183 ヘイクス城塞都市郊外
「お嬢、あれがヘイクス城塞都市だ」
ヘイクス城塞都市から少し離れた小高い丘で、マートはジュディに指さしてみせた。
「すごい城壁ね。これが城塞都市」
「ああ、よくあれほどの城壁をつくったもんだと思うよ」
「もうちょっと近づいてみたいわ」
「今はこれ以上はちょっと勧められねぇな。オークやオーガ、ゴブリンがやたら居るんだ。ここまで来るのもかなり大変だったんだぜ」
「そうなのね。見つかったら奇襲が出来なくなっちゃうから我慢しておきましょうか」
「ああ、とりあえず、この辺りの地図を軽く描いてみたが、こんなもんで良いか?」
「ありがとう。そうね。ここからだと、距離は2キロぐらいかしらね。転移門呪文が使えるようになったら、改めて一緒に潜入してくれるのでしょ?」
「今日みたいなやり方をするのが良いんだろうな。ここまでは転移呪文で一度運んでもらってから、ドアノブでジュディだけ拠点に移動、俺だけが城に潜入して再びドアノブでお嬢を招く。そこでお嬢は転移門を開いて騎士を呼び、魔龍王テシウスを倒す。おおまかにいうとそんな感じだろ?」
「そうね。でも、それだと猫の負担がすごく高い気がするんだけど?」
「悪いが、潜入するのは、俺だけのほうが圧倒的に楽だからな。あとは、転移門が開いた先の状況はライラ姫にあらかじめ長距離通信の魔道具で告げておくっていう感じか」
「いろいろと想定して作戦を立てることになるのでしょうね。それ以上はまず、騎士団長たちが検討するでしょう。とりあえず、帰りましょうか。マートは王都で良い?」
「あ、いや、花都ジョンソンで頼む。そろそろ避難民の第一陣が花都ジョンソンに着くはずなんだ」
「そっか。わかったわ。1週間ほどしたら、海辺の家に行くから、ドアノブで連れ出してウィードの街を案内してね」
ジュディの言葉に、マートは苦笑しつつ頷いた。
「どうしてそんな顔するのよ」
「いや、またすぐに王都に呼び出されそうだなと思ってな」
「仕方ないでしょ、私の見るところ、あなたは確実に予言の『さらにその2人を支える戦士たち』の1人よ。『聖剣を使う騎士』かもしれない」
「俺は剣は得意じゃないけどな」
「そうね。どちらにしても、あなたが予言に関わる存在であるのは確かだと思ってる。だからいざという時にはお願いね」
「そう言われてもな。まぁ、手伝える範囲ならやるさ」
マートは柄でもないと思いながら、肩をすくめるのであった。
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ウィードの街に帰ったマートは、避難民の受け入れと金鉱山の開発に奔走させられることになった。避難民が開拓拠点を置く場所は、井戸や水源がきちんとある所を選ばねばならず、街道も整備する必要もある。マート自身は何も手伝えることはないと思って居たが、泉の精霊のウェイヴィやニーナの契約精霊である樹の精霊のアニータの力は強力で土地の選定に大きな力を発揮していた。また、食料も少し余力があったので、なんとか人々を飢えさせることなくあっという間に収穫祭をむかえる時期になったのだった。
「今年はあっという間だったな」
政務館で、マートはそう呟いた。会議室には、パウルやエリオット、シェリー、ライオネル、アニス、オズワルト、アズワルトといった面々が座っている。
今回の避難民の件も含めて、パウル、エリオット、ライオネル、アニスの4人は1等騎士に、アレクシアの他数人を2等騎士とした。正式には王都での承認を得ないといけないが、このあたりは男爵の権限で可能である。男爵領としては人員不足もかなり解消された形だ。
「今年の作柄はどうだ?」
マートはパウルにそう尋ねた。元から住んでいた村々の内政はパウルの管轄となっている。
「順調です。休耕地はただ休ませるより、クローバーやれんげなどを植えるほうが良さそうだという報告が上がっており、来期は本格的に試してみようと思っています。麦類、芋類、とうもろこしは順調、残念ながら沼地の米、サトウキビはうまくいっておらず、研究、調査が必要です。他、豆類や根菜類はそこそこ収穫できておりますが、検証にはまだ時間がかかりそうです」
「米と一部の豆類はダービー王国のリサ姫が興味津々みたいだから、今度王都に行ったときに栽培方法も知らないか聞いてみるか。とりあえず食えてるか?」
「元々このあたりは穀倉地帯ですので、ライオネル殿のほうに回してもおそらく余裕があります」
「そうか、ライオネルのほうはどうだ?」
元はブロンソン州の衛兵をしていたライオネルは、各郡の避難民の調整役を経て、今ではパウルの右腕として新しい開拓地が抱える問題の解決にあたっていた。
「村同士なんとか迷わない程度の道を開くことはできました。マート様が仕入れてきていただいた食料のおかげで皆飢えることなく、小さな畑と雨露を凌げる程度の小屋が確保できております。現在、パウル殿と調整して元からあった村々から余裕のある穀物を買い上げ、配布していただけるような算段がつきつつあります。これで、冬を越すことが出来そうです」
「これからは寒くなるからな。早くちゃんとした家が建てられる様になればいいんだが」
「領内の南方の森からは木材、西方の丘陵地帯からは石と、主な材料は領内で賄えそうではあるのですが、職人などの手が足りておらず、皆の家が出来上がるには数年はかかるかと思われます」
パウルはそう言ってため息をついた。
「そうか、ブロンソンよりは少しは暖かいだろうが、まだ我慢してもらわないと仕方ないか。ライオネルそのあたりの調整はよろしく頼む」
「はい、どうしようもないところから、ここまで来れたのです。みな張り切っていますので大丈夫です」
「エリオット、金鉱山はどうだ?」
魔法使いであるエリオットは、男爵付きの魔法使いとして研究の道に入るつもりだったらしいが、降って湧いた仕事を割り当てられぶつぶつ言いながら鉱山の調整をしてくれていた。
「ああ、大小多くの商人が群がってきていてな。それも大半が胡散臭い連中だ。アニスに頼んで警備の人間もかなり増やしてもらって対応している。あと、調べると金や銀を精錬する時にいろいろと有害なものが出てしまうみたいなので、そのあたりを解決するのにも手間がかかっているのが現状だ。とは言え鉱山としては有望だ。この半年だけでも500金貨ほどの利益が出ているな。あとで報告書を渡しておく。国にも税として納めてもらわねばいかぬからな。で、そろそろ俺の代わりの人間は?」
「悪ぃな。代わりの人間はもうちょっと待ってくれ。その金貨は?」
「先ほどライオネル殿が報告したように他の村からの穀物の買い上げに使っています」
そう説明したのはパウルだ。
「あーそうか。職人を連れてくるのに使いたかったが、それは仕方ねぇな」
「マート様、大丈夫ですよ。おおむね順調に回っています。我々が資金を投入するような事をしなくても、仕事はたくさんあり、領内の景気は好調なのです。あとは時間が解決してくれるでしょう」
「パウル、ありがとな。他の皆も頑張ってくれてホント助かってる。忙しいだろうが、たまには力を抜いて休憩もしろよ」
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