178 男爵初年の新年パーティ
2021.2.4 誤記訂正 第3騎士団騎士団長ライナス伯爵 → 第3騎士団騎士団長ロレンス伯爵
「……昨年は、多くの犠牲を払いつつも、英雄とも言うべき者たちの奮闘により、わが国は存続を得た。かかる火の粉は払わねばならぬ。新たな年を迎えて皆には一層の奮起を期待するものである」
新年のパーティは、例年通り国王の言葉で始まったが、その内容は厳しいものだった。既に論功褒賞は行われていたが、改めて第2騎士団騎士団長エミリア伯爵、第3騎士団騎士団長ロレンス伯爵には所領の加増、ライナス子爵は伯爵に、ブライトン男爵は子爵へのそれぞれ昇爵と共にマートのウィード男爵としての叙爵も改めて公にされ、称えられたのだった。
エミリア伯爵の配慮などもあって、去年に比べて格段に知り合いの増えたマートは、多くの称賛も受けたこともあり、面倒だと思いつつ、部屋の隅に隠れてのんびりとしているというわけにもいかず、何度も乾杯を受けていた。
「ウィード男爵、ありがとうございました。皆、故郷の味を久しぶりに堪能させていただきました」
そう言って、マートに話しかけてきたのは、ダービー王国のリサ姫だった。
「ああ、よかった。また取り寄せましょう。ダイズというのもありましたか?」
「はい、ツルマメと仰っていたのが、我々の知るダイズだったのです。今頂いたもので、こちらもいろいろと試行錯誤しております」
「ああ、そうだったのですね。東方植物図鑑自体かなり古いもののようですから、名前が変っていたのでしょうか」
「そうなのでしょう。一度機会がありましたら、頂いた材料での料理を味わっていただければと思います」
「ありがとうございます。こちらも調理法などもお教えいただきたいところなのですが、残念なことに今月は魔術庁の仕事でまたしばらく王都を空けることになりそうなのです。戻りましたら是非お願いいたします」
「はい、では戻られましたら是非」
「マート殿は女性には人気が高いの」
リサ姫がお辞儀をして去っていくのを見送ったマートにそう言って声をかけてきたのはアレクサンダー伯爵だった。ジュディの父親である。その横には、長男のセオドールも一緒に居た。
「たまたま大陸東部の農作物を手に入れましたのです。リサ姫には少し慰みにして頂いているようでございます」
「ふむ、それだけとは思えぬが良いだろう。すっかり貴族として馴染んできたようじゃな」
「いえ、まだ判らぬことばかりで、苦労しております。まだまだ御指導と御鞭撻の程をお願いしたく思っております」
マートはこれで喋り方は大丈夫かなと考えながらそう答えた。
「シェリーは頑張っているかね」
「はい、自分の領地運営だけでも忙しいはずですのに、男爵領の運営にも協力してくれています」
「そうか。それはよかった。エミリア伯爵の求愛を断ったという噂だが、そろそろそなたも身を固めたりはせぬのか?実はそなたの相手にシェリーなど良いのではと思っていたのだが」
「それは……私などには勿体無い」
「男爵となり、救国の英雄の1人といわれる男が何を言うのだ。ああ、いや、すまぬ。そなたの領内の事であるから、口を挟む気はなかったのだが、シェリーはそなたのことを好いていると思うのでつい言ってしまった。許してくれ。そなたは残念ながら王家直属となってしまったものの、領地も隣同士でもあるし、末永く助け合う関係で居たいと思っておるのだ。ジュディやランス卿などもそなたとは仲が良いしな。よろしく頼む」
「もちろん、私も末永く良い関係でありたいと思っております」
「わが領は、そなたには助けてもらってばかりだ。今日はこのセオドールの他、ノーランドも来ておる。時間があれば、一緒に話でもしようぞ」
マートは以前は領主として雲の上の存在であったアレクサンダー伯爵との会話に戸惑いを覚え、言葉に苦労しつつも、去年の受勲で出席した時とはまた違う感覚で新年のパーティを過ごしたのだった。
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「じゃぁ、シェリー、俺はジュディの依頼を片付けるのにそろそろ出かけようと思う。屋敷のことはよろしく頼む。エバ、アンジェも手伝ってやってくれ」
新年のパーティが終わって数日後、マートはシェリーたちにそう告げた。
「マート殿、本当に行くのか?屋敷のほうはライオネルがブロンソン州での経験者を回してくれたのでそなたの仲間の手を借りなくても大丈夫となったが、避難民の話などで問い合わせが来ても全くわからぬぞ」
シェリーの言う仲間というのは、元魔龍同盟の12人のことだ。最近は彼らも【マートの仲間】と呼んでくれと言っているらしかった。
「そっちは、宰相とライオネルがなんとかしてくれるさ。俺が居てもわからないのは同じだからな、全部任せるしかねぇさ。領地側の受け入れの話もきっとパウルとエリオット、アレクシアがなんとかしてくれるだろ。魔術庁のほうは、もちろんライラ姫の承認は出てる話だから問題ない」
「アレクシアもウィードの街に向かったときはかなり不安そうだったぞ。そなた全部任せすぎであろう?」
「どうせ、俺が居てもどうしようもないんだぜ?俺に領主様でございって飾りに座ってろっていうのかよ。それで問題が解決するのなら良いんだけど、そうじゃない。パウルとエリオット、アレクシア、そしてグールド兄弟が開墾に適した土地を割り振ってくれてたらそれでいいのさ」
「うむ、それはそうなのだが……やはり不安なのだ」
マートはシェリーの不安そうな顔をみて、ふわりと笑った。
「大丈夫。必要な手は打ってある。20日程留守にするだけだ。移民の第一陣は対象者の選定はすでに終わったらしいし、来週から1日おきに出発する予定ですでに食料の調達などがはじまっている、通過する領主にも食料の提供の調整も済ませてあるそうだ。予定通りなら、第一陣の連中がアレクサンダー伯爵領に着くより、調査から帰ってきた俺が着くほうが早いんだぜ」
マートのいつもどおりの口調に、シェリーは仕方ないかとばかりに小さなため息をつく。
「わかった。くれぐれも気をつけてくれよ。この間のようなこともあるのだ。決して油断はするな」
「気をつけていってらっしゃいませ」
「猫、気をつけて」
エバ、アンジェもそう言って、マートを見送ったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
一旦ウォード男爵領の話はここで終了とします。内政などは残る人に全てを任せて、マートはラシュピー帝国にお出かけです。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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