217 アレン侯爵の正体
「猫、ようやく来たわね。待っていたわ」
マートはその声に聞き覚えがあった。クローディアだ。マートが初めて城壁都市ヘイクスを訪れたときに接触してきた魔龍同盟のメンバーであり、魔龍王を名乗ったテシウスを討伐したときに最大の障害となった呪術使い。彼女は弓で一度は倒した。だが死体はブライアンが持ち去ったので蘇生呪文によりよみがえっていると予想はしていた。クローディアも鋭敏視覚で天井板を透視できるのだろうか。それとも、先程唱えた呪文が魔法感知だったのだろうか。透明化していても、魔法感知呪文では見つかってしまう。ハドリー王国の策かと思っていたが、魔龍王国が関連するのだろうか。
いろいろと考えは巡らせたものの、どうしようもなかった。マートは観念して隠れていた天井裏から顔を出し、くるっと回転すると床に下りた。
「クローディア、酒を飲みにきたぜ」
「本当にお酒を飲みに来てくれたのなら大歓迎なのだけど……」
「こっちこそ、本当にそう言えたら嬉しいんだがな。そういう余地はありそうか?」
「こっちに寝返る気はある?」
「寝返るとか言ってる時点で余地はねぇだろうな。元々は人族と仲良く暮らせればよかったんじゃねぇのかよ」
「そんなのは無理でしょう。結局、どっちが上か下かを決めないとだめなのよ」
「そいつは、なかなかやりきれないな。記憶奪取と変身呪文でアレン侯爵に成り済ましたってわけか。国王陛下には呪いでもかけたのか?」
「良い勘してるじゃない。その通りよ。アレン侯爵の身辺警護はかなり甘かったわ。そして、どれだけ魔法無効化の魔道具を並べても、一度かかった呪いを無効化することは不可能。知ってたでしょう?あれだけ警戒しても、王城から出て来てしまえばそこで呪いをかけるチャンスはいくらでもある。侯爵として国王をお茶会とか言って誘いだすのは簡単だったわ」
「今日はやけに上機嫌に喋るんだな。ああ、時間稼ぎか、急いでこの部屋に向かって走ってきてる2体はお仲間か?」
「あら、気づいちゃった?だって、猫ってば、怖い精霊みたいなの出すでしょ。私一人じゃ危険。でも、さすがね。ここに来るのにもっと時間がかかると思っていたわ。おかげでここで一緒に待ち構えている予定だった2人が間に合ってない」
そう言いながら、アレン侯爵に化けたクローディアは席を立ち、執務机の横に立った。
「アマンダの記憶でも覗いたか。さっさと切り捨てやがったくせに」
「あんな魔法の素質もないオークが魔龍同盟でナンバーツーなんて思い上がりなのよ。あんなのいくらでも作りだせるのにね」
話している間にも、マートの感覚にはクローディアの応援らしい2体はだんだんと近づいてくる。
「そうか、これは俺をおびき寄せる罠でもあったんだな」
「そうかもね」
マートは、軽く身構えて右手で剣を抜いた。それを見てクローディアがアレン侯爵の姿から、以前の少女の姿に戻った。指にカギ爪が生える。彼女はマートのほうに手を突き出すようにして身構えた。
「悪いが、急がせてもらうぜ」
【爪牙】
【肉体強化】
マートは両足を前後に開き、腰を低くして身体を反らせた。クローディアが待つ2人が来るまでに決着をつけたい。彼は左腕のカギ爪を伸ばすと両腕を広げた格好で一度後ろに身体を引く。両足のバネを使って一気にクローディアに向かって跳んだ。
<縮地> 格闘闘技 --- 踏み込んで殴る
マートが左腕を突き出して飛び込んでくるのを、クローディアは大きく後ろに跳ねて避けた。
「もう、早い男は嫌われるんだから……」
マートはその言葉を無視してさらに踏み込むが、クローディアはわざと大きく回避を行う。本来であれば体力を失うだけの悪手であるが、救援を待つ間だけ回避に専念して安全策を取ると割り切っているのだろう。こちらに近づいてくる2体の気配はおよそ500メートル程離れている。到着までは一分ほどだろうか。
「ちっ」
マートは思わず舌打ちした。気持ちだけが焦る。さて、どうするか……。
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