 つまりー、……つまり?


「寝て起きたら到着している。そうご理解ください」


 ……なるほど。

 でも魂だけで寝ちゃって大丈夫? 拡散しちゃわない?


「あなたなら大丈夫でしょう。私も保護します」


 ……今の、ちょっともうちょっとアヤナミっぽく言ってみて?


「あなたは死なないわ。――私が守るもの」


 再現度たけえなおい!

 あ、ごめん。つい。


「謝る必要はありません。心惹かれた物語の一場面に類似した状況を実際に体験することを喜ぶ性質があなた方にあることは理解しています。楽しんでいただけたのなら幸いです」


 あ、はい。

 えっと……じゃあ、寝るわ。おやすみ。


「おやすみなさい」





「到着しました」


 早いな!






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