400 夜襲1
オーラフ島の東側に南北に伸びる山脈の尾根にある遺跡を囲うようにつくられた蛮族の集落はまるで砦の様に柵と堀によって囲われており、南北におよそ7キロ、周囲およそ20キロという大きさであった。
シェリー、アズワルト率いるローレライ騎士団第2大隊が突入したのは蛮族が築いたその集落の中でも一番北側の部分だった。そこは球状の遺跡が一番集中しており、もっとも最深部分であると思われた。
騎士たちはジュディの開いた転移門を愛馬を曳いて次々と越えてきた。騎士たちは転移門を超えるとすぐに騎乗しまるで何度も同じことをしたかのように敵の砦の中で整列していく。50騎程の騎士たちがグループを作り周囲を警戒するための陣形を整えていく。その次は従士たちだった。彼らは担いだ逆茂木を並べたりして瞬く間に拠点防衛のための陣地を構築していく。東の水平線はこれから上る太陽に白み始めあたりは既にぼんやりと明るかった。
「よし、第1段階はほぼ終了。ここまでは予定通りだ。球体面には触れるなよ」
アズワルトの言葉にシェリーは頷いた。転移門を開いた直後が一番危険な瞬間だったがそれは越えたようだ。警備のゴブリンの姿も見つからず逆に蛮族の集落は妙に静かだった。騎士と従士たちは最初の50騎が築いた警戒線の内側にさらに転移門を越えて整列しつつある。転移門呪文で転移門がつながっている時間はおよそ5分しかない。この間にできるだけの戦力を展開させて陣地を築く。それが第2段階だった。そのための訓練は何度も繰り返した。
転移門呪文の効果が切れ転移門が閉まった。第2大隊はおおよそ予定通り、200騎ほどの騎士と300名ほどの従士が転移を済ませ陣形を組み終えていた。次の増援が来れるのは呪文の再使用時間が明ける30分後となる。
「アレクシア殿、第2大隊準備完了」
「了解です。制圧を始めてください」
アズワルトが長距離通話用の魔道具で連絡を取る。この集落の一番奥のあたりには蛮族の建物が多い。かなりの数の巨人やゴブリンが居るはずだった。相手が戦える態勢をとるまでにできるだけ殲滅しておかなければ戦況は苦しくなってしまう。
「よし、突撃っ!」
「進めっ!」
シェリーとアズワルトが大きな声を上げた。おおっと皆が雄たけびを上げ、蛮族たちがまだ寝ているはずの集落に向かう。馬蹄の音が響き始めると集落からは巨人やゴブリンたちの騒ぎ声が聞こえ始めた。木を組み合わせて布をかぶせただけの住居からは巨人族やゴブリンが顔を出したが、そのほとんどは武器を持っていないようだった。騎士たちは足を止めずに槍や剣で巨人たちの足首を狙う。正面から戦っては勝ち目がないからだ。足を攻撃して移動力を奪い、顔を狙って戦闘力を奪ってから止めを刺す。騎士たちはそうやって巨人族を屠ってゆく。
「火を放て!」
「建物を壊せ!」
従士たちが放った火は巨人族の住居に燃え移り黒い煙を上げ始めた。ゴブリンたちの抵抗もあまり組織的ではなく従士とは言っても選抜された選りすぐりの者たちの敵ではない。戦闘が始まって10分もすると戦況はシェリーたちが圧倒的に有利な状況になり始めた。
「何かおかしくないか?」
シェリーがアズワルトに尋ねた。彼も頷く。
「蛮族が予想より少ないです。巨人が100体ほどしかいません。ゴブリンは2000体程です」
「なぜだ? ゴブリンはともかく巨人が少なすぎる。建物はここが一番多いのではなかったのか? ここにはそれの3倍から4倍の数が居るはずということだった。ここに居ないということは、他の場所に巨人族どもが集まっている可能性もあるということか。違う場所で寝ているというのなら、問題はないが……」
「シェリー様、見込みはあくまで見込みしかありません。我々は相手に気づかれるのを恐れてあまり接近できていませんでいた。全体の人数などは炊煙などからも見ておりますので大きく狂いはないはずですが、マート様がホブゴブリンから尋問した結果でも巨人たちがどこでどれぐらい眠っているかについてははっきりしないという話でした」
シェリーとアズワルトが周囲を見回した。だが黒煙が満ちており視界も十分に得られていない。
「ふむ、そうだな。巨人はこの広い居住区の他の区画に居る可能性が高い。アズワルト、状況をアレクシアに報告した後この場の掃討を続けよ。第1小隊から第8小隊までは集合、我に従え。蛮族討伐隊が突入した次の区画に向かう準備をせよ」
シェリーは拡声の魔道具を使って指示を出して手綱を引く。
『念話』
“アマンダ、返事をしてくれ”
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同じころ、シェリーとアズワルトが率いるローレライ騎士団第2大隊が突入した区画よりも2キロほど南、蛮族討伐隊が突入した区画でも突入を行ったワイアット、アマンダ達も予定とは違う目論見に戸惑っていた。巨人の姿がほとんどないのだ。ゴブリンは5000体程も居り蛮族討伐隊の歴戦の戦士たちは彼らを薙ぎ払うようにしながら戦っていた。
「おかしいぞ、巨人どもはどこに行った?」
「ちっ、萬見の水晶球や索敵能力を過信して油断してたようだね。でもまぁ大丈夫だよ。ここに巨人が50体しか居なくっても他の部隊と連携できるんだ。いくら居たって私が全部倒してやるけどね。 アレクシアと連絡をとりな」
そのとき、ちょうどシェリーからアマンダに念話が届く。シェリーの話を聞いてアマンダはにやりと笑った。
「北の区画にも巨人どもが居ないってシェリーから連絡だよ。ってことは巨人はほとんどマートが独り占めって事か。あいつは運がいいね。ワイアット、ここは任せてもいいかい?」
「ああ、もちろんだ。さっさと暴れてくるがいい。アレクシアには私から連絡しておく」
ワイアットが少し緊張した様子で言った。
「1番隊、機動力の高い7番隊は南の区画に向かう。飛べるのは私についてきな。残りはシェリーの部隊が来るからそれと合流するんだよ。あいつの言うことを聞いて戦ってやりな。わかったね、巨人退治だ」
アマンダはマジックバッグから飛行用の魔道具を取り出して飛び乗った。
「行くよ!」
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