50 魔術学院訪問
「こんにちは。猫さん。よくいらっしゃいました」
魔術学院の受付で、マートとアニス、アレクシアの3人が待っていると、アレクサンダー伯爵家の次女ジュディに仕えるメイドのクララがやってきた。
「やぁ、クララ、やってきたぜ」
クララは、にっこりと微笑んだ。
「はい。お嬢様もずっとお待ちしていたのですよ。結構時間がかかったのですね」
「しかたねぇだろ。馬車に乗るなんて贅沢はできないし、この有様じゃ護衛としても雇ってはもらえなかったからな。仕方なく歩いてきたのさ」
「全部歩いてきたんですか?リリーの街から王都まで?それはご苦労様でした」
「途中で、マクギガンの街に寄ったんだが、ハリソンのやつが急に冷たくなってやがってさ。腕が動かなくなった役立たずなんて知りませんみたいな言いっぷりでよ。見損なったよ。せめてやつの親父の商店の王都行きの荷馬車ぐらいに乗せさせてくれたらありがたかったんだが」
「そうですか、ハリソンさんもいろいろ事情があるのかもです」
クララはそう言って気の毒そうな顔をした。
「ああ、クララは姐さんは知ってるよな。そしてこっちは、同じクランの斥候でアレクシアだ。手紙でも書いたが、俺達3人ともやっかいな呪いを受けちまってさ」
クララは、彼の後ろにいた、アニスとアレクシアの2人に会釈した。
「アニスさんもご来訪ありがとうございます。今回は大変でしたね」
クララとアニスは以前からの顔見知りだ。お互い軽く握手をした。
「ほんとだよ。まぁ私はこの右手だけだからね、猫に比べりゃまだマシってもんさ。それでも不便なのは変わりない。アレクシアも同じように呪われてさ、良い子で、猫の面倒まで見てくれてる」
「そうなのですね。ジュディお嬢様の側仕えをしておりますクララと申します。たしかに両腕が使えないと何もできないでしょうから…。でも、殿方の面倒など、大変でしょう。ご苦労様です」
クララはアレクシアに丁寧なお辞儀をした。
「こ、こんにちわ。アレクシアです」
アレクシアは緊張しているようで、言葉につまったりしながらそう言って、お辞儀を返した。
「猫さんは、こちらの美人に10日間も面倒を見てもらってたんですか?」
「マクギガンの街も経由して遠回りしてきたから、もうちょっとだね。2週間以上かな。もう、献身的でさ、ご飯食べるのも、横に座ってスプーンであーんって感じさ。まるで新婚みたいなんだよ」
アニスがニヤニヤしながらそう応え、アレクシアは顔を赤くして、いえそんな事はとかもごもご呟いていた。
「いや、アレクシアにはすっげぇ世話になってるけどな、姐さんの説明はちょっとオーバーだと思うぞ」
マートの説明は聞き流し、クララは彼の様子を詳しく確認し始めた。
「なるほど、袖を腰にくくりつけてるんですね。ほんと、手が真っ黒。肩までですか?」
「ああ、肩までな、その部分は全然うごかねぇ。固定してないと、ぶらぶらして邪魔なんで、後ろに縛り付けてるのさ」
クララが黒くなったマートの指先をつつく。
「何をしてるかわからねえが、黒いところは感覚もないんだ。なぁ、そろそろお嬢のところに連れて行ってくれねぇか?」
「そうですね。わかりました。中に入るのに、一応、受付に名前とステータスカードを提示してください。それが身分証明となっていますので」
「あ、私、ステータスカードはまだ」
アレクシアはそう言った。
「え…あ、そうなのですね。困りました。この学院では、構内に入るのに身分証明が必要なのです。貴族の方の紹介状があれば大丈夫なのですが、そうでない場合、ステータスカードを提示していただくことになっています。私はてっきり、冒険者の方は全員ステータスカードをお持ちなのとばかり……」
「ランクC以上であれば大抵持ってるんだけどね。アレクシアはまだランクDでさ」
「そうなのですね」
「あの、私、外で待ってますね」
アレクシアは慌ててそういった。
「まいったね。じゃぁ、アレクシア、先に宿屋をさがしておいておくれな。見つかったら受付に伝言を頼んでそっちで休んでてくれていいよ」
「わかりました」
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クララが、マートとアニスを案内して、学院の中を歩いていく。門のところにあった受付から、まるで立派に手入れされた公園のようになっている広場を抜ける。正面に石造りの4階建てと思われる建物があり、さらにその左右には3階建ての棟が繋がっている。ちらちらと同じデザインの服を着ている男女の姿があり、年の頃は皆10台後半ぐらいのようにみえた。たまに年配の男女も居るが、講師なのだろうか。
「ここは広いな」
「はい、ここは王立の学校で、王国の中で発見された魔法の素質があるものは基本的にここに入学して学ぶことになっているそうです。そして素質が高いものには学費は免除だとか。6年制で、生徒はおおよそ3千、希望すればさらに在籍して研究を続けることも出来るのです。ジュディお嬢様は、その中で素養が極めて高いと認められ、今年の4年生の中で生徒代表に選ばれています」
クララは自慢気にそう教えてくれた。
「すごいなぁ」
マートは素直に感心した。
彼らは左の棟に案内された。広くて長い廊下を抜け、階段を上がり、さらに廊下を抜けて、立派な扉の前に着いた。
「ジュディお嬢様を指導されているウルフガング教授のお部屋です。ジュディお嬢様もここにいらっしゃいます」
クララは、その扉をノックした。
「お嬢様、教授、猫さんと、アニスさんをお連れしました」
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