56 後継ぎ争い
「ああ、届けるのは良いが、ハリソンは受け取ってくれるのか?そして、いつからかははっきりしないが、俺たちは尾行されているみたいだ。あんたがたの絡みじゃないかと思うんだが、どう動いていいかわからんから、敢えて、手は出してない」
マートはそう言った。アニスも横で頷く。そう言われて、ジュディとメイドのクララは顔を見合わせた。
「今もですか?」
「この近くには、怪しいのは誰も居ない。大丈夫さ」
「そうですか」
教授たちは、よくわからない様子で、怪訝そうな顔をしていた。
「ウルフガング教授、すこし部屋をお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、構わんよ。儂らは今日の後かたづけを済ませておこう」
教授たちは、今回使用した魔法陣を確認しはじめた。
ジュディは、クララ、そして、マート、アニス、アレクシアの3人を連れ、少し離れた部屋にまで移動した。かなり埃っぽい部屋だ。
「あまり、話をすると伯爵家の恥になることなので、あまり話したくはなかったのだけど、巻き込んでしまってるみたいね」
言いにくそうに、どう話をしようか考えている風だったが、それぞれ席につき、クララがお茶を入れ終わると、ジュディは話し始めた。
「私の父、スミス・アレクサンダー伯爵は、他の貴族たちと同じように複数の妻を娶っているわ。その中で、子供に恵まれたのは2人だけなの。1人は長女ティファニーと、次男のロニー兄さんを生み、もう1人は、長男のセオドール兄さんと次女の私を産んだの」
「最近、父は病気で、起き上がれないほどになっているのよ。神聖魔法の治療呪文でも効かないんだって。もしかしたら、今年の冬は越せないかもしれない。それで、2人の兄、セオドール兄さんと、ロニー兄さんの間で次の伯爵の座を巡って諍いがあるみたい。父である伯爵は諍いがあるとは思ってないみたいだけどね。セオドール兄さんには、前の騎士団長のランス卿、ロニー兄さんには、内政官の筆頭であるノーランド男爵と、既にアレン侯爵家に嫁いでいる姉のティファニー姉さんがついている」
「私自身は、今すぐに伯爵家を出て、冒険者になっても良いのだけれど、そんなことをしたら、セオドール兄さんはすぐに蹴落とされてしまうでしょう」
「慣例だと、年上であるセオドール兄さんが後継ぎのはずなんだけど、私達の母は貴族出身じゃないの。だから、次男だけれど、ロニー兄さんを押している派閥もあるのよ。セオドール兄さんの後見役のランス卿が怪我をして騎士団長から退いてしまったので、尚更ね」
「ノーランド男爵というと、税の取り立てについて厳しいって話は聞くけど、彼のおかげで伯爵家の財政はかなり裕福になったっていう噂もあるよ」
アニスは、ランクも高いだけあって、少しは伯爵家の事情も詳しいようだった。
「そうなのよ。だから父も彼の事を無視できない。とりあえず、兄2人が跡継ぎ争いをしていて、面倒なことに、私の周りにも変なのがうろうろしてるって事」
「なるほどな。お嬢も大変だな」
マートは呑気にそう言った。冒険者の彼にとって、誰が領主であるかというのはあまり関心がないらしい。
「王都は大丈夫だと思っていたのだけど、そうでもないみたいですね。ジュディお嬢様、彼らに捕まえてもらって、誰の関係者か、調べましょう」
クララはそう言ったが、ジュディはすこし考えてから首を振った。
「王都に来ていると言っても、調べているだけでしょう。学院には王女様や他の貴族の子弟たちも在籍しているから、騒ぎは起こさないでしょ。それに、捕まえたって、どうしたらいいかわからないしね。猫、あの時は説明しなかったけど、この間のマクギガンの街での尾行者もそういう事だったの。その頃は、まだハリソンも自由に動けてたんだけどね」
「ここ最近、ノーランド男爵の動きが露骨でね。ちょっと商売上の締め付けが厳しいらしくて、ハリソンも動きにくいみたいなのよ。原因を探ってるんだけど、まだつかめてないの。渡してほしいのは、その関係の資料らしいわ」
「事情はそういう事なのよ。ハリソンに届けて欲しいものは、後で魔術学院に祭壇を置きに来た時に、渡すわ。詳しい中身については、たぶん知らないほうがいいと思う。そして、誰にも気付かれないように、彼にこっそりそれを渡して欲しいの。良いかしら?」
「成程な。だから、あいつは俺にあんな態度をとったのか」
「たぶん、そういう事ね。詳しくは解らないけど……」
「まぁ、いいさ。お嬢に護衛とかは必要か?」
「ううん、学院に居る間は大丈夫よ。もし何かあっても、魔法でぶっ飛ばすわ」
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宿屋に帰る途中、3人は、市場に立ち寄ってリリーの街に戻るための保存食やクランのメンバーや知り合いへの土産物などを買い求めたのだが、市場の入口にたくさん居る物乞いの中に、緑色の肌をした男が居るのに気が付いた。
「姐さん、あの緑色の肌のやつ……」
「ああ、私も初めてみるよ。ああいうのは、たまに生まれることがあるって聞くけどね。他にも、身体に鱗があったりとかさ」
それを聞いて、マートはリッチの記憶を持つと言っていた男の言葉を思い出した。
『我ら生まれ変わりは、その魔物の特徴を身体に宿し、忌み子として幼い頃から迫害されることが多い』
マート自身は、幸いにも旅芸人の一座という特異な環境で生まれ育ったおかげで、猫のような目について、迫害された記憶はないが、生まれつき緑色の肌をしていた彼は、おそらく生まれた時から酷い目に会ってきただろう。マートは、ここ王都に、トカゲと名乗った男も居たなと思い出した。彼も困ったら尋ねて来いと言っていたが、あの緑色の肌の男の様な目に俺が遭っていると考えたのかもしれなかった。
マートは首を振った。確かに迫害されているのかもしれないが、それは魔獣の前世記憶がある者に限った話ではない。産まれながらに目が見えないものや耳の聞こえないものも居るのだ。前世記憶がある者だけが集まって、助け合うというのは悪い事ではないかもしれないが、リッチのように、それで国を作るという考えは、彼には理解できなかった。
「猫、どうしたんだい?」
アニスが軽く肩を叩いた。
「ああ、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだ。そうだ。折角王都に来たんだからちょっと探したい本があるんだ。もっと暑かったり、寒かったりする地域の生き物や植物について書いてるやつさ」
「ああ、なるほどね。そういう事なら冒険者ギルドに寄ったら何か教えてくれるかもだよ。薬草の図鑑とかに似たようなものになるだろ?」
「そうかもな」
そうやって、買い物をしている間、マートは自分たちに尾行者が2人ついていることに気が付いたが、特にそぶりも見せず、わざと普段どおりに振舞ったのだった。
読んでいただいてありがとうございます。
ジュディはもっと明るい性格だったはずなのに、状況がそれを許さない感じです。うう、書いているうちにキャラクターがブレていないか、心配。