21 アジト探索
マートは、独り街道から外れ、魔剣の案内で巨大な鉄槌とよばれた盗賊団のアジトがあるという険しい山岳地帯に入っていた。
山菜を採る地元の村人ですらあまり入らないあたりであるが、1週間ほど前には花都ジョンソンの衛兵隊がやってきていたというのは、途中の村で聞く事ができた。
“もうそろそろ夕方だぜ、まだなのか?”
“もうすぐじゃよ。1つめの目印の巨岩はもう過ぎたでな”
マートは、人の姿がないことを良い事に、練習を兼ねて飛行スキルを使って移動していたので、険しい山道であってもそれほど肉体的な疲労はないものの、その分精神的な疲労は激しかった。ただ、丸一日ずっと飛行スキルをつかっていたおかげか、歩くほどのスピードが出るぐらいに成長できていた。
“ふむ、やはり衛兵隊が調べた後じゃな。ホレ見よ、あの洞窟じゃ。本来は石や砂でカモフラージュされておったはずじゃが、ぽっかりと口を開けておる。まぁ、1週間ほど前であれば、まだ野獣は住み着いておらんじゃろうし安全じゃろう”
“へぇ、こんなところによくあれだけの洞窟があったもんだ。結構深いのか?”
“ああ、自然の洞窟で、中はかなり枝分かれしておってな。迷路みたいになっておる。頭目しか知らん枝道もいくつかあるのじゃ”
“その中の一つにあんたのいう財宝があるってことか”
“まぁ、それは行ってからのお楽しみよ。ほら、爪が引っ込んでおるぞ。誰もおらぬ間はずっと出しておれというに”
“ああ、いつの間に……わかった、わかった。こうだろ?”
マートは自分の手を見て、心の中で【爪牙】と唱えた。爪が5㎝程伸び、指先全体が爪と一体化して、まるで指先が5㎝ほど伸びてカギ状に尖ったようになった。
“ああ、そうじゃ。ちゃんと心の中での言葉でスキルが発動できるようになったようじゃの。いかに小さな声だとはいえ、唇の動きなどで読まれてしまっては隙につながるからのう”
“魔法使い連中は呪文の名前を口に出して使ってたぜ”
“呪文を口に出さねば撃てないとは情けない限りじゃの。魔法を学び始めた初心者でもあるまいし。昔はまだ駆け出しの連中ですら無詠唱で呪文は行使できておった”
“しかし、このスキルをずっと使うっていうのは、心の休まる暇がないっつーか、ずっと忙しい感じなんだよ”
“まだ訓練を初めて3日じゃからの。ひと月ほどすれば慣れるはずじゃ”
“ひ・と・つ・き!? こんなのを一ヶ月続けるのかよ”
“何でも、上手くなろうと思えば練習あるのみじゃ。実際、飛行は速くなったじゃろう”
“そうだけどさ……”
“ならば、続けねばな。鋭敏感覚はどうじゃ?もう、遠くが近くに見えすぎて遠近感覚が狂うという症状はでなくなったかのう?”
“ああ、それはすこしマシになった。最近、そのスキルを心の中で発動すると薄い服ぐらいなら透けて見えることがあって、なかなか、目の保養になってる”
“肉体のないわしにはよくわからんが、まぁ、進歩しておるようじゃな。練習を続ければそれも制御できるじゃろう”
“よし、ついたぞ、誰もおらんか、よく確認するんじゃぞ。衛兵隊の見張りが残っておるかもしれん”
そう言われて、マートは確認するように周りを見回した。空気の臭いを嗅ぐ。
“ここ2,3日、人間や魔物が近づいたような痕跡はないな。大丈夫だろう”
“では、入っていくか。とりあえずはまっすぐじゃ”
マートは岩壁に空いた洞窟の一つに入っていった。
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木の根のように枝分かれし、入り組んだ地下洞窟を、魔剣は迷った様子もなく道案内をしてゆく。途中で、壁を登ったりというのもあって、おそらく犬並みの嗅覚を持つマートであっても、1人でたどり着くのはかなり時間がかかっただろう。到着した先は、ちいさな小部屋になっていた。だが、その小部屋の中は荒らされ、机や椅子、木箱はひっくり返されていた。
“誰か知っているものが居たようじゃの”
マートは部屋の匂いをかぐ。
“みたいだな。女かな。もう10日ぐらい経ってるだろう。何か残ってないかな?”
マートは木箱を片付けたりしていくが、そこには銅貨が数枚みつかったぐらいだった。
「くそ、何もねぇ。無駄足じゃねぇか」
思わずマートは口に出して罵った。
“お、それじゃ!”
魔剣が急に声を上げた。
“ん?どうした?”
“その手に持っているものじゃよ。魔法のドアノブじゃ。小部屋を漁ったその女はそれの価値がわからんかったんじゃな”
マートは右手に持っていた古びた金具を見た。木箱の補強金具の残骸かなにかかと思っていたが、よく見ればドアノブのようにも見える。
“持ち手の部分を持って、反対側を壁に突き刺すように押し当ててみよ”
“こうか?”
マートは、小部屋の壁に言われたとおり押し当ててみると、金具の半分がまるで相手が粘土かなにかのように吸い込まれ、壁にドアノブがついたような感じになった。
“根元にダイヤルがあるじゃろう。それを8にあわせてから、ふつうに扉をあけるように、ノブを回して引くのじゃ”
マートは、言われたとおりダイヤルを8に合わせると、かちゃりとノブを回す。すると、壁の一部が切り取られ、まるで扉のように手前に開いた。彼は恐る恐る扉の先を覗きこむ。そこは暗かったが、普通の部屋のようだった。暖かい空気がふわっと流れ込んでくる。マートにはなぜか潮の香りが感じられた。その部屋には窓があり、外をみることができたが、そこは今までマートが居た山岳地帯ではなく、海が広がっていた。
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