312 待ち伏せ
グラント王子と別れたマートはしばらく蛮族軍の移動状況を観察し、ある程度水都ファクラから離れたところまで進軍したのを見て再び潜入を行った。
都市の中は、以前調査を行った時に見かけた巨人やリザードマン、ラミアやゴブリンの姿はあまりなく、かなりの数の蛮族がレインボウラミアに従って出撃していったのだと思われた。ただし、運河だけは以前と変わりなくリザードマンの幼生でいっぱいで様子を見るとすこしぞっとするような状態だった。
マートは前回と同じようにゴブリンに変身した上でさらに慎重を期し身体を縮小もして城の中に潜り込んだ。城の中は前回とあまり変わらずホブゴブリンやゴブリンメイジが要所要所で警備を行っていた。マートは見つかる可能性をできるだけ低くするためにどこにも立ち寄らず、真っすぐに城の船着き場に向かう。
船着き場につながる倉庫のあたりも変わってはいない。床の埃などをみても誰も出入りした様子はなく静かなものだった。船着き場につないである船や水門の様子も変わってはいない。マートは長距離通信用の魔道具でジュディと連絡をとった。この後はマートとしては異変がない事を監視しつつ作戦開始を待つだけだ。彼女はこの合図を待って白き港都オランプに転移し、そしてグラント王子からの連絡を待ってセドリック王子からの作戦開始を聞き、白き港都オランプとつながる転移門が開かれるという段取りである。
3時間程待つとようやく作戦開始の連絡がジュディから届いた。しばらくすると倉庫のほぼ中央の空間にまるで湯から上がる湯気のような揺らぎが生まれた。その揺らぎは徐々に大きくなりおおよそ直径3mほどまでになると、そこから裂け目が出来た。ジュディによる転移門だ。彼女が杖を構え、その中心で目を閉じている姿がおぼろげに見える。
『転移門』
彼女の言葉と共に完全に空間がつながった。ジュディが脇に下がり、まず完全武装状態の騎士とその従士たちが転移門からつぎつぎと開かれた転移門を通ってファクラ城の倉庫の中に飛び出してくる。30人程の騎士・従士たちが出てきた後、ダービー王国の騎士団長であるカルヴァンがゲートを抜けてきた。マートを見つけて駆け寄ってくる。
「マート侯爵閣下、案内役ありがとうございます。おお、ファクラだ、俺はファクラに帰ってきた」
そう言って、カルヴァンは深呼吸をしたが、いきなり咳き込んだ。
「な、なんだ?この酷い臭いは。魚の腐ったような……」
「運河でリザードマンの幼生が大量に育ってるんだ。奪還できたら運河を焼き払ってくれよ」
マートは苦笑を浮かべた。カルヴァンは嫌な顔をした。
「水都ファクラのあの美しい運河が……?」
「まぁ、そういうことだ」
そういう会話をしている間にも、ダービー王国の騎士、従士たちはつぎつぎと転移門を越えてきた。あっという間に広い倉庫が手狭になる。ジュディとシェリーの二人もいつの間にか転移門を超えてマートのすぐ近くにやってきていた。部下の騎士から報告を受けたカルヴァンは、マートに敬礼をした。
「マート侯爵閣下、我々はそろそろ行きます。 嵐の巨人など手強い蛮族が出てきた際にはご助力お願いいたします」
転移門を開いておける時間は素質6をもつジュディでもせいぜい10分ほどだが、何度も訓練を繰り返した攻略隊はなんとか全員無事に転移が終わる事が出来そうだった。もうすぐ最後のセドリック王子たち司令部も転移してくるだろう。
「ああ、十分に気をつけてな。俺たちは王子たちと一緒に移動することになる。なにかあればすぐ連絡をしてくれ」
「はい、ご協力感謝します」
カルヴァンは整列をした騎士たちに号令をかけた。彼らは階段を駆け上がり、中庭に面した大きな頑丈な木の扉を開けた。城の中庭には20体ほどのホブゴブリンやゴブリンメイジたちが居たが、たちまちのうちに騎士と従士たちが突撃をかけ倒してしまった。
「よし、予定通りだ。城内を押さえる者、市街地を制圧する者、それぞれ己が責任を果たせっ」
騎士たちは剣と盾、あるいは弓を構えつつ中庭から迷うことなくそれぞれの目的に合わせて分かれていく。城内でも戦いの音があちこちで聞こえ始めた。そしてマートとセドリック王子たちが中庭に出た頃、王座の間のほうから大きな風が吹き荒れる様な音と爆裂音、怒号、悲鳴が聞こえてきた。マートとジュディ、シェリーは顔を見合わせる
「あれは魔法の嵐を使った音よ。今回のダービー王国の攻略隊にはそれが使える程の魔法使いは居なかったはず。これは……行くわよ」
ジュディが早口にそういうと、シェリーの手をとると、呪文を唱え始める。
『飛行』
シェリーとマートも慌てて同じように魔法を唱える
『飛行』
『風飛行』
3人は城内を攻略隊の頭上を飛び越えて王座の間に向かった。王座の間は縦横およそ50m程の吹き抜けの広い部屋となっている。マートが入口にたどり着き、中を覗くと、一番奥の王座に近いあたりにはなんと 霜の巨人と取り巻きらしい10体の山の巨人さらに周囲には20体のホブゴブリンやゴブリンメイジが居た。
マートも王の間に蛮族がいるのはその鋭敏な知覚で感じ取ってはいたが、霜の巨人が居るまでは感じ取れていなかった。マートの居る入口に近いダービー王国の攻略隊の面々が居たが、すでに半数近くが膝をついている。そしてその足元にはすでにかなりの数のダービー王国の騎士や従士たちが倒れていたのだった。
「嵐の巨人じゃなくて 霜の巨人だと?こんなところにどうしていやがるんだ。俺達が襲撃するのを予想して待ち伏せてたとでもいうのかよ」
マートは思わず舌打ちをした。その横で、シェリーも盾を構え剣を抜く。
「よくきたな。待っていたぞ、聖剣の騎士たちよ。よくも何度も煮え湯を飲ませてくれたな。決着をつけようではないか」
霜の巨人は人間語で叫んだ。
「丁度いいわ。霜の巨人なんてシェリーの聖剣の前には敵じゃない。転移追跡の解析も進んでいる」
「うむ、こちらこそ望むところだ。決着をつけよう!」
シェリーが聖剣を抜いた。盾も構えて、傷ついたダービー王国の騎士たちをかばうように前に出る。ジュディも杖を構えてその横に立ち、援護呪文を唱え始めた。マートも弓を取り出すと騎士たちに倒れた仲間をこの王の間から連れ出す様に合図した。併せて援護呪文も唱える。
対する蛮族側は霜の巨人を中心に山の巨人たちが列を作り、こちらに突撃してくる構えだ。ホブゴブリンやゴブリンメイジたちはその後ろで様子を見ていた。
「これでも、そんな余裕を言ってられるかな」
『魔法無効化』
霜の巨人が魔法を唱えた。魔法無効化だ。魔道具でよく作られているのはマートも知っていたが、呪文として唱えるのを見たのは初めてだった。魔法が無効化されると、そのエリアでは魔法がつかえなくなるのはもちろん、魔剣をはじめとする魔道具や精霊もほとんど力を失う。
「ギャヒッ……(行くぞっ)」
巨人たちが一丸となってマートたちに突撃してきた。
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