210 その裏でジュディと
これが、ラシュピー帝国での貴族の考え方か。オークやオーガ相手に、ちょっと訓練しただけの農民がろくに戦えるわけがない。冒険者の訓練所の腕でいえば初段で五分五分といった相手なのだ。作戦として、交戦のない陽動につかうとかならともかく、騎士の怪我を防ぐために農民を兵士として使う?そんな事をしたって無駄に死人が増えるだけだ。農民を守るのに騎士が居るんじゃねぇのか。
すこしはマシなのかと思って彼と相談しようと思ったのをマートは少し後悔した。だが、昔を思い出してにっこりと微笑みを顔に貼り付け、なるほどと相槌を打った。
「弱ってる農民たちとかを先に逃がしたりとかするか?」
マートは全員は兵士にはしないだろうという期待を込めてそう聞いてみた。
「いや、農民を先に逃がす必要などないだろう。それより侯爵家の正当な跡取りであるサミュエル様とリオーダン伯爵といった方々を確実に逃がさねばならぬ。そうしなければ、ラシュピー帝国東北部での高貴な血は途絶えてしまうのでな。救援が来るのであれば、サミュエル様の身辺警護をする千人程の先行部隊と、ここで魔人やオーガ共を退治する農民たちと従士の討伐部隊に分けるのもよいだろう。ここは、城塞都市ヘイクスからどれぐらい離れているのだ?」
メナードの頭の中で討伐部隊に入れられた四千人ほどの農民と従士にマートは同情した。貴族と騎士は先に逃げ出し、従士と農民たちに魔龍同盟とオーク、オーガの相手を任せるつもりか。せめて、魔龍同盟のアマンダとぶつからないようにさせるか……。
「ここは、城塞都市ヘイクスから東に五十キロほど来たところだ。とりあえず状況はわかった。実は、脱出をより安全なものにするために、魔龍同盟の連中に寝返りを工作している。だが、彼らも自分たちの安全が確保できなければと言っているんだ。侯爵家の名前でサミュエル様とリオーダン伯爵の脱出に協力するのであれば、いままでの罪をゆるすという一筆を書いてやってくれないか?」
マートは、そういう書面があれば、アマンダたちも説得できるかもしれないと考え、まだ実際にはしていない工作をあたかもしているかのように言って交渉してみた。これが成功すれば蛮族たちとぶつからず無傷で脱出できるかもしれない。
「魔人どもの罪を?あいつらが今回の事件の根源ではないか。そんな馬鹿な事が出来るか」
メナードは憤慨して足を踏み鳴らしながらそう言った。同じ部屋の連中は毒で眠らせているが、起きてこないのか心配になるほどの騒ぎ様だ。
「魔龍王国の問題はテシウス、レイスといった幹部連中だけだろう。アマンダはともかく、下っ端はいいんじゃねぇのか?」
「魔人というだけで問題だ」
その時、ゆっくりと月の光がマートの顔を照らした。メナードにとってほぼ暗闇であったところにうっすらと光が差す。メナードに初めてマートの顔がきちんと見えた。
「その目……そなたも魔人?」
「ああ、魔龍同盟とは関係ないが、あんたたちのいう魔人だな。俺みたいなのも居る。魔人だからっていうのは良くないと思うぜ?」
「それは、いや、しかし……」
「だめか?そりゃぁ、魔龍同盟に捕まってここに送られてきたわけだし、蛮族に殺された部下も居るだろうさ。でも、俺が知る限り生きていくために魔龍同盟に加わって、後悔しているのも居るんだ」
「ぶつぶつ……ぶつぶつぶつぶつ……」
マートの言葉にメナードは苦虫をかみつぶしたような顔をして、考え込んだ。ぶつぶつという小さな声での呟きも、マートの耳には丸聞こえだ。
「だめだ。これは自分たちだけが逃げ出す作戦にしかならねぇな」
マートは肩をすくめて、声には出さずに呪文を使った。
『記憶奪取』(直近5分間、弱ってる農民を逃がさないかと問うた以降のメナードの記憶を奪取)
OOOOOOOOOOOOOOOO
