200 来客
麦の収穫も終え、季節はそろそろ春から夏に移り変わろうとしていた。日も暮れ始めた頃に、およそ2ヶ月にわたった新領地の巡視を終えたマートたち一行をウィードの街で出迎えたのは、家令のパウルとエリオット、エバ、アンジェ、そしてジュディとクララだった。
「マート様、お疲れ様でした」
「猫、お疲れ」
「マート様、おかえりなさいませ」
「猫、おかえりー」
「猫、おかえり」
「猫様、おかえりなさいませ」
政務館の前で馬から降りたマートに、みな、口々に声をかけてくる。マートもただいまと答え、握手し、アンジェの頭を撫でた。
「お嬢は今日はどうしたんだ?ライラ姫からのお使いか?」
「ううん、今日は猫とシェリーの所に遊びに来ただけよ。居なかったから、エリオットさんと魔法の話をしてた」
ジュディは続いて馬から降りてきたシェリーと軽くハグを交わしながら、そう答えた。
「ああ、猫、なかなか刺激的であったぞ、転移魔法についてのヒントを貰う事が出来た」
「そいつは良かったな。前から習得したいと言ってたもんな」
マートの言葉にエリオットは頷いている。
「お嬢は一晩ぐらい泊まっていけるのか?政務館の部屋でよかったら使えるぞ」
「シェリーのところに泊まらせてもらうわ。いい?」
ジュディの言葉にシェリーは嬉しそうに頷いた。ウィードの街でのシェリーの館は最近ようやく完成したので、ジュディはそれを見に来たのかもしれない。一行は、この政務館の前で解散となり、ライオネルとアズワルトはパウルと共に先に政務館の中に入っていった。
「マート様、食事の用意が出来ています。ジュディ様、シェリー様、アレクシア様もご一緒にどうぞ」
最近、メイド長が板についてきたエバが三人を誘った。他の貴族邸では女主人の役割のはずであるが、現在のウィード子爵家ではこれが普通になっていた。
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「最近、王都のほうはどうだ?」
政務館の食堂は、それほど凝った作りではなく、クリーム色を基調にしたシンプルな造りだが、広さだけはそこそこあって、そこそこの人数が入ることができる。今日もパウル達も含めて二十人ほどが視察の話や、留守にしていた間に起こった話などをしながら夕食をとった。銀の皿にのこった肉汁を白いパンで拭って口に放り込むと、マートはジュディにそう尋ねた。
「それがね、ちょっとつまらない事になってるの。魔龍王国が崩壊したでしょう。ハドリー王国との関係についても、楽観視する人が多くてね。魔術庁の規模と権限が大きすぎるとか話が出てるらしいの。宰相様やライラ姫は最近かなり苛々してるみたい。ラシュピー帝国は蛮族相手に苦戦してるっていうのにね」
そう言ってから、ジュディはワインの入ったカップを軽く揺らし、一口飲む。
「ふぅん、さっそく権力争いか。王都は平和ってことだな。まぁ、戦争も飽き飽きなんだろうが、そんな呑気にしてて大丈夫かよ。ラシュピー帝国といえば、ヘイクス城塞都市の領主ワーモンド侯爵とかはどうなってるんだ?」
「わかんないわ。何も動きは無いみたい。今の所、ワイズ聖王国としては、積極的に関与しないって事らしいわよ。関与したくても、ラシュピー帝国に派遣できるような兵力はないんだろうけどね。ヘイクス城塞都市から私達が奪回してきたワーモンド侯爵夫人は、毎日のように宰相に陳情に行ってるらしいわ」
「陳情って、何を?」
「ワーモンド侯爵を救出してきてほしいってお願いしているみたいよ。でも、宰相としては、他国の事って断ってるんだって。こういうのも苛々の原因なんでしょうね。ねぇ、猫なら探すのは簡単よね」
簡単よねと尋ねられて、マートはジュディの顔をじっと見、すこし口の端を上げて微笑んで見せた。
「さぁ、知らねぇよ。まぁ、他のやつよりは得意だと思うけどな。そして、ジュディの転移門があれば、救出も簡単だろう。だが、どうなんだ?このパターンはワイズ聖王国の奥の手だろ」
「ライラ姫に言うのはだめ?」
「どうなんだろうな。まぁ、いいんじゃないか。判断はライラ姫と宰相がするだろ」
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