75 植物図鑑
2020.9.21 マジックバック → マジックバッグ
2020.9.26 判 → 版
2020.11.1 王国西部 → 王国東部
「君は水の救護人の他に、猫とも呼ばれているそうだね。ライラ姫がその瞳をすごく気に入っていたよ」
小さな馬車に揺られながら、ブライトン男爵は、隣を歩くマートにそう話しかけた。
「はい、ブライトン様。子供の頃からそういう渾名で呼ばれております」
「王国東部は、そんな瞳の人間が多いのかい?」
「いえ、見たことは無いですね」
「気を悪くしないでくれたまえ。つい気になってね。私達魔術師はいろんなことに興味を持つのが習慣になっていてね。その背中に背負っているのはマジックバッグだろう。剣にも魔法が付与されているようだ。左腕のその刺青からも魔力を感じるな。その物腰、装備からしても、猫君は、かなりの腕だと思われるのだが、どうして従士などに?」
ぶしつけな質問にマートはどう答えようかと躊躇したが、あたりさわりのない返事を返すことにした。
「ランス卿に頼まれたのです」
「ランス卿というと、アレクサンダー伯爵家の前騎士団長か。ふむ、調査の実質は君かな?」
「いえいえ、私は何を調査するのかすら存じ上げません」
「そうか、まぁ良い、そういう事にしておこう。精霊魔法の触媒というのはその刺青なのかね。それ以外には考えにくいが…」
「触媒?申し訳ないですが、その言葉の意味がわかりかねます」
「そうか、これさ」
彼はそう言って、手に持っている飾りのついた指揮棒のようなものを振って見せた。
「魔術師でいう杖のことだよ。私の場合は短杖だがね」
「ああ、発動具とか聞いた事がありますね。なるほど、魔術師の場合はそれがないと魔法は使えないのですか?」
「そうだね。騎士の剣や槍みたいなものさ。無いと全く使えないというわけでもないが、かなり制限されることになる。逆に適性のある素材を使えば、より効果が得られるんだ」
「そういう意味ではあまり似ていないような気もしますが、精霊とのつながりを示しています」
「魔力はあまり強く感じられないね。革の腕防具を付けると判らないかもしれないな」
「さぁ、どうなのでしょう。魔力感知というものが私には判りかねます」
「一度、精霊魔法とやらを使って見せてくれないか?次の休憩時間でよいのだが」
「簡単なものなら良いですよ。どうせ、水を出して馬達に飲ませる予定ですしね」
「ああ、なるほど」
「水が出せるんですか?」
2人の会話にブライトン男爵の馬車を運転していた男が急に割り込んできた。
「?!」
マートが不思議そうに御者台を見上げると、その男は頭を掻いた。
「申し訳ありやせん。長旅の間で一番困るのが水なんで…へへへ」
「今、大事な話をしているんだ。話に割り込まず、御者に徹してくれ」
ブライトン男爵は不機嫌そうにそういう。
「魔術師の方なら格納の呪文で水を運ぶのは簡単ではないのですか?」
「いや、格納呪文は何かあったときに、調べるために貴重な本や実験道具を運ぶために使っているので、そんな余裕はないよ。水などはいくらでも買えるだろう?」
「ああ、そうなのですね。しかし旅では水は貴重ですよ」
「そんなものなのかな。私は旅をするのは初めてなのだよ」
そうしていると、ふと、ブライトン男爵が読んでいる本がマートの目に入った。挿絵に木と花、葉などの図が入っていて、ニーナが以前見ていた南方植物図鑑とか言うものによく似ていた。
「図鑑ですか」
「よく知っているね。これは西方植物図鑑という本だよ。このシリーズは東方、北方とあってね、それぞれ大陸の西方、東方、北方の植物が描かれている。これから向かうラシュピー帝国の北部砂漠には、この西方と北方の両方の特色があると考えられるので、すこし見直していたのだよ。なかなか面白いんだ」
「ああ、南方植物図鑑しか見たことはないですが、あれは本当に絵が詳しくてわかり易いです」
「なんと!」
マートの言葉を聞いてブライトン男爵は飛び上がった。
「君は南方植物図鑑を見たことがあるというのかい?版はいつのものだね?」
「版?いつかな?ちょっとわからないです」
「南方植物図鑑はハドリー王国とハントック王国の植生について主に書かれているらしいのだけれど、この2つの国は我が国と国交がないせいか、わが国の王都では手に入らないのだよ。君はそれはどこで見たのだい?」
「知り合いが持っていたはずです。この旅から戻ったらお見せしましょう」
「それは素晴らしい。一度見てみたいと思っていたのだ。もしかして、その知り合いというのは、ジュディ殿かな?」
「いえいえ、違います。その代りといっては何ですが、お持ちの西方版、東方版、北方版を時間のある時で結構なので、お貸しいただけませんか?私も少し見てみたいのです」
「良いとも。今日は街で泊まるらしいからね。是非、私の部屋に借りに来たまえ。ちなみにその知り合いというのは、南方生物図鑑は持ってないかな」
「さぁ、どうでしょう。確認しておきますね」
そう話していると、マートが曳いていたロバが嘶いた。慣れない馬達との移動にすこし神経質になっているようだった。
「すこしロバが拗ねているようです。では、また休憩のときに」
マートはそう言って、魔術師から離れ、アレクシアのほうに近づいた。
「マートさんは、あんな言葉遣いもするんですね」
「ああ、なんとか話せるようになった。上の人と喋る時は仕方ねぇさ。今回は従者ってことになってるしな」
「なにか探るような感じがしました」
「ああ、アレクシアもそう思ったか。ちょっと注意が必要だな。彼が言った事もどこまで本当かわからねぇぜ。信用するなよ」
「はい」
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