29 精霊魔法の手ほどき
老人は、他の3人を置き、マートだけを連れて、森の中に入っていった。
「猫よ、目を瞑り、耳を澄ましてみよ。風が枝を揺らす音、草や木の葉の揺れる音、鳥のさえずり、先ほどの女達の話し声もきこえるかもしれん。それらの他に、聴こえるものがないか、よく感じ取るのじゃ」
彼は、言われるままに目を瞑った。鋭敏感覚は敢えて使わずに耳を澄ませる。それでも、様々な音が聴こえてきた。
「集中してはいかん、力を抜くのじゃ」
彼は静かに森の中で自然体で立ち、何かが訪れるのを待つ。
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どれぐらいの時間が経ったろうか、マートには、なにかの声が聞こえたような気がした。
彼は思わず耳に神経を集中しようとして堪え、首をすこし振った。
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首をそっと縦にうごかす。
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マートの目の前には、20㎝程の身長で、エメラルドグリーンの長い髪、すこし濃い肌の色をした半透明の少女がふわりと宙に浮かんでいた。
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横で、老人が呟いた。声ではないが、声がきこえてくる。マートもおなじようにしようと試みた。
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マートは精霊に微笑みかけた。精霊もにっこりとマートに微笑み返した。
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「よし、よいぞ、猫よ」
マートはそういわれて、大きく息を吐いた。精霊はくるくるとマートと老人の周りを浮かんでいる。
「彼女は、わしの友人で、木の精霊のグレタじゃ」
老人がそういうと、グレタとよばれた木の精霊は、マートに軽く手を振った。
「精霊のスキルがあるものだけが、世界に多く存在している彼ら、彼女らの存在に気がつくことができる。他の者たちにはその姿も見えぬし、声も聞こえぬ。そして、親和度の高いもの。ステータスカードでいうと、★3つ以上あるものは、精霊に働きかけ願いを聞いてもらえる。その結果が精霊魔法というわけだ。それ以下でも、願いを聞いてもらえることもあるが、それには多くの代償を伴うことが多い」
「今、わしがそなたに行ったのは、グレタにお願いしてそなたに話しかけてもらい、その存在に気がつけるように促したのじゃ。素養があっても、自然に気がつくことは極めて稀なのでな」
「グレタは喜んでやってくれたぞ、実はそなたが来たときには、グレタはいつも周りを回って遊んでおったのじゃ」
老人がそういうと、グレタはすこし膨れた様子で、小さな手でポカポカと老人の頭のあたりを叩いた。
「すまんすまん、痛いぞグレタ。悪かった、これは内緒だったのじゃな」
老人は口では痛いと言っていたが、それほど痛がってはいなかった。
「ヤドリギの話も、実はグレタが教えてくれたのじゃ。北西の泉に住む泉の精霊が自慢しておったとな」
そう老人が言うと、グレタは自慢げに胸を張るポーズをとったので、マートは思わず微笑んだ。
「グレタ、可愛いな」
小さな妖精は、マートにそう言われると、頬を赤らめ、嬉しそうにした。
「とりあえず、精霊魔法の初歩はこれにて終了じゃ。予定よりかなり早くおわったのう。じゃが、もう夕方じゃ、今晩は、わしの家でと言いたいところじゃが、狭いじゃろうから、庭ででも一泊し、明日の朝には出発するが良い」
「ああ、爺さんありがとう。伯爵家の2人はかなり疲れてたから、いい休憩になるだろう」
「帰りに、夕食のごちそうを採ってきてくれるか?弓を持っているところを見れば、新しく覚えたのであろう。鹿でも期待できるのかのう」
「ああ、途中で何匹も見かけたな。いいぜ、先に帰って火の用意でもしておいてくれよ」
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