195 ヒュドラ戦
マートは走りながらどのように戦うか迷っていた。ヒュドラは伝説によると、非常に再生能力に優れ、炎か魔法による傷でなければ、すぐに再生してしまう。いつものように一人で戦うのであれば、空を飛び、ヒュドラの攻撃の届かぬところから精霊魔法の炎の矢を放てばよいかもしれないが、ヒュドラのすぐ前には水色の髪の人魚が居た。そのような戦い方をすれば、彼女はヒュドラに水中に引き込まれてしまうかもしれなかった。また、シェリーとアレクシアという存在もある。
毒と呪術魔法にたいしては、おそらくマートが一番抵抗力が強いであろうが、接近戦で9つの首による攻撃を躱すのは難しいだろう。
「私は騎士だ。マート殿、正面は任せよ」
その考えているほんの少しの間にシェリーがヒュドラの前に躍り出た。右手には剣、左手には盾を構えている。背中を丸く、身体を小さくして盾に上半身のほとんどを覆っている。その口ぶりは、自信に満ち溢れていた。剣で盾を叩き、ヒュドラの注意を引く。
「わかった。シェリー、頼む。アレクシアこいつを使って、ヒュドラを攻撃してくれ。念じれば魔法の矢が飛ぶ。あいつには普通の矢はほとんど効かない」
マートは自分のマジックバッグから魔法の矢の使えるマジックワンドを取り出すとアレクシアに放り投げた。
「はい、マート様」
アレクシアはそれを掴むと、散開するように海の上を走り始めた。マートは波の紋章に手を触れ、ウェイヴィに語りかける。
“ウェイヴィ、マーメイドの子の言葉がわかるなら、逃げるように言ってやってくれ”
“うん、わかった”
マートはウェイヴィを召喚する。ウェイヴィはすぐに波間に飛び込み姿を消した。マート自身は、アレクシアと反対方向、岩の上まで一気に駆け上がる。次に触れるのは燃え盛る炎を連想させる文様だ。
“ヴレイズ、いくぞ”
『炎の矢』
9本の炎の矢がのたうちながら、マートの掌からヒュドラに向かって飛ぶ。次々とヒュドラに突き刺さった。青い血液が噴出し、ぎゃおおおおとヒュドラは唸り声を上げた。
『魔法の矢』
ほぼ同時に、アレクシアの持つマジックワンドからも、青白い魔法の矢が飛び出し、ヒュドラに刺さる。こちらの矢が刺さったところからも、ヒュドラの青い血が滴る。共にヒュドラには有効なようだった。
だが、その青い血が滴った岩場からは、シュウシュウと煙が立ち始めた。異臭がマートの鼻を打つ。シェリーは肘で鼻と口を覆う。
「大丈夫か?シェリー」
シェリーは辛うじて頷いた。再び剣で盾を打ち、ヒュドラの注意を引く。ヒュドラの首の一本が鎌首を持ち上げた。他の首とは違い、額に丸い石のようなものが飾られている。
『感情操作』 -恐怖
「ひっ!」
アレクシアが悲鳴を上げた。その場で茫然と座り込む。だが、シェリーとマートにはその呪文は効かなかった。
『炎の矢』
再び、9本の炎の矢がマートの掌からヒュドラに向かって飛ぶ。ヒュドラの首が3本一気にちぎれる。ヒュドラがマートの方に向きを変えるが、シェリーが挑発をして、再び注意を引き寄せた。
「いいぞ、シェリー。その調子だ。アレクシア、気を取り直せ。俺はここに居る」
『感情操作』 -安堵
マートは声を出さないようにしつつ呪術呪文を唱えた。マートの言葉でアレクシアの心の中から恐怖が消えていく。アレクシアの目が生気をとりもどした。
「よし、このまま、やっつけるぞ」
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