「なぜ、農民を先に逃がすのだ?侯爵家の正当な跡取りであるサミュエル様とリオーダン伯爵など十人程は確実に逃がさねばならぬ。そう、確実にだ。救援が来るのであれば、サミュエル様の身辺警護で騎士団は先に移動し、農民兵にはここで魔人やオーガ共を退治してもらうのがよいだろう。ここは、城塞都市ヘイクスからどれぐらい離れているのだ?」
メナードは五分前と同じようなことを言った。なにか余計ひどくなっているな。
「ここは、城塞都市ヘイクスから東に五十キロほど来たところだ。とりあえず状況はわかった。救援隊の到着は一週間後を予定しているが、変わるかもしれない。それまでは俺の来たことは秘密にしておいてくれ。そうしないと救出の安全は約束できなくなる。部隊が近づけば改めて連絡する」
マートはそれだけ言うと、返答を待たずに幻覚魔法を使い、メナードの前から姿を消したのだった。
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マートは再び収容所らしいところから離れ、魔法のドアノブを使って海辺の家に戻った。最近話がわかる相手が多かったので油断していたが、こういうのも居るのを思い出し、マイロンの今まで置かれていた状況なども想像して余計げんなりとしたのだった。
中に入ると、もう夜中だというのに、リビングでジュディとバーナード、ローラの三人が一枚の羊皮紙を見て何か話し合っていた。ジュディにはライラ姫を通じてこれないか声をかけようと思っていたので丁度良かったのは確かであったが、この組み合わせは少し意外だった。
「ただいま、バーナード、ローラ、お嬢」
マートがそう声をかけると、バーナードが慌てて羊皮紙を丸めようとしたが、ジュディがそれを止めた。
「お帰り、猫、ここって、面白いことしてるのね」
「ん?何のことだ?」
「魔法装置の研究よ。バーナードとローラたちがやってるじゃない。二人ったら、リビングで話し合ってた羊皮紙を私が来たら慌てて隠すのよ。ひどくない?私がウルフガング教授の下でずっと魔道具についても研究していたのは知っているでしょう?どうして教えてくれないの」
あー、ジュディがこの海辺の家に出入りすることになれば、魔道装置の研究について気づく可能性が出てくるのだった。最初のころは気にしてたんだがな。マートは心の中で毒づいた。この話はちょっとまずい。
マートがどうするか考えて黙っていると、ジュディは何を考えたのか、マートに近づいてきた。
「ねぇ、猫、ずるいわよ。面白そうなことをみんな独り占めじゃない。ライラ姫の言ってた前世記憶って何?いつの間に空を飛べるようになったの?あれは真理魔法じゃないわよね。テシウスと戦った時も、この間、蛮族に囲まれた時もカギ爪みたいなのを生やしてたのも見ていたわ。あれが前世記憶なの?」
何も言わないから気づいてなかったのかと淡い期待を持っていたが、やっぱり気づいていたのか。どうするのがいいのか。メナードの時のような記憶奪取でごまかすには無理がありすぎる。第一彼女は魔法の素質が高く、記憶奪取はできないだろう。
「私もあなたと会った時のような何も知らない少女じゃない。グールドたちにどう言えばよかったのか判らなかったあの頃から成長しているの。あなたの瞳のような特徴がある人、この島に居るバーナードやローラたちは魔人と呼ばれているのでしょう?騎士や衛兵たちが、魔人を差別したりしてるのも知っているわ。あなたは魔人を率いて何かをしようとしているの?前世記憶と魔人とは何か関わりがある?」
マートはじっとジュディの顔を見つめる。彼女は言葉をつづけた。
「ずっと気になっていたのよ。なにか咎めようとか思っているわけじゃないわ。逆に教えてほしいのよ。私を信じて」
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