24 スズキ
「ほら、できたぜ、鳥のシチューだ。たっぷり喰いな」
マートは、狩りから戻った後、採ってきた食材で作った料理を2人に勧めた。
「ありがとうございます」
「わー、ありがと」
今までの過労がたたったのか、熱を出していたエバは、夕方には少し熱も下がったようで、意識を取り戻して起き上がれるようになっており、勧められた椀にはいったシチューをゆっくりと味わうように食べ始めた。その横で、アンジェは、女の子とは思えない感じでがつがつと食べている。
「なんて名前かわかんないが、この甘い果物もどうだ?」
マートはたくさんの湾曲した黄色い房が並んだ塊を指さした。
「わーい、スズキ!私、大好き!」
アンジェが喜びの声を上げた。
「スズキっていうのか?この黄色い果物は」
「いえ、よく名前はわからないのです。たくさん鈴なりに生っているものですから、スズノキの実と勝手に呼んでいました」
「スズノキの実だから スズキ~」
アンジェが嬉しそうに言う。
「まぁ、何でもいいさ。いっぱい喰えばいい。この島は食えそうな木の実や芋類もたくさんあるし、西北の崖のところでは鳥も簡単に獲れる。海は少し見ただけだが、東側は穏やかで魚や貝も獲れそうだ。いい島だぜ」
「そうなのですね。私は精々このあたりの森の木の実や芋を採るぐらいしかできなくて」
「だから、ろくに食べてなかったんだろ?あんたを運んだ時は軽すぎてビックリしたぜ」
「ああ、あの時は、申し訳ありませんでした」
エバはマートに深くお辞儀をした。
「いやいや、何もそんなことはしなくていい。あんたたちはあの盗賊団の犠牲者だ。もしよかったら、二人の素性を聞かせてくれないか?」
「はい、6年前の事です。アンジェのご両親は、マクギガンの街でパン屋を営んでおりました。花都ジョンソンで花祭りがあるというので、当時2才のアンジェと、当時下働きをしていた私、近所の店の方々と一緒に出かけたのです。マクギガンの街から花都ジョンソンまで4日かかりますが、一度有名な花祭りを見物したいと皆で金を出し合い、護衛を2人雇って出発したのです。高価な商品を運んでいるわけでもないので、盗賊に狙われたりはしないだろう、大丈夫と皆考えたのです。ですがその考えは甘かったようでした。道中、盗賊団が襲ってきたのです」
「野獣が出てくるぐらいと、物見遊山気分で居た私たちは、ろくに抵抗もできず、簡単に捕まってしまいました。アンジェのご両親や近所の方々は奴隷として売られたようです。私と、他に2人、若い女性が身の回りの世話をさせようというので盗賊共の手許に残されました。アンジェは殺されそうなところを、なんとかお願いして私が預かったのです」
「私以外に盗賊の手許に残された2人は、盗賊たちの仕打ちに耐え切れず亡くなってしまいました。私は何故か頭目に気に入られ、この家につれてこられ、アンジェの面倒をみながらなんとか暮らしておりました」
「そうか……」
マートはちらっとアンジェのほうを見たが、彼女はよくわかっていないらしくスズキを美味しそうに頬張っている。
「つらい事を聞いたな。エバさん、あんたの血縁は?」
「私は孤児で10才のときにアンジェのご両親に拾われた身です。血縁はありません」
「そうか……、わかった。そういうことなら、マクギガンの街には知り合いが居るからそのパン屋というところから調べれないか聞いてみよう。しかし、6年も前だと、厳しいかもしれんな」
「はい……」
「とりあえず、俺が暮らしているリリーの街まで行くことにするか?住み込みの仕事とかでも見つからないか、一緒にさがしてやるよ。悪いが、俺も冒険者で、その日暮しの身だ。あんたらを養えるほど金持ちじゃねぇ」
「いえ、そんな、仕事まで探していただけるなんて」
エバの頬に涙が流れた。
「俺も孤児でな。拾われた先は旅芸人の一座だった。行く先のあての無い寂しさ、心細さっていうのはよくわかってるつもりだ。あんたらを見てると、放っておけないのさ」
「ありがとうございます。あの、もしここに置いていただけるのであれば、畑などを作って……」
「あー、そういう手もない訳じゃないだろうが、ここだとエバとアンジェ2人きりになっちまうだろ。できれば外で仕事を見つけるほうが良いと思う。そっちは最後の手段だな。ああ、あと、悪いが、この島のことは街では秘密だ。ここの話をしたら、貴族とかに取り上げられちまうだろう」
「そうですね。わかりました」
「幸い、俺は何日かなら滞在できる。すこしは体力をつけて、それから一緒に山を下りることにしよう」
“どうして、2人に山を歩かせるのじゃ?”
魔剣からの念話が、マートの頭の中に伝わってきた。
“だって、しょうがないだろ?ここから街まで行くには山の中を……あっ……そうか”
“そうじゃ、魔法のドアノブは、山の中でしか使えぬわけではない。2人はここに居って、そなた一人で街に戻り、そこでまた、ドアノブを使えばよいのではないか?”
“なるほど、全然思いつかなかった。頭良いな。ということは、ベッドとか机や椅子も、アジトのところでまだマシなのを拾ってくれば使えるな”
“うむ、そうじゃな”
「エバ、アンジェ すまん、考え違いをしてた。予定変更だ。今日は、盗賊のアジトを漁って、使えそうな家具類を運び込む。明日、俺は朝日の出とともに、リリーの街まで出発するが、あんたら2人はここで留守番だ」
そういうと、アンジェが急にえっ?と声を上げて涙目になったので、マートは慌てて言い足した。
「アンジェ、大丈夫だ。2人を置き去りにするわけじゃない。さっき、あんたたちだったら5日はかかると言ったが、俺1人なら、リリーの街まで2日で行ける。5日もかけて、3人で遠い道を危険を冒して歩く必要はないってことに気が付いたのさ。リリーの街についてから、ドアノブでもっかい迎えに来てやるよ。そうすりゃ、みんな街まで2日で着けるだろ。すぐ自由の身になれるさ」
「もう会いに来ないとかじゃない?」
「ああ、大丈夫。ちゃんと会いに来る」
「約束して」
「ああ、約束する」
アンジェは、置き去りにされそうな状況には、非常に敏感なようだ。幼い頃に攫われて、トラウマのようになっているのかもしれない。
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